初夏に滲んだ汗
任務補助の物資補給に向かう為、僕は依頼書にあったリフィールという山村を目指していた。
もうすっかり陽も昇り、朝と呼ぶには遅いくらいの時間だ。
季節はまだ夏を迎える前だというのに、すっかり猛暑の陽光だ。
雲も少ない晴天、風も無い。暑い……。そして熱い……。
そんなやり場のない文句を噛み殺し、僕は汗を拭いながら蒸した林道を走っていた。
「おーい、ジン」
後ろから聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
「おっす。もうこんなところまで来てたのか」
「はぁ、はぁ……ッ、おはようベル。どうにか、半分以上は来たよ」
「お前びっしょびしょじゃねぇか。ほれ、水分補給しとけ」
汗だくですっかり息の上がった僕を不安そうに眺め、腰にぶら下げたホルダーから水筒を差し出してくれた。
「飲めそうか?」
「ありがとう。はぁ、まだ大丈夫だよ」
「……相変わらず走って移動するんだな」
「へっ? あぁ、うん。本当は馬を借りたかったんだけど、全部使用中だって断られちゃった。西の方で任務が立て続けに入ったらしくてね。みんなそっちに出払ってるみたい。嫌な予感がして早めに出発したんだけど正解だったよ」
「災難というかなんというか。改めて考えると、精霊術が使えないってのも不便なんだな」
「あはは……。【アクセル】だけでも使えたら、こんな汗だくにならずに済んだんだけどね」
僕の場合、アクセルどころか精霊術そのものが使えない。
今日もそのハンデを補う為に、ベルよりも早い時間に出発することで到着時間の調整をしていた。
「あんまり無理すんなよ? 俺が二往復しても良いぞ。今回の補給任務、途中で待ってても構わねぇしな」
「気持ちはありがたいけど、そうも言ってられないよ。実地任務の経験は、騎士団の入団審査に大きく響くし。まして僕みたいな“曰く付き”には任務自体滅多にまわして貰えないしね。こんな機会見逃せないよ」
「そっか。余計な事言っちまったな。すまねぇ」
「謝らないでよ。気持ちは嬉しいよ、ベル」
だけど、僕がこのままのペースだと補給が遅れてしまいそうだ。
背中には物資がパンパンに詰まったバックパック。これはベルも同様だ。
「このままだと、僕は到着が少しだけ遅れるかも。優先度の高そうな物資をベルに渡すから、先に届けて貰えるかな? 薬と食料だけだからかさ張らないと思う」
「あぁ、分かった。先に物資を届けてすぐに戻ってくる。それまでは踏ん張ってくれ」
そういうとベルは、僕の左胸にポンと拳をぶつけ、小さく笑って駆け出して行った。
少し先の方に離れたベルが、身体の重心を落とすと、履いていたブーツの底から赤い光が溢れて見えた。
小さな破裂音が響いた後、砂煙が巻き上がる。
音と共にその巨体が軽々と上空へ飛び上がり、赤い弧を描いて青い空へと消えて行った。
騎士にとって必須とも言える【アクセル】。
精霊術を足元で練り上げて圧縮し爆発させ、長距離の高速移動や旋回、回避を可能にする機動術だ。
今では一般的な移動手段としてすっかり定着し、多少器用な幼い子供ですら使える初歩的な技術という声もある。
「いいなぁ、アクセル使えて。……僕も、飛んでみたいなぁ」
なにも無い、青く澄んだ空に手を伸ばし、その場で一度だけ跳ねてみる。
力なく踏み切った僕の足は、瞬く間に地面へと吸い寄せられた。
「もう、行かなきゃ」
既に気配すら無いベルを追う様に、彼が消えた方向へ、再び腕を振り上げて走り出す。
僕は、小さい頃から精霊術の素質がまるでなかった。
そのことが原因で、学校でも“能無し”、“無能”なんて呼ばれ、すっかりその印象が定着してしまった。
始めこそ、溢れんばかりの劣等感と悔しさに、歯を噛み締めていたけれど、二年目となった今では、そんな蔑称にも愛着が沸いてしまい、いつからか否定する事もしなくなった。
再び走り出し、乱れる呼吸を整えながら、見えなくなったベルの姿をひたすら追いかける。
初夏の鬱蒼とした森の中。当然、障害物も多い。
片手には短剣を握り、道なき道を切り開きながら、木々の根っこを飛び越え、藪の中を掻き分け、最短距離をひたすら走り抜けていく。
「もぉ~、この道葉っぱ多すぎぃ!」
今日のルートはあまりにも酷かった。もはや獣道ですらない。
獣が避けて通る道を全力疾走で駆け抜けている僕って、一体何者なんだ……。
目的地まではあとどのくらいなんだろう。ベルには申し訳ないけど、この分だと見立てよりもさらに遅れそうだ。
果たして自分が正しい道を走っているのか? という不安が募り始めた頃、目の前を塞ぐ枝葉の先に、小高い峠へと続く道と、その脇へと延びる分かれ道に飛び出した。
「はぁ、やっと森から出られたぁー! あとあの峠を越えれば、目的地のリフィールまで一本道だ」
目的地まではもう少しなのに、森の中という悪路の全力疾走が堪えたのか、身体が限界だった。
道端に打ち立てられた看板の近くで遂に足が止まった。
行商人に向けた案内板だろうか、峠とは別の方向にある集落への道順が簡単に描かれている。
全力で走ればあと数分。
しかし、口の中が砂漠のように乾き、全身から豪雨に打たれたような汗が一斉に流れ出した。
「はぁ、もうダメ……。ちょ……、ちょっと休憩。はぁ、はぁ……、ベルは……、もう、着いたかな……、ふぅ~」
膝に手をついて息を整えていると、前から見覚えのある姿が迫って来た。
「あっ、ごめんベル、少し遅れ――「引き返すぞジン!! 緊急事態だ」
「……へっ?」




