神殺しの核
「……ならば教えてやる。あの小娘は、天界政府によって造られた、近い未来で待ち構える天地戦争の決戦兵器、神殺しの核だ。いつかだったか貴様は、あの小娘が神殺しの“精霊役”などと言っていたが、そんな生易しいものではない。あの小娘はただの燃料だ」
「なっ!? 燃料……!?」
「あぁ、ゴドナーが欲しがっているのは、小娘の中にいる精霊の方。外枠の人間は、霊力の器としか考えておらん。小娘と何度か会っていたようだが、声を発することはなかっただろう? あれは実験の激痛に耐えるべく叫び続け、声を出すことすら出来なくなったそうだ」
「ふざけるなよアイツ……。あの子を何だと思ってるんだッ!! 死ぬほどの苦痛に耐えているのに……。あの時だって心配させないように、必死に、笑って……」
この震える怒りの感情は、たった一人に向けた感情だけではない。
あんなに傍にいたのに、本当は彼女が怯えていることをわかっていたのに、何もしなかった自分にも腹が立った。
「まだ話の途中だ、落ち着け」
「……くそっ。絶対に助けなきゃ」
どうにか込み上げる怒りを抑え、僕は静かに瞼を閉じた。
ベッドの中では硬く手を握り、落ち着くのを待ってから博士に続きを促した。
「実は、重大な問題がもう一つあってな。危険なのはあの小娘だけではないのだ。神殺しというモノを分かり易く例えるならば、地界神、つまり精霊王をピンポイントに撃ち殺す不可避の魔弾といったところだ」
飛び出したのは予想外の言葉だった。
ゴドナーは、地界神様を殺そうとしているのか!?
「いや、ちょっと待ってくださいよ。そんな事したら、地界の人達が。まさか、それが神殺しの本当の目的なのか……」
「察しがいいな。人体にある霊力が限りなくゼロに近付いたとき、精霊は精霊王から霊力を供給する為に、宿った人体の活動を停止させる。いわゆる霊力切れというやつだ。だが、その状態になっても大量の霊力を引き出し続けると、精霊は宿主と自らの身を守る為、宿主の精神を乗っ取り暴走を始める。これが神殺しの第一段階、“精霊暴走”」
「暴走? そんな状態、聞いたことないですけど」
「当然だ。普通ならば、活動が停止した時点で霊力の流れは止まるからな。それに、余ほど無茶をしなければ、そもそも霊力切れを起こさんからな」
「じゃあもし、暴走状態のまま霊力が失われ続けると、どうなるんですか?」
「宿主の精神、つまりあの小娘は、人として死亡する」
「なっ!?」
「残された宿主の肉体には、完全に制御を失った飢餓の精霊だけが残り、精霊王から莫大な霊力を喰い続ける精霊の屍、神殺しが誕生する。精霊王の霊力も無尽蔵ではない。しばらくすれば霊力をほぼ喰い尽くされる。精霊王は瀕死状態に至り、地界に住むすべての人間への霊力の供給が止まる。いずれすべての精霊が、精霊暴走を発症。そこには、地獄よりも凄惨な光景が生れるだろうな」
なんだ、それ……。
神殺し? なにより、かぐやが……死ぬ?
そんな、そんなこと……。
「……させない。そんな結末で終わらせないッ!!」
居ても立っても居られなくなり、ボロボロの格好のまま部屋から飛び出そうと駆け出していた。
「待てッ! どこへ行くつもりだ」
「ゴドナーのところです! そんな兵器、僕がぶっ壊してやります!!」
これ以上黙っていられなかった。
僕の大切にしていたものを、勝手な野心の食い物にされるのが心底許せなかった。
今すぐにでもゴドナーの思惑を止めなきゃいけない。
こんな選択の未来などたかが知れている。
感情に引っ張られて走り出す寸前だった僕を、博士はあくまでも冷静に引き留めた。
「無駄だ。あそこは天界の最新設備で強固に守られている。ましてや手負いのお前では何もできん。良いから落ち着け」
握った拳と噛み締めた唇の痛みでどうにか冷静さを掴み直し、ドアに添えた手をゆっくりと下ろす。
「それに、話はまだ終わっておらん。ここからが本題だ」
「……なんですか」
ぶっきらぼうに言葉を吐いた僕が顔を向けると、彼は真っ直ぐ僕を見てこう言った。
「ジン・テオドフロール。あの小娘を救い出し、我々革命軍と共に、この天界と戦わないか?」
ご覧いただきありがとうございます。
今後ともご贔屓に。
木ノ添 空青