芽生え
片手に持ったファイルを閉じ、こちらを見ながら博士はそう言った。
「お前、ここが何か知っているか?」
「……何って、天界アルデラントの研究所って言ってたじゃないですか。精霊とかの研究をしてるんでしたよね?」
かなりの規模らしいが、こういう分野には疎い頭の残念な僕は、設備だけ見せられたところで何をしてるのかはサッパリ理解できない。
「あぁそうだ。まぁ正確には、アルデラントの兵器開発局だ」
「兵器、開発局?」
「……さて、ここからは独り言だ」
「はい?」
さも意味ありげに背を向けると、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で先を続けた。
「実はな、戦争に投入する予定の禁忌レベルの兵器開発を行っている」
「――いやちょっと、今戦争って言いましたかッ!?」
「黙って聞け。お前が話しかけてきたら独り言にならんだろうが」
「えぇ……」
「とにかく、今は詳しく言えんが、とある機密兵器の開発の一つに地界人が関わっている。目的は言うまでも無いだろう」
「……」
「……何か興が乗るようなリアクションなど出来んのか貴様」
「いやいや、博士が黙ってろって言ったんじゃ」
「まったく、面白味のない」
なんで僕が責められてるんだ……。
いや、もうそんな事は今置いておこう。問題はさっきの話だ。
あれはつまり、僕らが暮らしていた世界との世界戦争……ってことだよね。
形ばかりの停戦協定のお陰で、戦争をしないことだけが両世界の共通願望だと思っていたけれど、どうやら違っていたらしい。
「話を戻すぞ。天界を動かしている連中の最終的な目的は世界統一だ。天界も見てくれは立派そうに見えるが、強力な独裁を貫いてきた崩壊寸前な国家を、強烈な武力と弾圧でどうにか締め上げているだけだ。民衆の不満は破裂寸前、多数の天界人は、政府のやり方を快く思ってはいない。そこで天界政府は、地界というデコイを仕立て上げ、その的を攻撃することに希望があることを示した。連中は我々民衆に、地界には天界人を脅かす脅威があるような印象を植えつけたのだ」
「まさか、昔あった精霊狩りの発端って……」
「こんなにも殺伐とした世界では、今後何も知らずに生まれてくる者があまりにも可哀想だと思わんか? 天界も実にくだらん世界になったものだ」
言葉を吐くごとに寂しそうな表情に変わる博士に、少しだけ驚いてしまった。
あんなに人を小馬鹿にしていた博士が、世界の不幸を嘆いているなんて。
普段の素行を知っているせいでにわかには信じ難いけど、この表情と言葉が嘘だとは思えなかった。
天界の人間は全員が敵であり、過去にアストピアを土足で荒らし周った度し難い集団だという風にしか思っていなかったけど……。
本当は博士みたいな考え方の人も少なからずいるのかもしれない。
僕の唖然とした表情から察したのか、博士は力を抜いた笑みを浮かべた。
「なんだ意外か? こんな思想の人間が居ても不思議ではないだろう。私は何かを強制されるような事が嫌いでな、人の数だけ思想があるのは当然だと思うのだよ。……だが上の連中は、皆が同じ方向を向いていないと気が済まんらしい」
「……世界統一に独裁。幸せな未来があるとは思えませんね」
「まぁそうだろうな。しかし天界政府は、強引にその歩みを進めている。有無を言わせぬ絶対強者には、それだけの力があって当然という事だ。近いうちに戦争を仕掛ける動きもあるようだしな。お前達が気が付かぬだけで、天地戦争はそう遠くない未来の話になっている」
呆れたように苦笑し、溜め息交じりに告げた世界の行く末。
その未来で僕達は、いったいどんな笑顔を浮かべているのだろう。
「逸れた話を続けてしまったな。あ~面倒だ。いっそ結論を言おう。天界政府は今、地界アストピアとの戦争準備を進めている。この研究所では、その天地戦争の決戦兵器、【神殺し】を開発しているらしいが、そいつの要が精霊らしい。あとは察しろ」
「ちょ、ちょっと待ってください! じゃあなんですか、あの子がその神殺しって兵器に、精霊役として関わっているってことですか!?」
「さぁどうだろうな。……『役』なんて愉快なものなら、どれだけ幸せだろうな」
どうやら教えてくれるのはここまでらしい。
「ありがとうございます。今更ですけど、そんなに喋って大丈夫なんですか?」
「独り言だと言ったであろうが。まぁ、最近この世界のやり方にはうんざりしていてな。少し反抗してみようかと企んでいたところだ」
この人は本当によくわからない。
何を望んで、何をしようとしているのか。
でも、少なくとも僕の印象にある、非道な天界人とはまた少し違うのかも知れない。
「私の独り言は黙っておけよ。ボーナス支給前にクビにされては困る。では、そろそろ失礼するぞ」
ふらふらと手を挙げると、そのまま入り口へ向かっていった。
なんだろう、このふつふつと湧き上がる感情。また僕の悪い癖が出てるのかな。
僕の好奇心とお節介は、もはや病気のそれかもしれない。
「あの、その博士の言う反抗なんですけど、僕にも何か協力出来ませんか?」
あれこれ考える前に口が勝手に動いていた。
博士は途中で立ち止まり、意外そうな顔で振り返った。
「……ふっ。面白い。そうだな……、では一つヒントをやろう」
「え? なんですか?」
「28番研究棟。屋上。アップルジュース。以上だ」
「はい!? えっ、ちょっと」
「明日の夕方だからな? 明日だけだからな? せいぜい楽しませてくれ、健闘を祈る」
「ちょっと、どういうこと!? ねぇってば、博士!?」
再び手を振り、鼻歌交じりで呑気に出て行った。
「どうしよう。ヒントが難解すぎて問題に至らない」
本当にあの人はなにを考えてるんだろう。頭のいい人は本当によくわからない。
ご連絡ありがとうございます。
今後ともご贔屓に。
木ノ添 空青