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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
騎士への道編
79/83

紅茶が誘う苦笑い

 午後の稽古を終えて家に帰って来た僕たち2人。

 食卓として使っているキッチンのテーブルには、ティナ先生とかぐやが向かい合うようにして着席した。少しだけ息苦しい、水の中と間違うような空気が張り詰めている。

「2人とも紅茶でいいかな?」

 毎晩の喧しいほどに賑やかな食卓との差に耐えかね、振り子時計の音だけが張り切る部屋に声を放った。

「そうね、冷たい方がいいからあたしのはグラスでちょうだい。かぐやは?」

「えっと、じゃあ私はあったかいのを……」

「わかった、今作って持っていくね」

 そう言ってキッチンに息を継ぎに入ったのだが、2人の事が気になってしまって気が気ではなかった。

「えっと……。話って、なにかな?」

 先に口を開いたのはかぐやのようだ。かぐやもかぐやで、僕たち二人の雰囲気が妙だという事に気が付いているのかもしれない。

 質問されたティナ先生は、答え辛そうに小さく唸り、意を決したように話し始めた。

「うん。まぁ、その……。有り体に言えば、今日稽古場に風花が来たのよ」

「……ッ」

 キッチンが2人に背を向けるように付いているため、今現在の様子を見る事は出来ない。でも、風花さんの名前を聞いたかぐやは、小さく息を呑んで動揺しているようだ。

 そんな反応になるのもわかる気がする。いわば先生に怒られてしまった事が家族にバレてしまったような感覚だろう。

 物心ついたころには家族がいなかった僕にそういった経験はなかったけど、ベルなんかはよく、「母ちゃんにだけは報告しないでください!」なんて、残念な答案の叱責をされている教官室で懇願していたのを何度となく見たことがあった。

 先日かぐやたち二人が買って来たばかりのやかんに水を汲み、あらかじめ火を焚いておいた(かまど)にかけた。湯が沸くまでしばし待っていると、ティナ先生は、風花さんから聞いた話をそのまま伝えているようで、かぐやは黙ってその話を聞いていた。

 沸いたお湯をティーポットに入れ、黄色のマグカップとまだ熱い紅茶の入ったグラスを持ってテーブルへと運ぶ。その時に見えた2人の様子は、俯いてしまったかぐやと、心配そうに話を伝えるティナ先生といった雰囲気だ。

「二人とも出来たよ。どうぞ」

「ん、ありがと。――まぁそういうことらしいわよ。風花は心配してるみたいね」

「……そっか、私が悪いのに、風花さんがそんなことを。2人もごめん、心配かけちゃったね。ちょっと気張り過ぎちゃったかな」

 僕が傍らに置いたマグカップをそっと引き寄せて握り締めた。その落ち込んだ表情はどこか辛そうで……。無理をしてしまった事を悔いているのだろうか。

「かぐや……」

 本当にそれだけなの? また別のことに苦しんでいるような表情に見えてしょうがない。

 困ったように笑いながら、湯気の立つマグカップに息を吹きかけるかぐや。その面影に、いつかの屋上で見た、夕暮れの空を思い出した。今もあの日みたいに、どこか胸にチクリと刺さるような顔をしていることに、本人は気が付いているのだろうか。

 ティナ先生も、かぐやのそんな笑顔にどこか引っかかったらしく、かぐやが熱い紅茶を啜っている隙に、ちらりと僕の方へ視線が向いた。恐らく、追求しようかという確認だろう。僕は小さく、首を横に振った。

「……そう、わかった。風花は明日の稽古を休みにするって言っていたから、無理せず疲れを取った方がいいわ。家事とかならあたしとこいつでやっちゃうから」

「……迷惑かけてごめんね。ありがとう、ティナちゃん、ジンくん」

「大丈夫。気にしないで」

 ――ボーン……、ボーン……。

 僕の言葉を遮るように、振り子時計が今の時を告げた。いつもの就寝時間よりは少しだけ早い時間だ。

「ちょっと早いけど、今日はもう休んだら?」

「……うん、そうする。おやすみなさい」

 どこか重そうな背中のまま、部屋を後にしたかぐや。彼女が使ったまだ温かいマグカップを片付け、立ち去ったままの椅子に座ると、正面に座ったティナ先生が口を開いた。

「どう思う?」

 身体をテーブルに預けるようにして身を乗り出し、声を潜めてただそれだけを尋ねられた

「たぶん、まだなにか言いにくい事があるんじゃないですか? はっきりとはわかんないですけど、そんな気がします」

「……やっぱりそうよね。あんたよりあの子の事はわかんないと思うけど、やっぱり少し変よ」

 唇をツンと突き出して考え込んだティナ先生。

「かぐやってば、あぁ見えて意外と強がりなのよねー」

「どうします? 少し様子を見ましょうか?」

「そうね。様子を見る、ねぇ……」

「え? ――ちょっと、なにか企んでません?」

 訪ねた質問に唸り声を返されたと思ったら、まだ湯気が昇るグラスを鷲掴み、身を乗り出しこう告げた。

「明後日かぐやたちの稽古を覗きに行くわよ」

 不敵な笑みを浮かべながら、握ったグラスを氷漬けに変えてしまった。立ち昇っていた湯気は冷気に変わり、体温に溶けた表面から汗が滴る。

「まさか、様子を見るってそういう……」

 内心ではそっとしておいた方がいいと思っていながらも、かぐやの内に秘めた想いが気になったのと、純粋にかぐやの稽古場での様子が見たいという興味に、僕の見守ろうと思っていた心は負けてしまった。

 僕の記憶が確かな時期に、かぐやが剣を握っていたのは……。

 そこで僕は回想を止め、目の前の少女の提案に対して、小さく首を縦に振るのだった

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