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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
騎士への道編
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掃除日和

 ぼんやりと聞こえてくる春鳥の声。庭にある馬鹿でかい桜の木だろうか。そう遠くない所から聞こえてくる。この声を聞くと、緊張感なんて忘れ、思わず出るあくびを我慢できなくなる。

 井戸水を汲んだバケツに、濡れ布巾から雫が落ちる。洗い物を終えてから、ずっと食器を持ったままだったことを思い出し、薄ぼんやりと水切りカゴへと入れた。

「あー、眠い。絶好のお昼寝日和……」

 気を抜けばこのまま寝てしまいそうだ。そんな気がしてグイと両腕を伸ばす。

「んん~!! さて、午後からまた頑張りますか」

 あの激動の大掃除から数日が経った。厳正なかぐやチェックの下で、その後もこれからお世話になるティナ先生の屋敷内の片付けが執り行われ、結果随分と綺麗になった。

 僕の師匠であるティナ先生にも、当然ながら容赦なくかぐやから教育という名の躾が施され、ようやく片付ける習慣が身についたらしい。しかしまぁ、片付けが出来たくらいで、手がかからなくなるようなお嬢様ではなかったわけだけど。

「ちょっとー!! いないのー!?」

「……またか。今度はなんでしょうか」

 むしろ目だけが肥え、暇を見つけては家中を徘徊し、ほこりを見付ける度に僕を呼び付けては掃除させるのだ。いや、居候させていただいている身分ですし、文句なんてまったくないんですけどね。えぇ本当に。

 声の聞こえた二階廊下へと向かう。広いから移動だけで一苦労だ。

「はいはい、なんですか」

 廊下の中ほどには、小さな両腕を組んで仁王立ちした家主様。さすがに只者ではないので様にはなっているのだが、前髪を結わえ上げておでこが丸出しな辺りに可愛らしさがある。

「返事は一回!!」

 でも怖いのは相変わらずなので思っていることは口にできない……。

「ハイすいません。んで、なんです?」

「ここよココ! ここの窓だけ拭いてないじゃない!」

「あ、ほんとだ。かぐやったら拭き忘れたのかな?」

 確か今日の二階掃除担当はかぐやだったはずだ。今朝ティナ先生を起こしに行った時、窓を拭いていた姿を思い出した。

「かぐやったら〜じゃないでしょ。あの子も訓練やらで忙しくて大変なのよ? アンタ今丁度雑巾持ってんだから代わりに拭きなさいよ」

 そう言って僕の握っていた布巾を顎で指した。

「いや、これ食器拭くやつ……」

「はぁ? ダメなの? 同じ布でしょ?」

「いや全然違いますって。ダメだと思いますよ? かぐやに怒られますって」

 ちょっと前にも同じような事をやって、廊下にご飯を盛られてもなんとも思わないのかと糾弾されたことがあった。弁解させてもらいたいのだけれど、廊下掃除のバケツに食器用の布巾を入れておいた人が悪いと思うのです。誰とは言わないけど。

「……大丈夫よ」

「え?」

「わかりゃしないわよ……。サッと拭きなさい、サッと」

 そう言って僕が持っていた食器用の布巾をかっさらい、文字通りサッと拭いてしまった。どうしよう。これでは完全に共犯者じゃないか。

「あ~ぁやっちゃった。なに言われても知りませんよ」

「うるさいわね。――ヨッシ。ほら綺麗になったじゃない」

 綺麗好きなのはいいことなのだが、もうテキトーなんだかなんなんだかよくわからない。

「もぉ〜。僕こういうの結構気になるんですよ。新しい布巾出さないと。やれやれ、まぁた洗濯が増えるじゃないですか」

「びーびーびーびーうるさい男ね。だいたいね!!」

「なにかあったの?」

 驚きのあまり身体が縮こまってしまった。話していたせいか階段を上がってくる音に気が付かなかった。振り向いた先には、訓練着姿のかぐやが心配そうに立っていた。

「あっ……」

「げっ、かぐや!? えっと……早かったね。今日も遅くまで風花さんのところかと思ってたよ」

 今はまだ昼過ぎだ。いつもなら、早くても夕方くらいまでは、風花さんと稽古や勉強をしているはずだったが。

「うん。ちょっと早めに終わって。息抜きも大事かなぁって。たまにはね」

 そんなかぐやの反応は、少し違和感のある反応だった。ほんの些細なことなのかもしれない。でもなにかおかしいと感じてしまった。

 なんだろう、指し示すのが難しい、本当に些細なことなのかもしれない。

 結局決定的な確信が持てず、かぐやの言う息抜きとやらに納得することにした。

「それより、なにか揉めてるみたいだったけど」

「あ、いや別に、揉めてたわけじゃないよ? いつもの業務指導だから」

「そうそう。ここだけ窓拭きが残ってたのよ。他が終わってるみたいだったから、なおのこと気になっちゃって」

「うそ!? 今朝の当番私だ……。ごめんなさい、気が付かなくて」

「かぐやはいいのよ。ただでさえ大変なんだから」

 僕は違うんですか……。なんて、言うだけ無駄かなぁ。

「それにもう拭き終わったから。さっきのは、コイツが私の拭き方が気に入らないってゴネて」

「拭き方……。あっ!」

「――ちょ、ティナ先生ー!?」

 ティナ先生が手に持っていたのは、窓を拭いたばかりの食器拭き。綺麗だったが故に汚れが目立つ。

「それ食器用の綺麗なやつ! もぉダメでしょ、これで窓拭いちゃ」

「ち、違うのよかぐや。コレはこいつが持ってきたやつで、あたしは知らなかったから」

「なっ!? また適当なこと言って! やめてくださいょティナ先生。大人げない!」

「あたしまだ子供です~。子供に弟子入りするようなダンゴムシはお黙りなさい」

「こんな時ばっかり子供って……」

「お静かに!!」

「「はいっ」」

「どっちも子供なんだから。拭き残しちゃったのは私だから、布巾は私が洗うけど、後で事情聴取と教育指導だからね?」

「ぷぷ、怒られましたねティナてんてー? どうします? 泣きますか?」

「あんた覚えてなさい……」

「お二人さん、お・へ・ん・じ・は??」

「「……はい」」

 少し悪乗りが過ぎてしまった。でも後悔はしていない。濡れ衣を着せようとした事へのささやかな報復だ。

 さて、今日の午後の予定は、座学から実戦に変わるかもしれない。あ~ぁ、……今日の稽古、お昼寝とにならないかなぁ。怖いなぁ……。

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