49.パウラは小春日和
冬月54日、ジルガバルトでの滞在を終えてパウラへ転移した俺達を、威厳ある面構えのオッサンが出迎えた。
「ほう、其方が叔父上の愛し子か。なるほど噂に違わぬ美しさだ」
「は…いぃ?」
「ピギュ?」
今なんて言った?叔父?ゲオルグが?
「陛下、そのネタは久しく聞きませんでしたが?」
呆れ顔でため息を吐くゲオルグを見るに、ゲオルグが叔父で間違いないようだ。
「このネタで驚く者がおらぬようになっていたからな。余も久々に使えて嬉しいわ」
「久しぶり過ぎて、我が娘に注意するのを忘れておりましたよ」
「ピュルッ、ギュッ」
苦々しい顔を見るに、本当に忘れる程に久しぶりのネタだったようだ。その顔を見たエンヤが、何やら慰めの声を発している。
パウラ朝第十三代国王ガブリエル・パプティスト・パウラ、83歳。先代オーバルト国王の第一姫マリー・エルザの生んだ子だ。by【魔眼】
ああ、ゲオルグ達の父親は、なかなか男児に恵まれなかったけど、女児はそこそこ生まれてたな。それで、この逆転現象になるわけだ。
「それにしても陛下、何故このような場所におられるのです。皆困惑しているではないですか…」
「なに、麗しの姫君の顔を一時でも早く見たくてな」
「ピィッ」
「おお、その愛らしい従魔も噂通りだな」
「ピルルッ」
そういえばここ、パウラの転移魔法陣の設置室だよな。
そうだ。王城の地下になる。by【魔眼】
「アルダナーリ、この方がパウラの国王ガブリエル・パプティスト陛下だ」
「お初にお目に掛かる、余は其方の父ゲオルグ・クラウス殿下の甥でもあるので、其方とは従兄弟であるな」
にこにこと笑ういい歳をしたオッサンは、顔立ちは違うのにティモテの国王マルクトと同類の匂いがする。
パウラとティモテは同じ海洋国家で位置も近いからな。当然姻戚関係も濃いぞ。by【魔眼】
あ~、なんか読めた。双方ともに陽気な質だろ?
然り。by【魔眼】
「こんにちは、陛下。滞在中は好き勝手すると思うけど、よろしく」
「もちろんだ。好きなだけ楽しんでいかれるが良いぞ」
にっこり微笑んだ俺に、国王の後ろに控えた者達の顔が気色ばむが、当の国王はどこ吹く風で答えた。
「さあ、このような狭苦しい場所に長居するものではない。我が国自慢の城を案内しようではないか」
「陛下自らですか?」
「どうも我が国の者達には、姫君の重要さが今ひとつわかっておらぬようなのでな。余が自ら知らしめねばならぬようだ」
気色ばんだ者達に、今度は動揺が広がる。
「家臣の無礼、申し訳ないの」
「いいよ。陛下はティモテの国王と同じ匂いがするから、気にしないで」
「ピュイッ」
言外に、おまえの事は気に入ったと伝えると、国王はほくそ笑んだ。エンヤも俺の好意を感じ取って機嫌がいい。
「マルクト・アーベル陛下は余の甥だからの」
「…彼はゲオルグの叔父なんだけど、陛下はゲオルグの甥で、彼の叔父なの?もう、連合の姻戚関係は複雑過ぎだよ!」
「その通りだ。連合王家の女系の系図を知ると訳がわからなくなるぞ」
ゲオルグが肩を竦めて見せる。
「それもあり、各国共敢えて男系の系図しか残さぬようになっているな。女系の系統を見れば、全ての王家がひとつの家族となってしまうのでな」
「各国の繋がりは強固になるが、王家独自の系統は守りたいからな」
「男系継承の徹底だね」
「おお、姫君の聡明さは聞いた通りだな。加えて素晴らしい魔法士でもあり、竜ですら従属させているとなれば、どの国も下にも置かぬ歓待をしたと聞くが、至極当然であろうな」
「ピルッ」
どうも俺の事は、王達の間で格好の話題となっているようだ。
この会話をどう判断したのか、控えた者達――どうやら宰相を始めとした高位の文官――の顔色が青褪めていく。逆に、国王のすぐ後ろに付いた近衛達からは好意の眼差しを向けられた。
姫の事はあれこれ伝わっているようだが、文官と軍人とでは受け取り方が違うようだな。文官は姫という名目だけで侮り、軍人は迷宮攻略や魔物討伐遠征時の活躍に感服している。by【魔眼】
男尊女卑の極致かよ。
いや、極致とまではいかぬ。レディファーストでもあるからな。ただ、女性であれば、低位の男性に対してもそれなりの節度を持って相対するのが当然と考える程度だ。by【魔眼】
ん?つまり、俺の口の利き方が気に障ったと?そんなの周知の事実だろ?なんせ、オーバルトの国王を初見で威圧してるからな。それに、俺は男性王族と同等の立場だが?
