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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
天界革命編
7/83

白銀の竜が招いた、白衣の男

 案内板の先へしばらく進むと、案内板に書いてあった通りに小さな集落があった。

 山村の正門と思しき見張り台の下では、見張りの村人が一人、呑気に煙草を吹かしていた。

「白虎隊です! 山村の外れに天竜が出没しています。すぐ指定避難所に避難を開始してください!」

「はぁ? お前いきなりやって来てなにを言って――」

「早くッ!! 事態は一刻を争います!!」

 自分でも驚くほど大きかった声に、見張り台の上にいた村人も何事かとこちらを覗いていた。

 訝し気に僕の顔を眺めていた男は、徐に投げ捨てた紫煙を足元で踏み消した。

「……どうやらふざけてる訳じゃねぇんだな」

「お願いします。本当に、危険な状態なんです」

「わ、わかった。おい、全員に避難指示だと伝えろ!」

 上で眺めていた人達に大声をあげた。

 見張りの声に異常を察したようで、裏手の人達が、村中に散らばりながら走り始めると同時に、避難誘導を始めてくれた。

「緊急! 緊急!! 村民全員に避難指示! 子供がいたらすぐ避難所に連れて行け!」

 僕はその後も避難を促し、一先ずの安全確保はなんとか間に合いそうだ。

 ベルの姿も反対側で見掛けたが、向こうも向こうで避難誘導が進んでいるようだった。

「よし、人影は見当たらない。そろそろベルと落ち合おうかな」

 しかし、一通り集落を巡り終わった時、それは突然やってきた。

 南へ穏やかに流れていた風がピタリと止んだ。

「なんだろうこの気配」

 背中にじっとりとした汗が流れ始め、緊張感が全身に絡み付く。

「嫌なな感じがする。急いで、ベルと合流――ッ!?」

 その言葉とまさに同時。フワリ、フワリと、一定の間隔を刻みながら、村外れの方から風が流れてきた。

「これが、竜の風……」

 天竜が羽ばたく時に起こすという特徴的な風の流れ。

 今肌に触れているこの風は、その特徴に酷似していた。

 実際に体感するのは初めてだし、授業で習ったくらいだったけど、その風が運ぶ異様な気配に気が付かないほど間抜けではない。

「天竜が飛んだ!?」

 とっさに物陰へと潜み、穏やかに晴れた青空を見上げる。

 雲も見当たらない快晴の下。少し遠くから、不自然な影が流れてくるのが見えた。

「あれが、天竜……」

 真っ白な外殻が日光を反射してキラキラと輝いている。

 あまりにも神秘的なその姿には、一抹の神々しさすら感じてしまう。

 その光を目で追うと、僕がこの村へ入った方角へ向かって飛んで行った。

 天竜が空にいないことを確認し、滲む額の汗を拭う。

 大きく息を吐いて立ち上がると、静かに膝が震えだした。

「まさか、本当にこっちへ来るなんて……。帰りの迂回路も探さないと」

 緊張感を誤魔化そうと、小さく呟いて振り返る。

「……ん?」

 先ほどまで誰もいなかったはずの背後に人影が見えた。

 瞼を絞ってその姿を確認しようとしたが、その後姿からは、痩型と長身であるということ以外は見て取れない。

「まだ人が残ってたのか。気が付かなかった」

 一先ずその人へ注意を促そうと歩み寄る。

 再び流れ始めた南風が、その人が着ていた丈長の白衣と戯れた。

 その光景に少しだけ不気味さを感じて歩みを止めると、やたら呑気そうな口調の男が、こちらへと近寄って来た。

「これはこれは兵隊さん。こんな穏やかな日にお勤めとはご苦労だな」 

 落ち着いた口振りだ。リフィールから来た騎士の関係者だろうか。いや、違うか。あんな服装は見たことがない。

 となるとこの集落の人なんだろうか。……にしても白衣とは風変わりな格好だ。

「あの、白虎隊です。今この付近に天竜が出没しています。急いで避難してください」

 彼は僕の手前で立ち止まり、白光するメガネを右手の中指で押し上げた。

「そうか、ご忠告感謝する」

 そう答えた男の容姿をようやく確認できたのだが、同時に掴みようの無い違和感を感じた。

 この違和感はなんだ。深紅の瞳? 黄金色の髪の毛?

 ……違う、もっと別の何か。

 そして、その白衣の左胸の位置に、違和感の正体を見付けた。


 白翼を広げた女神と、その背後で交差した長銃。


 ――ッ! これはっ!

「天界紋章っ!?」

 腰に携えた剣に手を添えると、警戒心が一層濃厚になる。

「……天界人が、なぜ地界アストピアにいるんですか」

 平静を装ってはいたが、未だに不気味さが飲み込めず、強張った声が震えてしまう。

「今、天界アルデラントと地界アストピアは世界間交易を断絶中です。人の往来は不可能なはずですが」

 理解が全く追い付かない。どういうことだ?

