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名も無き物語~無能の白銀騎士~  作者: 木ノ添 空青
天界革命編
13/83

月が輝く夜のこと

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。

 予想外の事態にポカンと口を半開きにしていると、ゆっくり、ゆっくりと、彼女の手が僕の元へと伸びてきた。

「……へっ?」

 抵抗する気は無かったが、彼女のそんな拙い仕草につい見惚れてしまっていた。

 何秒か掛かって僕の左頬に辿り着いた彼女の小さな左手。

 小さくて冷たいその手は、夏の風に当たったせいか、やけに火照った僕の頬を優しく撫でた。

 目の前にある色白な顔に視線を移すと、仔犬のようなまばたきの後、そっと僕の視線を迎え入れてくれた。

 改めて見た彼女の顔は、消えてしまいそうなくらいに透白で、不思議そうに眉尻を垂らして首を傾げていた。

「――っ」

 まるで繊細なガラス細工のような肌に、わずかに残った夕陽が紅を挿す。

 その姿は、触れれば崩れ落ちそうなほど神秘的に見えた。

 僕の目線より少しだけ下から見上げた黄金色の瞳は、宵に笑う月のようだった。

(……えっと、あの、大丈夫ですか?)

 ふと、抑揚の少ない幼げな声が聞こえた。

 不思議だ。確かに目の前にいる彼女の口は動いてはいないはずなのに。

(……あの、意識あります? 大丈夫ですか?)

「えっ!? あぁの、はいぃ! 大丈夫ですっ!」

 声の主は間違いなく目の前の彼女らしく、僕の返事を聞いて、ふわりと表情をほどいた。

 不安気な口元に笑みが浮かび、小さな息が漏れていた。

(そっか、よかった。初めまして……じゃ、ないけど、憶えてるかな?)

「あの、昨日の……?」

(……うん、そう。昨日は、その……、ごめん。酷い姿見せちゃったよね)

 小首を傾げて潤む瞳に見つめられた。

 僕みたいな奴がそんな目を向けられたら、まともに正面など見れるはずもない。

「い、いや大丈夫、だよ?」

 すっかり落ち着いた様子の彼女とは対照的に、どんどん緊張していく僕。

 初対面に等しい少女に話しかけられているのもそうだったし。何より、……まだほっぺに……て、手が、触れて……。

 少しヒンヤリした彼女の手はとても心地良かった。

(ぶつかった時、怪我しなかった? あの時は結構派手に激突しちゃって。ぼくがぶつかっといてなんだけど、すごく痛くてさ、えへへ……)

「だ、大丈夫! ……です」

 そう伝えると、申し訳なさそうに笑いかけ、あどけなく自分の頬を小さく掻いていた。

「……」

 待てまて。僕はなんでこんなに緊張してるんだ。

「って! さっきから口が動いてないような気がするんだけど、どゆこと?」

 想定外の出会いに呆気にとられ、意識が飛びかけていても気になった。この会話どうなってるの? 拗らせ過ぎた僕の幻聴だろうか。

(あぁ、これか。…………ちょっとね。どう? 凄いでしょ。精霊術の応用で、君の内側に直接干渉しているんだ)

 一瞬だけ垣間見えた不安そうな表情の後、得意気に瞳を輝かせた。

「……そ、そっか」

 その明暗の差は誤魔化しようがなかった。

 僕の脳裏には、はっきりと昨日のあの顔が過ぎる(よぎる)

 彼女の表情はくすぶったランプの様で、いつか消えてしまうんじゃないかという不安が湧き上がってくる。

「えっと、精霊術を使うってことは、君もアストピアの?」

(うん、そうだよ。……あのさ、ジンくん……だよね? ぼくのこと、わかるかな?)

 ポツリポツリと輝き出す星の下、彼女はそう言った。

 急に寂しそうな視線を向けられたからか、心が少しだけざわついた。

 さも幼い日に出会っていたかのような発言に、思わず勘違いしてしまいそうになる。

「……あれ? 僕の名前、どうして知ってるの?」

(教えて。ぼくの事知ってる?)

 間髪入れずに響いた聞こえないはずのその声は、少しだけ語気が強くなったような気がした。

「その、ごめん。たぶん、初めてだと思う」

 僕に残っている記憶の中に、思い当たる人物はいなかった。

(……そっかそっか。ごめんね、急に変なこと聞いて。向こうの人、久しぶりだったから)

 なんだろう。この子、とても懐かしい匂いがする。どっかで会っていたのかな? 

 少女は寂しそうな表情のまま顔を伏せると、どこか安心したような笑顔を作った。

「あの、本当ごめん。実は僕、小っちゃい頃の記憶が曖昧でさ。昔は孤児院で育ったんだけど、その辺の事は思い出せなくて、もしかしたら――」

(――ごめんね! 嫌な事、聞いちゃって)

 気を遣わせてしまったのか、急に言葉を遮られた。

「う、ううん、気にしないで。それで、なんで僕の事知ってたの?」

(ふぇっ!? えっと、それは……、ほら! 騎士学校時代、足に剣が刺さって気絶してた人だよね? それで名前覚えちゃって)

「んなっ!?」

 不味い。黒歴史が名札になってる……。あんな醜態がそんなに有名になっていたなんて。

「お願いですから忘れて下さい」

(ふふ、やなこった。それより腕疲れちゃった。右手出して?)

