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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
騎士への道編
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帰れる場所

「お、終わった……」

 まだ朝日が顔を出す前、仄暗い夜明け空が窓から見えた。

 漂う雲はまばらで、今日もいい天気に恵まれそうだ。気持ちがいい一日になるだろう。

 ところで、僕は何故箒を握って大の字に転がっているのか。しかもここは寝床ではない。すぐ傍には立派なキッチンが見えている。

 理由は言うまでもないが、こんな時間まで掃除をしていた結果だ。割と普段から大雑把というか、大胆な性格が見え隠れしていたティナ先生は、やはり片付け出来ないガールだった。もっと言えば、家事全般が壊滅的な模様。なにせ、家事をしている形跡が何一つ見当たらなかった。こんなデカイお屋敷にたった1人住んでいたのだろうか。もしかして、それで住み込みの話が出て来たのか? てっきりメイドとか雇って優雅に暮らしていると思っていたんだけど。

「すぅ……ぅん……」

 微かに聞こえる可愛らしい寝息は、部屋着と思しきダボついた服を着た、ティナ先生だ。たたんでいる途中の洗濯物を抱き抱えたまま、暖炉の前で小さく丸まっている。一晩中家とゴミ捨て場を往復していたようだったが、かぐやのお説教が余程怖かったのか驚いたのか、終始半べそをかいていたので、余計に疲れてしまったのかもしれない。

「寝ちゃったか。頑張ってたみたいだしね、どうにか人並みの家にはできたかな」

 鬼ママもとい、かぐやの的確な指示と厳正なチェックもあってか、やや潔癖気味な僕でさえ、躊躇なく横たわれるような感じにすることは出来た。床もピカピカに磨いたし、なんとかひと段落出来そうだ。当のかぐやはといえば、ずっと洗濯や拭き掃除をやってくれているようで、ここ数時間姿は見えずとも、遠い声が屋敷中に響いていたが、終わっただろうか。

 少し様子を見に行こうかと上体を起こすと、丁度部屋のドアが開いた。

「おつッ……、ふふ、お疲れ様ぁ。どうにか片付いたね」

 揺れる橙色に見守られる少女が目に留まったらしく、かぐやは、折り畳まれたタオルを広げ、優しくかけて頭を撫でていた。温かそうな光景に静かに近付くと、幸せそうに微笑む寝顔が見えた。

「あんまり僕の先生を叱らないでね。たぶん次の日の稽古キツくなると思うから」

「もぉ、現金だなぁ。じゃあ今度からは私が怒らないようにジンくんが色々教えてあげてよね」

「なるほど、そう来ましたか……。善処するよ」

 静かに上下する、気持ちよさそうな寝息を挟んで、ティナ先生の両側に座った僕とかぐや。少しだけ赤くなった目尻にかかる、亜麻色の髪をそっと避けながら、かぐやが口を開いた。

「ティナちゃんって凄い名家のお嬢様だって知ってた?」

「そうなの!? ティナ先生って僕には全然自分の事話してくれないから知らなかった」

 言われてみれば、あの壊滅的な家事スキルにも納得が……、いや、無理があるか。まぁそれはさておいて、普段の立ち居振舞いとか口調には、どこか品があるような気はしていた。言葉遣いは別だが。

「ご両親共にとっても優秀な騎士だったんだって。まだ天竜の討伐実績も少なかった頃、凄い精霊術を使って、前線で勇敢に戦ってたみたいだよ」

「ティナ先生のあの実力は親譲りだったんだ。じゃあ今のティナ先生を見たら、ご両親も鼻が高いだろうね」

 そう言って隣を見ると、瞳に映る暖炉の火を潤ませながら、傍らの少女の手をそっと握るかぐやの姿があった。

「……ティナちゃん、自分は捨てられたんだって言ってた」

 その言葉が、胸の奥をチクりと刺した。

「物心付いた後だったみたい。厳しい家でね、とっても優秀なお姉さんと比べられるのが嫌になって、小さい頃、加減も出来ない精霊術を暴発させて、家族にケガさせちゃったみたい。……退院の日、病院へ迎えに行ったら、誰もいなかったって。きっと、出来損ないだった自分を置いて行ったんだって言ってた。それからしばらく、ずっと一人でみんなの帰りを待ってたんだって」

「……そうだったんだ」

 込み上げてくる酸っぱい感情に、思わず顔が歪んでしまった。不意に蘇った、あの戦場で見た、凛々しいティナ先生の背中に、こんなに暗い過去が刻まれていたなんて……。何も知らない僕が、きっと理由があった、信じていようなんて、軽々しく言えそうにもない。

「だからかな……。ティナちゃん、ずっと傍にいてくれたんだ。どっかの誰かさんが、一人勝手に苦しい戦いに出かけちゃって、一人ぼっちになっちゃった時だよ?」

 十中八九僕が無理言って、神殺しの穢れを引き受けた時の事だろう。あの時、僕が勝手に無茶したこと、やっぱり納得していないみたいですね……。

「あ、あはは。やっぱり先生には頭上がらないね」

 自分なんかとは比べ物にならない程、遠く幻想のような騎士だと思っていたティナ先生の、初めて知った人間らしい生々しさ。そんな人間味を知って、どこかホッとしてしまっている感情に嫌気がさし、静かに押し殺した。

「……そうだね。ちゃんと恩返ししないと」

 変わるんだ。人の弱さを知って安心していたのは、いままでの僕だ。弱さを守れる人にならなきゃいけない。あどけなく眠る、こんなに小さな女の子が教えてくれたんだから

「かぐや、僕たちだけは、何があってもティナ先生の所に帰って来よう。そしてティナ先生を絶対に、何があっても、信じて待っていてあげようね。今日からお世話になるこのお家は、僕たちが、僕たちを待つ場所にしよう」

「そうだね」

 薄っすらと明け始めた東の空。部屋いっぱいに漂うほのかな石鹸の香りと、少しだけ苦い薪の煙。とても幸先が良い新生活の幕開けなんて言えないような始まりだったかもしれないし、いつかまた掃除だ洗濯だと大騒ぎするかもしれない。その時は僕たちが、ティナ先生の知らない事を教えてあげよう。家事も洗濯も掃除も。そして、誰よりも知っているかぐやに伝えてもらおう。家族の温かさを……。

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