キミの言葉
……ぬしさ……。……しさん!!
『宿主さん!!』
「――ッ!!」
『……宿主さん。大丈夫かい?』
「……」
これが、知らなかった、僕の記憶。必死に忘れようとした、僕の罪。
『思い出したかい?』
「……僕が、あの子の、かぐやのお兄さんを、殺した……」
『チ、チカヅカナイデ、コナイデ、コロサ…ナイデ、ヒトゴロシ』
彼女は怯えきっていた。その恐怖に震える瞳に映っていたのは、血まみれの僕だった。
『あの時はいたたまれなかったよ、声が枯れるほど泣き叫んで。ボクも悪魔の血を浴びてしまったせいで呪いをもらってしまったんだ。それからずっと眠り続けて、すぐには何もできなかった』
「僕は……」
『あの後、どうにか薄い意識を取り戻して、記憶を隠したんだ』
「……そっか、たまに聞こえてきた小さい女の子の声って」
『記憶のふたが、開いてしまったんだよ。天界でかぐやに再会してしまったからね。気付かないふりをしていたみたいだけど、本当は気が付いていたんだよ。あの子が、かぐやだって。だから無意識のうちに同じ名前を付けていた。そうすれば、記憶の中に隠した、本物そっくりな別の本物ができあがる』
僕は、知っていたんだ。初めて会った時からずっと。あの血塗れの顔を見て、本当はあの記憶を思い出していたんだ。そして、かぐやも僕に気が付いていた……。だったら僕は。
(教えて。ぼくの事知ってる? その、昔会った事ある、とか)
『その、ごめん。たぶん、初めてだと、思う』
『あの、本当ごめん。実は僕、昔の記憶が曖昧でさ。昔は孤児院で育ったんだけど、その当時の事が何故か、思い出せなくて』
(……そっか、ごめんね。嫌な事、聞いちゃって)
僕は……。
『決めた、君の名前勝手につける事にするよ』
『かぐや。あの月によく似てるからピッタリだよ! どうかな? 合格?』
(……うん)
「僕は……、なんて残酷なことをしていたんだ……!!」
あの日から、かぐやをずっと置き去りにしてしまった。
自分は、一人勝手に記憶から忘れ去って。
かぐやは、忘れずに覚えていたっていうのに。
僕は……、本当に……。
『……まだ時間はある。伝えたいことは全部伝えてきなよ』
「えっ?」
少しずつ白い景色が彩を取り戻していく。もうずいぶん長い夢を見ていた気分だ。でも、拳から伝わった痛みにハッキリと目が覚めた。
「……ようやく、思い出せた」
あの日、僕は逃げ出した。自分のやった過ちと、彼女の拒絶が受け入れきれず、この記憶に蓋をした。もう二度と、思い出すことがないように。
二人の間を固く阻み続けるこのガラスはまるで、彼女の拒絶心を体現しているように思えた。
「僕じゃ、ダメなのかな。君の好きだった英雄には、なれないのかな」
でも、諦める訳にはいかない。
本当に辛かったのは、君の方だったのに。あの日、僕が逃げ出したから。君から、ずっと逃げてきたから。
「……今度は、絶対に救ってみせる」
動かない両手に再び力を込める。
「壊れろ!!」
大切な剣だって折れても良い。この両手が壊れても構わない。あの日、たった一人残された君の前から、逃げ出した情けない僕を、この腕で殴れるのなら。
「諦めてたまるかぁぁ!!」
だけど、僕らを隔てるガラスの壁に、傷なんて付かなかった。
弱々しく叩きつける拳が徐々に力を失い、同時に涙が零れ出す。
「ごめん、……ごめん。本当に、何もできない、無能な英雄で、……ごめんね」
すると、ガラスの向こう側から、鉄の砕けるような大きな音がした。
ぼやけた視線を前に向けると、ボロボロの体を引きずりながら、彼女が少しずつ近付いてきた。
よろよろと拙い足取りで、必死で会いに来てくれた。ガラス壁に添えた血まみれの拳に手を添えるように、透明な壁を撫でて、小さく笑ってくれた。
(私の為に、こんなにボロボロになってくれて、ありがとう。ずっと、ずっと会いたかったんだよジンくん。あの日のこと、ずっと謝りたくて。私も意気地無しだから、最後の最後になっちゃった)
やめてよ。最後なんて言わないでよ。僕は君を守らなきゃいけないんだ。それが、ヤマトにいちゃんとの、約束なんだ。
口にしたい気持ちがこんなにも溢れているのに、何一つ、言葉にできなかった。
(ジンくんは、よく頑張ってくれたよ。……でも、もう遅いみたい。私の精霊ね、もう、力尽きちゃった……)
僕がもっとも願わない形で、全身の力が抜けていった。
ご覧いただきありがとうございます。
今後ともご贔屓に。
木ノ添 空青




