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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
天界革命編
17/83

届かなかった

「ここにいたのか、種子(シード)。追加の実験項目が出来た。至急実験室に来い」

 屋上の入口に、丸々と肥えた白衣の大男が立っていた。

 その男が声を発した途端、今まで屋上を満たしていた穏やかな空気が、やや湿った西風に流されて行った。

「……あの、誰ですか?」

 今まで見たこともない人だ。でも、あの白衣姿。恐らくここの研究者なのだろう。

 彼は、僕の存在など眼中に無いとでも言うように口を閉ざし、磨き上げた切っ先のような眼光で、隣で怯えた少女を睨み付けていた。

 光さえ逃がさない悪魔のような瞳は、見ているだけで全身から汗が滲み出してくる。

「えっとあの、聞こえてます、か? ……ねぇ、あの人だれなの? 知ってる人?」

 返事もせずに俯いたまま震えているかぐや。

 その姿を見てなんとなく察しがついた。

 だって今のかぐやの表情、初めて会った時と同じ顔だ。

 そして、ようやく男が僕の方を見たのだが……。

「――ッ!?」

 なんだこの感覚っ……!? 身体が、動かない。いや、動けない。

「すまんな小僧。コレは私の貴重な実験材料だ。あまり要らぬちょっかいを出されては困る。今後コレとの接触はやめてくれ。無事故郷へ帰りたいのであれば、二度と関わるな」

「“コレ”って……。一体どういうことなんですか!?」

「黙れッ!! 二度は言わん。これ以上私の時間を無駄にさせるな。劣等種が」

 一層殺意めいたもので威圧された。

 身に覚えのない感情をぶつけられ、黒々とした恐怖に身体が飲み込まれていく。

 ふと左手の痛みが無いことに気が付き隣を見ると、怯え切った少女は顔を伏せながら、静かに立ち上がった。

「ま、待って……、待ってってば!! 行っちゃダメだッ!」

 しかし、歩みが止まらない。

 振り返ることもせず、淡々と歩く人形のようで。

 直感的に感じた。

 これが最後。きっともう、会えなくなるんだと……。

 このままじゃダメだッ!! 動けッ! 怖がるな、騎士になるんだろ!? その為に今まで辛い思いを乗り越えて来たんじゃないのかッ!?

 手が届かなくなる前に、守るんだ!! 走れ! 今なら、手を伸ばせばッ……!

 薄暗く口を開けた実験棟への冷たい扉に、真っ白な太陽が背中から差し込む。

「ま、待って……、ください」

 情けなく震えた手で、かぐやの腕を掴んだ。

 それに反発するように、影へ引き込む男の手もまた、かぐやの腕に喰い込んだ。

 光と影の狭間で引き伸ばされた少女の体があまりにも痛々しくて、思わず手を放してしまいたくなった。

「……一度俺は言ったはずだぞクソガキ。手を離せ」

 ゆっくりと振り返った男の目が、殺意と憤怒でドス黒く染まった。

 それは言葉の色までも黒く飲み込んでいく。

 先程まで穏やかに差し込んでいた光も雲に飲まれ、屋上の暖かさが次第に失われてた。

 でも、絶対にこの手を離しちゃダメだ。

「い、いやです。その子、泣いてるじゃないですか。やめてあげてください」

「…………鬱陶しい」

「――ッ!?」

「鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しいッ!!」

 男は力任せに、かぐやごと僕を引き寄せた。

 崩れた体勢の僕の腹目掛けて、重そうな右足が突っ込んできた。

「ッッぐ!?」

 それから間髪入れず、白衣のポケットから小さな球体を取り出して投げ込んできた。

 微かに聞こえる小さな音。時間が引き延ばされたようだった。

 小さな球体が徐々に発光し、強烈な熱風に身体が吹き飛ばされた。

「うあぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!」

 薄手の服は一瞬で引き裂かれ、剥き出しの皮膚を炎が這いあがる。

「軟弱な分際でこの俺の行く手を阻むなど、調子に乗るな無能がッ!! 火だるまになって叫びをあげるのは、獣でもできるわ雑魚が。喧しい分石炭以下な貴様を、手にかけた俺自身が腹立たしいわクソガキ! ……身を焼いて己の業を思い知るがいい。次は殺すぞ」

「ッはッ――ッく!! かぐやぁぁぁーー!!」

 燃え上がる手を伸ばした先で、無情にもあの冷たい扉が閉ざされた。

 様々な感情が零した涙は、燃え盛る炎を消すには、あまりにも少なすぎた。


 ◇◆◆◇◇◆◆◇


「いいか、余計な行動をするな。実験内容は機密事項だと言ったはずだ」

(実験については口外していません!! お願いですから、彼に何もしないで――ッ)

 黙れと言わんばかりに、頬に硬く握った拳を叩き込まれた。

「貴様ごときがこの俺に話しかけるな。貴様に許した言葉は『はい』の一言だけのはずだ。声帯を壊してやったのに、まだ躾が足りんか……。良いだろう。そんなに死に急ぐのなら、そろそろ仕上げといこう。劣等種共が闊歩する世界に、天の裁きを下してやる」

 ジンくん、これが最後になっちゃうかもしれない。

 こんなお別れで本当にごめん。

 もっといっぱい、伝えたいこともあったのに。

 降り出した雨が窓を濡らし、ぼやけた視界を一層霞めていった。

 もし、もし願いが届くなら、あの頃に帰りたいよ。

 最後に、ワガママ聞いて欲しかったなぁ……。

(お願い……。助けて。私を助けて)

ご覧いただきありがとうございます。

今後ともご贔屓に。


木ノ添 空青

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