前途多難
すっかり陽も落ち、また少し雰囲気を変えたフォルバーの街。僕たちは今日から、新しい家での生活が始まることになっていた。
そのお家というのは、街から少し外れた閑静な居住区にあるのだが、これがまた絵に描いた様な豪邸なのだ。地域どころか、フォルバー中を練り歩いても、他に類を見ないほど指折りの大きさだ。
少し前に、どんなものかと散歩がてら拝見しに赴いたのだが、開いた口の割に全く声が出なかった事をハッキリと覚えている。
荘厳な門、青々とした広い芝生の庭、空を写す池、屋敷まで伸びるレンガ道。その先に佇むのは、騎士学校の校舎にも匹敵しそうな大きなお屋敷。大きな窓に大きな扉。何もかもが規格外の光景だった。
「かぐや、あのおっきいお肉買っていきましょ!!」
「食べきれないでしょ? 買いません」
「えぇ~!! いいでしょ!? 買って買って!!」
そんな豪邸の家主であるティナ先生は、久しくなかったらしい同伴での買い物にすっかりはしゃいでいるご様子だ。かぐやもかぐやで楽しんでいるようで、手を引いて歩く姿はまさに姉妹のそれだ。
繰り返すようだが、ティナ先生は僕たちよりも数年年下だという事は覚えておいてもらいたい。
「ちょっと遅れてるわよジン、いつまで遠い目で突っ立てるの」
「それは僕が抱えているこの荷物を見て言ってるんですか?」
「当たり前でしょ? 荷物しか眼中にはないわよ」
状況的には両手に花なのだろうが、不思議と両手に見えるのは、ずっしりと重い紙袋。恍惚の高笑いどころかため息も出ない。
「トレーニング不足でしょ? なんならそれ持ってその辺走って来なさい」
「んな無茶な……」
おかしい。このやり取りから既に、新生活での身分階級が垣間見えているような気がしてならない。
「大丈夫? 私もちょっと持とっか?」
晩御飯のデザートに食べようと思ったのか、真っ赤に熟れたリンゴを吟味しながら、心配そうにかぐやが声をかけてくれた。
「ありがとうかぐや。でもまだ大丈夫だよ」
春の匂いがしていても、日が暮れたらまだ肌寒い今日この頃。この温かさが身に沁みる。この優しさは素直に嬉しい。
「心配しなくても大丈夫よ。あと一袋で終わりだから」
「……」
この人まだ持たせるつもりか。
ぎこちなく笑いあう僕らを知ってか知らずか、照れ臭い空気を一瞬でぶち壊されてしまった。
「それはティナ先生がお持ちになるんでしょうね?」
「あたしペンより重い物持てな~い」
嘘をつけ。ゴイル団長のでっかい長剣を振り回して遊んでたという噂を知っているぞ。
そうこうしながらも無事に買い物を終えた僕たちは、ティナ先生がたった一人で暮らしているという家へと向かう。
今日一日では到底食べきれないような量の食材を、小脇だけでは足らず腹にも抱え、楽し気にはしゃぐ二人の声を追いかける。
「それでね、そのお店がとっても可愛いの!」
「いいなぁ。今度私も連れてってよ」
「ホント? 連れて行くわ! 絶対よ!」
賑やかな二人とパンパンな紙袋の影が歩く居住区は、僕が散歩で巡ってきた昼とは打って変わり、人気もなく暗い夜道が続いている。二人の目印は、ぴょんぴょんと揺れる小さなランプ。
「あの~、ティナ先生。前が見えないんですが、そろそろお家に着きますよね?」
「ハイハイ、着いたわよ」
年中絶えることのない、精霊術を使った灯篭が二つ、僕らの帰りを待っていてくれた。
そびえる門の前に立つと、ティナ先生は何故か身体を動かし始めた。
「よ~し、ちょっと待ってなさい、……よっ!」
「ちょっ、ティナちゃん!?」
小さな身体が勢いよく飛び上がると、門を飛び越え、向う側へ華麗な跳躍を見せた。
「いやいや、その帰宅絶対間違ってますよ?」
「うるさいわね。カッコイイからいいでしょ! 門なんか滅多に開けないから鍵持ってないのよ。ほらさっさと入りなさい」
得意げに笑みを浮かべ門の片方を静かに開けると、顔の引きつった僕ら二人を招き入れてくれた。
「あはは……、これはもう門じゃなくて障害物だね」
ガシャリと門を締めると、軽快に屋敷の方へと駆け出して行った家主様。長いアプローチを抜け、玄関のドアノブを握ると、嬉しそうな顔でこちらを向いた。
「いま明かりをつけてくるわ。ちょっと待ってなさい」
「はーい。ーーふふ、ティナちゃん嬉しそう。お家に人を呼ぶの久しぶりなんだって」
「そうだったの?」
それで買い物もあんなに張り切っていたのか。よっぽど嬉しいのだろう。昂揚する気持ちが漏れちゃってる辺り、一応まだ子供らしい一面もあるらしい。
しばらくすると、家中の窓から明かりが漏れ出し、まるでティナ先生が必死になって隠している感情を体現しているように見えた。
そして、大きく立派な玄関が小さく開いた。
覗くように顔を出し、大袈裟に扉を開け放つ。
「さぁ二人とも、歓迎するわ! ようこそあたしの家へ」
「おぉ!!」
暗闇に馴染んでいた視界が明かりになれ、ついに噂の豪邸に足を踏み入れる時が――。
「……お?」
――来たのだが……。
「この日の為にちょっと片付けておいたのよ。感謝しなさい」
表情に困り隣を見ると、にこやかな笑顔に影を浮かべたかぐやが呆然と立ち尽くしていた。
「えっと……。片付けて、これ?」
驚きを通り越して無心にも至りそうだった。ゆっくりと頭を持ち上げ、状況を把握するために静かに首と眼球を動かす。
そこにあった景色は、想像を絶するものだった。
蜘蛛の巣が天井から垂れ、吹き込む風に煽られている。元々は客人を出迎える勤めがあったであろう大きな甲冑は、ふわふわとした灰色の綿を被っていた。足元には無数の紙や麻の袋が転がり、誰々と触れる事すら出来ない筈の青龍騎士団の制服までもが、申し訳程度に壁際へ集められ、乱雑に積み上げられている。大変申し上げにくいのだが、一言でいうと……。
「ゴミ屋敷じゃないですか!!」
「……へっ?」




