透白の鼓動【前】
僕は、束の間の自由と絶対的な使命を背負い、生まれ故郷である地界アストピアへと久しぶりに帰って来た。
でもそんな感動もあっという間に疲労へと変わり、結局道中で野宿をすることになった。
害獣に襲われる怖さからほぼほぼ安眠出来なかった。
結局寝不足でそのまま走り始め、そうこうしているうちに日暮れ間近になってしまった。
今日は日中から天気が良くて、とても暑い一日だった。
今も夕闇に光の粒が散らばって、風は涼しげな音を鳴らしている……のだが、生憎今はそれどころじゃない。
出来れば、今日のうちにフォルバーには到着したかったんだけど。
「ぜぇ、はぁ、っ……はぁ」
天界での食っちゃ寝の毎日で体力は激減。もはや新米騎士だった頃の面影など皆無で、想像以上に時間を食い潰していた。
白虎隊時代は半日も必要なかったはずだったのに、だいぶ遠く感じる。
「はぁ、参ったなぁ。今日も全然辿り着けそうにないや」
フォルバーまでは、まだここから十数粁ほどある。夜通し移動すれば着くのだろうが、連日気の休まらない野宿では途中で倒れてしまう。まぁ、その他にも緊急事態が発生していたことも原因だけど。
ようやく見付けたとある集落の入り口にあった案内看板。その根元で力尽き、座り込んで息を整える。
少し離れた所に建つ数件の民家には、既に生活の明かりが灯っている。
「そう言えばそろそろ晩御飯の時間かぁ……。あっ、思い出すんじゃなかったぁ~」
今朝から何も食べずに走り続けていたことを思い出し、急に空腹感が押し寄せてきた。
持っていた食料は全て、道中で遭遇した害獣(空腹で殺意全開の野犬)に放り投げてしまった。だって、アイツ滅茶苦茶怖かったし……。
「はぁ……。こんな事してる場合じゃないのに」
大きな溜め息を吐き出すと同時、暗い道にゆらゆらと浮かぶ灯に気が付いた。
見回りの番兵かな? それとも集落の人か。
次第に近付いて来た明かりを座り込んだまま迎えると、身に着けた騎士服を少し着崩した赤髪の男が僕を発見したらしく、天にもこだまするような大声と共に飛び上がった。
「うわッ!? えっ? だ、誰だお前? こんな時間にここで何してる?」
その声は疲弊した体に一瞬で染み込んだ。
「……ベル? ベルだよね!? 僕だよ、ジンだよ!」
これは、入学式以来ずっと一緒に過ごして来た親友の声だ。聞き違えるはずない!
「その声……、嘘だろ!? ジンじゃねぇか! おまっ、バカ野郎! いったいどこ行ってたんだ」
会えたことが嬉しくて、再び体を動かすのに余りある感情が込み上げて来る。
「無事だったんだ。よかったぁ……。本当によかったぁ」
「そりゃあこっちのセリフだ。ったく心配させやがって。歩けるか? とりあえず、近くの村まで行こう。今遠征任務中で、この近くに駐在してるんだ。教官もいるから説明はそん時にな」
「そっか、そうだね。わかった」
差し伸べられた逞しい友人の手に、疲れて固まった体が軽々と持ち上げられた。
「お前、だいぶ痩せたんじゃねぇか? 何やってたんだよ。ちゃんと飯食ってたのか?」
飯、という言葉に無条件で反応した腹の虫が、猛々しく雄叫びをあげた。
「あはは……。そういえば、今日はまだなにも」
「なんだ、腹減ってんなら先に言えよ。ちょっと待ってろ」
そう言うと背負っていたカバンを開け、暗闇でもわかる位大きいパンを出してくれた。
「これ、学校の購買で売ってたロールパンだ!」
白虎隊の頃、毎日ボロボロな僕を支えてくれた、この素朴なパンが大好きだった。
「お前、好きだったろ? これ食えよ」
「いいの? ありがとっ!!」
そのパンを受け取ると、間髪入れずにかぶりついた。
待っていた様に唾液が溢れ出し、噛む度に優しい小麦の香りが嗅覚を刺激する。
ほのかな甘みが食欲と味覚を満たしていく。
「あぁ~美味しいぃ。僕、消えちゃうかも」
「幸せそうなとこ悪いが歩いてくれよ。ほら、置いてくぞ」
パンを頬張りながら歩く夜道はさっきよりも少し明るく、満天の星空も心なしか綺麗に見えた。
「ところで、お前どこ行ってたんだ? あの日は天竜が突然どっか飛んで行くわ、お前も行方不明になるわ。結局あの時に消えた白虎隊の分隊も見つからなかったんだ。あれから二週間くらい、捜索部隊も編成されてたんだぞ」
そうか……、結局あの分隊もまだ見つかってなかったのか。
でも僕やかぐやがそうだったように、分隊の人達も天界にいるって可能性も十分にある。
ゴドナーの計画は精霊を宿す人、つまり地界の人であれば全員が被験者に該当するのかも。
「心配かけてほんとにごめん。教官のとこで詳しく説明するよ。――って、そうだ、地界神様に会わなきゃ」
「次から次へとなんだ藪から棒に。だいたい、地界神様に謁見なんて簡単には出来ねぇぞ」
「でも会わなきゃいけないんだ。詳しくは言えないけど、アストピアが大変な事になる」
「はぁ? なにを言い出すかと思えば。そうだとしても、まずは教官のとこに行かねぇと」
只事ではない雰囲気を察してくれたのか、少し歩調が早くなった。
そうだ、ただ野宿する為に帰って来た訳じゃない。重要な任務を抱えているんだ。
この世界と、あの子を救う為に。
『――待ってよ、兄さん、ジンくん。あはは――』
ふと、頭の奥底から声がした。
誰なのかも分からない女の子の楽し気な声が微かに聞こえた。
またこの声だ。誰なんだろう。とっても楽しかった気がする。けど、思い出せない。いつのことだっけ……。
「……あ、あれ? ベル?」
前を早足で進むベルの姿がぐにゃりと歪み、さっきまで真っ暗だった村の景色が、真っ白に染っていく。
――あれ。僕は今、何してるんだっけ?
身体から力が抜け、何かにぶつかった。
「おい、ジン!! しっかりしろ! どうしたジンッ!」
誰かが僕を呼んでる?
これは、誰の声だろう……。
ご覧いただきありがとうございます。
今後ともご贔屓に。
木ノ添 空青