「え!? ちょ――っ!?」

(ほらほら、仲良しのしるしだよ)

 半ば無理やり掴まれた僕の右手を、彼女の左手が優しく包んだ。

 そんな彼女の暖かさに、僕の全身が緊張から再び強張っていった。


 ◇◆◆◇◇◆◆◇


 それから、彼女と話をした。

 他所から見れば、僕の大きな独り言に思われるかもしれない。人形に話しかけているイタい少年って絵面かな……。

 でも今は、それでもいいや。

 慣れるに従い、徐々に砕けてきた彼女は意外とおしゃべりで、少年のような悪戯心を隠し持っていた。

「そう言えば、君の名前は?」

 その質問に少し俯くと、何かを企んでいるような笑みを浮かべた。

(内緒……。さて、ぼくの名前は何かなぁ)

「えっ、ちょっと、何それ!?」

(ふふ、絶対に思い出してね? ジンくん)

 どちらともなく、他愛もない会話が繋がっていく。

 楽しかったことや好きな食べ物。僕も必死になって話題を探した。

 こんなに早く流れる時間は初めてだった。

 この子曰く、この研究所の売店には伝説のメロンパンがあるらしい。

 自称パン愛好家の僕としては、実に興味深い情報を得ることも出来た。

 やがて話は、地界での思い出話に至った。

 彼女は騎士学校の話になると、一際その瞳に輝きが増した。

「僕、青龍騎士団に入るのが目標なんだ。白兵部隊最強の前衛騎士(ヴァンガード)、パンチ部隊長に憧れてて」

(あのチリチリ頭の人だっけ? えぇ、やめときなよ。参考にしてたら、君にもチリチリ頭が移っちゃうかもよ)

「それどうゆうこと!? いや、かっこいいじゃん。精霊術に頼り切ることなく、己の腕っぷしで戦果を残すあの姿。青龍騎士団の切り込み隊長はあの人の他にはいないよ」

(今の精霊術での戦術が発展しきったご時世で、あんな脳筋スタイルで生きていくのは難しいんだよ?)

「脳筋って……。知らないよ? 怒られても」

(平気平気。ここは天界だもん、聞こえやしないって)

「まったく。君って結構辛辣なの?」

(ひどいなぁ~。こんなにか弱い娘を捕まえて、辛辣とはあんまりじゃないか。ぼくはチョットだけ正直者なだけだよ)

「正直者だなんてよく言うよ。名前は教えてくれないじゃない」

(何か文句あるのかい?)

 そういって握る手を少し強めて来た。

 そんな仕草一つ一つに胸が騒ぎだす。

「いいえ全く。非常に納得できるお話でした」

 こんな感覚は初めてなのに、どうしてこんなに居心地がいいんだろう……。

(ふふっ。……懐かしいなぁ)

「あのさ、一緒に帰ろうよ。きっと助けが来てくれるよ」

(助けが来てくれる……か。そうだね。……ちゃんと、見つけてくれるかな)

 それから何も言わず、星が散らばった空に小さな白い手を伸ばしていた。

「大丈夫。きっと、――きっと帰れるから」

(うん)

 彼女の手は、そんな小さな返事を強調するように再び握り返してきた。

 屋上の僕達二人を、淡く輝いた夜空の月が映し出す。

「決めた、君の呼び名を勝手に決めちゃおう。呼び辛いし」

(えぇ~。それならぼくに似合うようなやつにしてよ?)

「そうだなぁ。星、星座、夜……」

 なんとなく目についたものを片っ端から彼女に当てはめていく。

 そして、ひと際眩しいその光を見た時、僕の口は勝手に動いていた。

「……“かぐや”」

 繋いだ彼女の左手がピクリと跳ねた。

「おっ! 気に入ってくれた!? いいでしょ? かぐや。あの月の光みたいだからピッタリだよ!」

 彼女は伸ばしていた足を抱え込んで膝に顔を伏せてしまった。

 なにやらう唸りながら足をバタつかせている。やっぱり仔犬みたいだな。

「どうかな? 合格?」

 伏せた顔を少しだけ覗かせ、かぐやは一言だけ伝えてきた。

(……うん)

「そっか、良かった」

 かぐやは顔を上げて少し寂しそうな表情を浮かべた後、誤魔化すように僕の横にあったアップルジュースを勝手に開けて、満足気に口をつけた。

「アップルジュース、好きなの?」

 両手で容器を持ったまま、満面の笑みで頷いた。

 そんな笑顔はとっても眩しくて、少しだけ心の奥がツンとした。

 ともあれ、今回の件は全部あの博士の計画だったのだろうか?

 今も隣の屋上とかで見てたり……。嘘っ!? 本当にいる!? いや、手を振るな。

 本当にあの人は何なんだろう。

 そっと隣に視線を向けてみるが、彼女は気が付いていない様子。


『――私の、英雄になってね――』


「へっ?」

 ……今のは、なんだろう。

 ふと隣を見るが、傍の少女はアップルジュースにご満悦中だ。

 遠い記憶の片隅から、小さな記憶が声をあげた。

 僕の忘れてしまった思い出のどこかで、見付けて欲しいと誰かが呼んでいる気がした。

 ジワジワと脳裏に浮かび上がって来た、顔が真っ赤に塗りつぶされた少女。

 僕は、この声を知っていた。

ご覧いただきありがとうございます。

今後ともご贔屓に。


木ノ添 空青

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