決戦前
ティナさんのお陰か、戦場から響く爆発音がだいぶ少なくなった。それでも時折、遠く聞こえる地響きは、戦場に残って夜通し天界軍の前線を押し返してくれている、天竜の捕食者の躍進の足音だろう。
天竜も身動きが取れないようで、動く気配は感じられない。そういえば騎士学校の講習会で、天竜は低温に弱いような事を習った。なんでも極端に動きが鈍るとか。
事実、寒冷地では天竜の出没は前例がなく、なぜティナさんが天竜討伐に優れているのかを考えれば納得ではある。
「よし、体が軽い。医療部隊の人たちには頭上がらないや」
優先的な治療の甲斐もあって、どうにか体が言うことを聞くようになってくれた。かぐや救出の為に頑張ってくれたオリジンも、少し前まで口数が少なかったのだが……。
『いやしかし、大見得切ったねぇ。これで簡単にゴドナーにやられたら超無様。頑張って、宿主さん! ボクは楽しんでるから』
いくらか元気になったみたいだ。元気になったのは喜ばしいのだけど、さっきからこんな調子でひたすら煽られている。
「もう勘弁してくださいオリジンさん」
『ガリベニアスって人にまんまと乗せられたね~。とても興味深い人だし真似してみようかな。……貴様、実に無様だな。なんちゃって』
これからの決戦が上手くいかない前提のモノマネは即刻やめていただきたい。
「あんな風になっちゃだめだよ? 僕きっとオリジンのこと苦手になっちゃうから」
そんな束の間の時間。忙しそうに駆け回る地界から応援に来た医療部隊の人や、革命軍の活動に賛同した天界の医療関係者。
絶え間なく撃ち込まれる砲弾の雨にケガをした人も多数いるみたいだ。
いそいそと出撃の準備を終えた時、表から僕を呼ぶ声が聞こえて、足早に治療部屋を後にする。
「よし、行くよオリジン。僕も頑張るよ」
『頑張ってね。まぁ今回だけは特別に僕も力を貸してあげるよ。ゴドナーは主様を手にかけた奴だからね。利害の一致ってやつ?』
「ありがとう」
深い呼吸と共に潜るエントランス。日向の眩しさに閉じる瞳孔。少し切ないような夏の残る空色。土と硝煙の香る午後の日差し。すっかり医療施設へと変わった廃墟を背に、鉄臭い白煙の漂う戦場を見つめる四人の騎士の背中。天竜のブレスを軽減する特殊な加工を施された、風になびく鮮やかな青いマントが三人と、黒地に赤い花が咲き乱れた羽織をまとう艶やかな黒髪が一人。駆け寄る僕の気配に気が付くと、彼らの視線が一つに集まった。
「遅かったな。ビビって逃げちまったのかと思ったぞ」
「早くしなさいよ。超待ったんですけど~」
「支度は大丈夫ですか? 万全の状態で挑みましょう」
「すみません、大丈夫です」
頭を数回下げながら近付くと、アダムス副団長が、手を差し伸べてきた。戦場には勿体無い微笑みを浮かべ、優しく声を掛けてきた。
「あなたがジンさんですか。地界神様からお話を伺いましたよ。危険な兵器を止めてくださったようですね」
「い、いえ。僕は何も……。精霊暴走に耐えてくれたあの子と、力を貸してくれた精霊のお陰です」
「それだけありません。この今という時間は、確かに君が勝ち取ってくれた時間です。君がいなかったら、こうして手を差し伸べることもできませんでした。お礼の握手をさせてください」
「副団長……。ありがとうございます」
手を包む馴染んだ手袋を外し、名誉ある手を握り返した。素直に嬉しい。こんなに名のある騎士にここまで言ってもらえるなんて。
でも喜んでいるだけじゃダメだ。まだ終わりじゃない。ここからが、僕の本当の戦いだ。
強く握られた手に応えるように、グッと力を込めた。
「ありがとうございます、アダムス副団長」
まだ力の残った右手に手袋をはめ直し、感触を確かめるように握りしめた。
「さて、そろそろ行きましょうか。ジンさんの治療中に打ち合わせをしましたが、やはりあの巨大天竜を抑えるには、我々全員で掛かる必要がありそうです。ジンさん、君には本陣まで一気に進んでもらい、敵将をお任せすることになります」
「本当は傍に着いてやれれば良かったんだが俺は天竜の討伐に参加する。ジン、お前が決着付けるって言ったんだ。これはお前の喧嘩だぞ」
「せいぜい頑張りなさい。天竜はあたしがいれば楽勝なんだから。だから、一緒に帰るわよ」
「くれぐれも無理はしないでくださいね。あなたの帰りを待っている人がいることを忘れないで」
「皆さん……。ありがとうございます! 絶対に負けません」
「申し訳ありませんが、宜しくお願いします。天竜討伐に目処が付けば、急いで合流致しますが、正直期待はしないでください。ジンさんが危険だと判断した場合、即離脱を」
「わかりました。天竜討伐もお気を付けて」
「あんたねぇ、あたしたちを誰だと思ってんのよ」
「俺たちが天竜を抑えて、団長たちが天界軍を押し返してくれる。お前はよそ見しないで、大将のとこまで突っ走れ」
「はいっ!!」
「それじゃあ我々も参りましょうか」
「「「了解!!」」」
ふと、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。そこには、不安気に見つめる地界神様の姿があった。
「行ってまいります。地界神様のご加護を」
パンチ部隊長から貸してもらった、少し重い剣を胸元に掲げる。地界神様は、両手を結んで顔を伏せると、一つ微笑みを返し建物に姿を消した。
祈りを受け取り、輝く光を浴びた剣を勢いよく鞘に差し込むと、踵を返し決意を残した戦場に歩みを進める。
ご覧いただきありがとうございます。
今後ともご贔屓に。
木ノ添 空青




