悪魔のエスコート
地界への出発を夜に控えた午前中だった。
それは、見覚えのない研究員が部屋に突然やってきた事から始まった。
表情は冷たく、まるで人形のような表情だ。
「あなたが、ジンさんですね? 局長がお呼びです。午前十時になりましたら、八番研究棟の入り口までお越しください。無いとは思いますが、すっぽかそうなどとは考えないで下さい。我々も、手荒な真似はしたくありませんので」
要するに、拒否権は無いと言いたいらしい。
どうもあのゴドナーとかいう人の、人権などお構い無しだと言わんばかりのやり方は到底納得できない。
しかし、苛立ちとは別の何かが、モヤモヤと心を覆い始めた。
なんなんだろう、この感じ……。
止めどなく湧き上がる不安感。嫌な予感が止まらない。
モヤモヤしながら研究員が出て行くのを見送ると、入れ違いで博士が入ってきた。手には実験の資料に見せかけた、今夜の作戦資料を持っていた。
「今のはゴドナーのとこの奴だな。何か言われたのか?」
手短にさっきの出来事を聞かせた博士も、何かが引っかかったようで、疑うような眼差しを向けられた。
「なんか、呼び出されちゃって。十時に八番研究棟まで来いって。なんか嫌な予感がするんですよね……。どうしましょう」
素直に答えを求めると、博士はメガネに手を添えて、何やら考え込んでいた。
「正直、ゴドナーの目的はわからん。行くな、と言うのが賢明なのだろうが……。あの豚のことだ、無理矢理連行してでも目的は果たす気なのだろう」
さっきの研究員も物騒な捨て台詞を吐いて行ったし、その可能性は高そうだ。
博士は一つ溜め息を吐き、持っていた資料を差し出してきた。
「非常に業腹だが、この作戦はお前の存在が非常に重要だ。お前が使えなくなると……。あぁ、無能という意味では確かに使えないが。……しかしまぁ、ゴドナーに変な気を起こされるより、大人しく従っていた方が自然ではあるか」
いつもの調子に戻った博士は、少し面倒くさそうに時計を眺めた。というかこの人も大概だな。
「わかりました。とりあえず行ってみます。何より、今晩の作戦を邪魔されるのだけは避けたいですからね」
◇◆◆◇◇◆◆◇
その後、最終的な打ち合わせをしていると、ゴドナーとの約束の時間が間近となっていた。
「いいか、くれぐれも疑われるな。あの豚は鼻が利くぞ」
博士はそう言った後、何やらぶつくさと呟き、部屋を出て行った。
その後に時間を確認すると、既に約束の数分前だったので、慌てて部屋を飛び出す。
「確か、八番研究棟だったよね。あそこか……、って本人が待ってるじゃん」
あの人の姿を見ると、嫌でも先日の件を思い出して怒りが込み上げてくる。
全身に火傷を負わされた事も、かぐやを無理やり連れて行った事も全く納得できない。
でも同時に、計り知れない恐怖心を掻き立てられ、近付くに連れて意図せずに体が震えだした。
「あ、あの。何ですか……」
必死で体の震えを抑えながら声を掛けると、高圧的な眼差しを向けられた。
「……いいものを見せてやる。黙って付いて来い」
そう言いながら歩き始め、僕も遅れまいと駆け足で後ろに続く。
真っ白な白衣とは裏腹に、この男から滲み出るドス黒い雰囲気。それは、二歩離れた僕にも容赦なく絡みついて来る。
なんだろう。あまり良い印象を持たれていないのは承知の上だけど、その上で見せたいもの。
だけどこれだけはわかる。決して、喜ばしいモノでは無いだろう。
大股で進んで行くゴドナーが辿り着いたのは、未踏の地、零番研究棟だった。
通常は関係者以外立ち入り禁止とされ、ガリベニアス博士からも、ここには決して近付くなと警告されていた。
何故ならここは、神殺しの実験場があるとされる実験棟だった。
歩いてくる道中で、もしかしたらとは思ったが、いよいよ不味いことになったかもしれない。
もしかして計画のことがバレたのか? なんでこのタイミングで僕をここに?
いろんな憶測が頭を飛び交う一方で、ゴドナーは歩調を緩めることなく、研究棟の重厚な扉に向かって行った。
扉の横についていた小さなガラス板には数字や記号が無数に並び、ゴドナーはそれにいくつも触れていた。
小さな音がした後、そのガラス板に手をかざす。
目の前の大きな扉がゆっくりと動き始めた。
刹那、口の開いた扉の向こうから、今までに聞いたこともない不快音が漏れ聞こえた。
「――イヤァアァァーーッ」
一瞬で全身の筋肉が縮みあがった。
ご覧いただきありがとうございます。
今後ともご贔屓に。
木ノ添 空青




