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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
騎士への道編
78/83

小さな棘

 小さな師匠にぶっ飛ばされた後のこと、僕はまだ可笑しな感覚の顔をさすりながら、束の間の休憩時間を過ごしていた。

「集中、頭空っぽ、集中、頭空っぽ……」

 鬱陶しく頬を伝う汗が止まらない。少しでも早く攻撃誘導(ストライクリード)をものにできるように、休憩中も教わったコツをぶつくさと呟いている最中だ。

 そんな頑張りを知ってか知らずか、やたら冷ややかな眼差しを向けてくるティナ先生。

「ちょっとあんた。そんなに汗だくで一点見つめて呪詛唱えるの気持ち悪いからやめてくれないかしら? 若干瞳孔開いてんのよ」

「集中、頭空っぽ、集中、頭空っぽ……。え、なにか仰いましたか?」

「やだやだ怖い怖い怖い。こっち見るんじゃないわよ気持ち悪いわね」

「気持ち悪いはやめてください。かなり傷付きますよ」

 またひとつトラウマワードが増えてしまいそうだ。

 ティナ先生の元で修行を始めて2週間といったところ。まだまだ成長を感じないのは、伸び代がある証拠だと信じたい。でなければあまりにも情けないじゃないか。

 それに比べ、家事スキルはグングン成長している気がする。掃除に洗濯に炊事。買い物へ行く途中で開催される井戸端会議への参加も欠かしたことはない。あそこは家事の裏ワザからスキャンダラスな情報まで隙がない。どこから仕入れてくるのか純粋に気になるものだ。

 そんな事を考えていると、スパルタが泣いて逃げ出すレベルの訓練のせいか、僕のお腹はもうペコペコになったようで小さく唸った。

「あー、今日の晩御飯どうしよう」

 修行が終わればご飯支度が待っている。今日の当番はティナ先生ということになっているのだが……。お察しの通り、この人が作ると文字通りの暗黒ディナーになる。

「今日はお肉の気分ね。ハンバーグとかいいじゃない! 味付け以外なら私も手伝うわよ」

 このように当の本人も料理に関しては半ば諦めているらしい。盛り付けに関して言えば、最近ようやく皿を使い分ける事を覚えたらしく、先日もかぐやと一緒に皿を買いに行っていた。