 ここ数十年間は世界戦争こそなかったが、依然険悪な関係が続いている天界と地界。

 天界アルデラントは数百年ほど前、両界の和平条約を一方的に破棄し、天界に移住していた地界人を天界から追放した過去がある。

 地界の血を引いた人を、精霊に汚染された下級種族と称し、住処や生活を厳しく制限したことも習った。

 精霊狩りとも言われたその事件は、両世界の対立の火種になったと言っても過言ではない。

 その後も地界領土内へ勝手に侵入し、鉱山資源を占拠。抵抗しようとした地界の民間人と衝突した後にこれを制圧。

 それまでは穏便な対応をしていた地界政府も、この行為には激しく抗議し、結果的に天界との交易を完全に断絶し、天界人が地界へ入ることも禁止されていた。

 要するに、天界と地界は、未だに関係が冷え込んでいる最悪な状態が継続している。

「まぁ、そう警戒するな。探し物がてら散歩をしていたのだ。見てみろ、この穏やかな空を。少々暑苦しいが、実に素晴らしいものではないか」

 答える気はない、のか? 

 男は焦った様子も見せず、ポケットに両手を突っ込んでいる。

「……質問を変えます。どこから侵入したんですか?」

 男の言葉に答えることなくさらに質問をぶつけた。

 地界に居てはいけない敵界の人間が、確かに地界(ここ)にいる。観光でした。なんて下らない冗談で片付けられるような状況ではない。

「やれやれ。……生憎だがそれは言えんな。機密事項だ」

 ――雰囲気が変わった……!?

「まぁ安心しろ、恐らく君に用はない。では、先を急いでいるのでな」

「動くな!」

 震える手を誤魔化すように、勢いよく腰元から剣を引き抜いて男に向けた。

 せめて……、せめてベルが来てくれるまでは持ち堪えないと……。

 二人いれば、なんとか取り押さえられるだろうか? とにかく、この異界人をこのまま野放しには出来ない。

「おい、一度落ち着け。私はどちらかといえば地界側の人間だ」

「そんな紋章ぶら下げた人を簡単に信用する訳無いじゃないですか」

「ええい鬱陶しい! 昼下がりのハエか貴様は!? 少し眠っていろ」

 男は慣れた様な手付きで白衣の内側から拳銃を引き抜き、銃口を僕に向けると、躊躇うことなく引き金を引き絞った。

 短い破裂音が鼓膜に触れた途端、目の前が白く輝いて視界が奪われた。

「な、何だコレッ!?」

 未知の状況に四肢の動きが混乱する。しかし、男の言葉は意外なものであった。

「……貴様、何故即効性の麻酔弾が効かん。新種の熊か?」

 突然の光に惑わされ体制が崩れる。未だに視界がうっすらと霞んでいる。

「まったく、相変わらずこの世界の人間は実に奇想天外だな」

 おかしい……。さっきと同じその声は、僕の背後から聞こえた。

「リストレインパルス」

「――ッ!?」

「サイレンス」

 ほんの数秒。まさに一瞬の出来事。

 抵抗の余地すら無く、マズイと思った時、体が白銀の鎖で巻かれていた。

 自分達の使う精霊術とは根本的に性質が違う。なんだこれッ!?

「――っ! ――ッ!?」

 声が……、出ない!?

 声を上げようと喉に息を流し込んでも、荒れた吐息が漏れ出すばかりだった。

「……解せんな。貴様、さっきのは一体」

 必死で抵抗しようと頭では全身に可能な限りの動作を伝えているが、気持ち悪いくらい体は大人しい。

 徐々に湧き上がってきた恐怖が現実味を帯びて、全身から冷や汗が噴き出した。

「……まさか。ふっ、少し貴様に興味が湧いたぞ。これから少し私に付き合え」

 首を必死に振ろうとするも、ピクリともしない。

「ふむ、しかしここからは本当に機密事項なのだ。今度こそ寝ていてもらうぞ。まったく、二発しかないというのに無駄撃ちさせおって」

 男がなにか呟くのを見たのが、地界での最後の光景だった。


 ◇◆◆◇◇◆◆◇


 僕は、妙に寝心地のいいベットで目を覚ました。

 ぼやけた視界で部屋を見回すと、小さなテーブルとソファ、簡素な洗面台が目についた。

 部屋の天井からは、見たこともない謎のガラス板がぶら下がり、その中で清楚な格好の人が何やら政治の話をしているようだった。


「次のニュースです。天界最高指導者ゴドナー議長は、先ほどの天界議会内で、最新の兵器開発が完了したとの発表をしました。この兵器は……」


 ……いや、なんだこれ? どうなってるの?

 衝撃的な目覚めに理解が追いつかず思考停止した僕の可哀想な頭。

「どうしよう……。白虎隊の寮よりも、めっちゃいい部屋だ」

 現状至極どうでもいいことに感動したらしい。

 汚れ一つない真っ白な床に足を着けて立ち上がると、窓から溢れる柔らかな日差しへと近付いた。

 そこから見えた空模様に見知った面影などなく、一面に広がる空は、どこか黒みがかった群青色に染まっている。

「……いやいや、だからなんなんだこれ?」

 そう、僕はこの日から始まった短い夏の日々を、生涯忘れる事は無いだろう。

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