だからこそだ。王族という立場になれば、他国の王に最大の敬意を払うべきと考えるのが文官というものだ。逆に軍人は、見た目や言動には惑わされない。姫が国王に対し好意を持った事を感じ取り喜んでいる。by【魔眼】
「国王の案内なら最上級のもてなしだね」
「ピュイッ」
「パウラの王城は、どこの国とも違う装飾になっていて面白いぞ。おまえも気に入るだろう」
「そうなの?それは楽しみ」
「ご期待に副えると良いが、自信はあるぞ」
エスコートの為に伸ばされたゲオルグの手を取って、にこにこと笑う国王と共に部屋を出る。
後ろでは、しっかりと着いて来るシュテファン達とは別に、貴賓室に案内されるであろうリタ達が互いに顔を見合わせて頷いていた。これまでの経験から、出立前に万全の支度を整えた俺の姿に満足しているんだろうな。おかげで今朝は早起きだった。
因みに今日の服は、春を思わせる花柄を織り込んだワンピースだが、昨日まで着ていた服とは違い生地も薄手になっている。それは、この国の気候に合わせての事であるが、ほんと連合は広いと実感する。なにせ、現在の外気温は摂氏20度だからな。さっきまではマイナス3度の世界に居たのにねぇ。
「へっ?なにコレ…」
転移室を出ると、そこは奇妙な空間だった。
「貝殻?…違う、これ全部造形!?」
「ピギッ」
「驚いたかな?ここは湾の中に作られた王城だから、全てのモチーフが海で統一されているのだよ」
壁面や柱を飾る貝殻と思ったものは、全て石造りの造形だった。確かに実物だったら、この大きさは無理がある。同じデザインで、指の先から両手を広げた幅までのバリエーションがあるからだ。
「なんか、洞窟の中みたい」
「ここは岩盤を削っているからな。その感想は正しいぞ」
「だから天井が低いの?」
「そうだ、全て人力で掘り進められているからな。今となっては信じられぬ労力だ」
この地下空間は、前時代の遺跡を利用している。当時はドワーフの力を借りず、ヒューマンだけの手で作っていたようだ。by【魔眼】
「うわっ、魔法の干渉が一切無いの、ここ!?凄いね」
こっちのヒューマンも、建造物を地道に作り続ける情熱と忍耐は持ち合わせているらしい。
「ピルッ」
「ん、どうした?」
進んだ先に出て来た、大きな鉄の扉にデザインされたヘビのようなものに、エンヤが反応した。
「これは、魔物?」
よく見れば、手足の替わりにヒレがある龍のように見えるんだが、こっちでは魔物のモチーフは嫌われる筈だよな?