「女の子なんですからちゃんと料理ぐらいできないとダメだと思いますよ」

「はぁ? じゃあなに? 上達するまでの被験者はあんたがやってくれるんでしょうね? 自慢じゃないけど食えたもんじゃないわよ」

「自分で言ってんだったら世話ないですね」

「ふん」

 もし僕が騎士団に入団できたその暁には、この人をまともな女の子に育てなくては……。

「ん、そういえば――」

「え? なんです?」

 勝手に親心のような感情を抱いていると、そっぽ向いていた顔がフイとこちらに向いた。

「今日のかぐや、なんか変じゃなかった?」

「変……ですか?」

 晩御飯云々からの急な話題転換だったので、その意味を理解するのに少し時間が掛かってしまった。

 変と言われれば、確かに軽い違和感のような雰囲気はあった。でもそれはほんの些細なもので、具体的にどこがと言われれば、あまりパッと出ないのだが……。

「うーん。変ってほどじゃなかったですけど。元気ないのかなぁとは思いましたよ」

「あそ」

「……え、終わり?」

「は?」

 わざわざ話を切り替えて質問しておいてこの雑な返事。なんだろう、少々思い出したくない、人を思い出してしまった。

「――じゃなくて! ティナ先生も違和感感じてたんですよね? だからこんなこと聞いて来たんじゃないんですか?」

「ん~まぁ。なんとなくね。概ねアンタとおんなじような感じよ」

 やっぱりティナ先生も違和感を感じていたのか。

 ここ最近のかぐやを思い返してみると、訓練は大変そうだし、休みの日もなんだかんだと家事をやってくれている姿が思い浮かんだ。

「やっぱり疲れがあるのかもしれませんね。しばらく家事の当番変わってあげることにしましょうか」

「そうね。料理は頼んだわよ。その代わり、掃除はこのあたしに任せなさい!!」

「わかりました。ティナ先生が料理番したら大変ですからね」

 いろんな意味で……。

「なんか別の意味がありそうだけど、聞かないことにするわ」

「あはは……、そんなことないですって~」

 半開きの冷たい眼差しを向けられているようだったが、怖いので直接見れない。

「まったく。さて、休憩は十分でしょ? 稽古を再開するわよ」

「はい」

 そう言って木陰のベンチから立ち上がり、訓練場の中央へ向かっている時だ。誰かが近付いて来るのが見えた。

 立ち止まって目を凝らしてみるが、揺らめく陽炎が邪魔をして上手く見えない。

「ティナ先生、誰か来たんじゃないですか?」

「そうみたいね。このうっすい気配……、風花じゃない?」

「風花さん? なんでこんなところに。今日はかぐやとの稽古も終わったって言ってましたよね?」

「あんたが本人に聞いてみなさいよ」

 ハッキリと風花さんの姿が見えるようになったところで、ティナ先生はそう告げると再び木陰のベンチへと戻っていった。

「二人ともお疲れ様です。お稽古の邪魔しちゃいまいましたか?」

「いえ、いま休憩中だったので」

「それなら丁度良かったです。ってジンさん。顔が歪んでませんか?」

「いやまぁ、ちょっときついのを一発貰いまして」

「もうティナちゃん。稽古の時は寸止めにしなさいって言っておいたのに」

 そうだったのか。初日からそんな素振りは一切なく、ガンガンぶっ飛ばされていたからこんなもんだと思っていた。

「これがあたし流の教育よ。実際に痛みを知っといた方が後々楽じゃない」

 その結果、今まさに僕が半殺しにされてるんじゃ本末転倒な気がしないでもない。

「ちゃんと手加減しながら稽古つけてあげて下さいね? ティナちゃん流してても十分すぎるくらいに強いんですから」

「手を抜いてるって意味じゃ加減してるから平気よ。それで? なにかあったの?」

 そう尋ねると、浮かべていた笑みをそっと潜め、下ろした左手を抱え込んだ。

「その……。お二人は今現在かぐやちゃんと一緒に暮らしてるんですよね?」

「えぇ、まぁ」

 あの革命戦の時、お世話になった人たちにはこういう事情も伝えてあった。確か風花さんも、地界神様へのご報告の時に一緒にいたはずだ。今更そんな確認と言う訳でもないだろう。という事は、やはりかぐやの事でなにかあったのだろうか。

 察しがついてしまい、聞こうか迷っていると、ベンチに座っていたティナ先生が先に口を開いた。

「かぐやの事でしょ? やっぱりなにかあったの?」

 単刀直入に聞かれた風花さんは、少しだけバツが悪そうな顔をして溜め息を漏らした。

「……はい。今日の稽古中、あまりにも身が入っていなくて、少し強めに叱責しまったんです」

「そうだったんですか」

「すみません。あんな状態のまま続けるわけにもいかず、今日は早めに帰らせました」

 そういう事だったのか。急に帰って来たことも、どことなく仕草が不自然だったことにも合点がいった。

 静かに頭を下げた風花さんにティナ先生は、気にしてないで。――と、そう声を掛け、ベンチから立ち上がった。風花さんの元まで歩み寄って、そっと手を握った。

「風花はなにも間違ってない。あたしだってコイツが同じ状況だったらボコボコにして同じこと言ってたわよ」

「風花さんはボコボコにしてませんよ。ティナ先生と一緒くたにしないでください」

 だけどティナ先生の言う通り。身の入っていない稽古はデメリットしかない。散漫な集中力は怪我の原因になるし、なにより教えてくれている方への無礼になる。でもそれがわからないかぐやじゃないだろうに。

「それでも、少し言い過ぎてしまったと思うんです。私からも後で謝りますが、今日帰ったら、強く責めすぎてしまったと伝えて貰えますか?」

「わかりました。ちゃんと伝えておきます」

「あたしからもかぐやに気を付けるように伝えておくわ。親友が迷惑かけたわね。ごめんなさい」

「いいえ! 謝るのは私の方ですから。疲れのせいもあるかもしれないので、明日は休みにします。元気になってからでいいので、稽古場で待っていますと伝えてください」

「わかったわ。わざわざありがとう」

 優しく風花さんの手をさすりながらそう伝えたティナ先生。こういう一面を見る度に、見た目以上に人間がしっかりしている事を思い知る。

 歳に見合わずこういう事がさらっとできてしまうからこそ、ティナ先生は今の地位に立ち続けられるのだろう。

 その後すぐ、風花さんは稽古の邪魔をしては申し訳がないと帰っていった。

「やっぱり疲れが溜まっていたのかしら」

 僕もそうなのだと思い相槌を返したが、内心それだけではない気がしていた。

 だって自ら頼み込んで風花さんに教えを請いに行ったかぐやだ。疲れているからって、叱責されるほど気の抜けた稽古をしていたなんてどうしても思えない。

 たぶん疲れていたから気が抜けていたって事じゃない。確信はないけれどそんな気がした。

「今日は早めに切り上げるわよ。ちょっとかぐやが心配なの」

「わかりました。僕も心配です」

 少しだけ冷たい風が吹く、大きな雲が浮かぶ空の下、僕たちはそれから、いつもより口数の少ない稽古を再開した。

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