「魔物だな。それも魔王リヴァイアサンだ。ここは、地下1階にあたるが、この通路の先には洞窟港が造られておる。故に、嵐の時など海水の流入を防ぐ為にこの鉄扉があるのだが、そのような災害はないに限るのでな。そこで、海難除けの意味を持つ魔王リヴァイアサンのデザインを施してある」
海の民のみに伝わる海難除けだが、やはり嫌われるものではある。だから、地上には設置されぬな。人目につかぬ地下施設や船の船底にひっそりと施されるようだ。by【魔眼】
「へえ、これがリヴァイアサン。良いフォルムだね、会ってみたいな~」
俺の従魔であるスピネルとは違って東洋の龍のような細長い身体だが、凹凸の少ない顔付きはスピネルと近いかな。鉄扉のデザインなので色味はわからないが、海棲魔物なので光沢のある美しい鱗に違いない。非常にそそられるぞ。
「ピュイッ」
「お、エンヤも会いたいか?」
「待て、アルダナーリ。魔王リヴァイアサンの住処は、帝国のある西の大陸とドラグーン達の領土である東の大陸の間の海域だ。つまり、ここからだと世界の果てになる」
「……あ、うん、当分は諦めておく」
世界が球体であるとわかった現在『世界の果て』とは惑星上の裏側という意味に変わっている。そんな遠出は、ゲオルグに許容出来る筈もないよな。
「いい子だ」
右手が伸びて来て俺の頭を撫でるので、俺からも組んでいる左手に擦りついてやった。
「ほう、羨ましいのう。余もそのように慕ってくれる娘が欲しかったな」
「え?いるでしょ?」
「我が国はオーバルトと違い、家族の距離は近くなくての」
オーバルト国王が成人前の子と同じ生活空間を持つのと違い、後宮を持つパウラの国王は王妃達とすら離れて暮らすのだ。by【魔眼】
「姫などとは月に数度会えば良い方だったぞ」
「ふうん、連合でも国によって違うんだね」
「オーバルトは、かつて王位継承権者の諍いで国が傾いた事があり、以降王族の絆を深める方向に舵を切ったのだ」
「あ~、ゲオルグ達もマリウス達も仲いいもんね」
そんな風に会話しながら歩く事数分、今度は非常に豪華な白大理石の大階段が目の前に現れた。
「ここから上が、パウラ王城の中枢になる。地下と違って華やかな造りぞ」
言われて上がれば、そこは水色を主体にしたパステルカラーの世界だった。
「うわっ、豪華~っ」
巨大なドームのホールには濃い水色のタイルが敷き詰められ、薄い水色に塗装された壁に装飾された漆喰の飾り柱には淡い塗装の珊瑚や貝殻が彫り込まれている。天井はもちろんステンドグラスだが、そこに描かれているのも海中の景色で、降り注ぐ陽の光の所為でホールの中は幻想的な雰囲気になっていた。
「気に入って貰えたかな?」
「うん凄く!まるで海の中に居るみたいだよ」
「ピュイッ」
「そうか、それは良かった」
それから、国王に連れられて王城の1階部分を見て廻ったが、ほんとにどこもかしこも海のモチーフで作られており、そこから波の揺らぎや海洋生物をデザイン化したものなので、建築様式はアールヌーヴォーに近かった。敢えて色味を抑えてあるので、余計にそう感じたのかもしれない。
そして、圧巻は庭だ。
国王の言っていた通り、パウラの王城は湾の中にある島を丸ごと利用しているのだが、防衛の観点からティモテとは違い海に面したテラスが無かった。その代わりに、視界を遮る段差と緑をうまく取り込み、壁面造形に工夫を凝らした小さな庭を繋げる事で、狭い敷地に変化を齎していた。
そして辿り着いた先にあるのが、島の東端に建つ別棟を前にした大庭だ。
急に開けた視界の正面に、壁面を彫刻で埋め尽くされた建物が建ち、その前には海をモチーフにした大きな噴水を中心に緑の芝生が広がっていた。
「あれには式典用の玉座の間があるが、舞踏会場でもあり、迎賓館でもある。上には客室があり、この城を訪れる者の大半は、あの建物の向こうにある船着き場に降り立つのだよ」
「じゃあ、あれが俺達の泊まるとこ?」
「いや、其方らは王城の貴賓室だ。パウラは仕来りにうるさくての、王城に招き入れるのは連合の王族のみと決まっておる。他国の者は、たとえ国王であろうと城には入れぬのよ」
この島は東西に長く、中央の王城を挟んで東に今見えている建物、西に後宮が建つようだ。後宮には当然ながら王族だけが住まう。ただ、あっちと違って男子禁制ではないから侍従も近衛もいるし、国王の直系以外の王位継承権者の家族も済んでいるらしい。
「そろそろ時間も良いし、一端城に戻るか。姫君が好物だという海鮮を取り揃えた正餐を用意させておるぞ」
「うん、それ楽しみにしてた」
「ピュイッ」
「おお、そうだ。姫君の従魔が好みそうなオレンジもあるぞ」
「オレンジ!エンヤ好きだよ、ねっ」
「ピルルルッ」
喜んで尾を振るエンヤと満面の笑みとなる俺に、ゲオルグや国王、シュテファン達とこの国の近衛達も釣られて笑顔になっていた。
それから城の大食堂で他の王族達とも会ったのだが、国王の二人の王子の年齢差に驚いた。だって第一王子51歳、第二王子13歳だよ。連合の王は、どこも王子二人を授かるまでは頑張るらしいのだが、下の王子なんて孫の歳だろ。実際、第一王子の長男は18歳だから、ここでも逆転現象起きてたよ。男子の孫が出来ても第二王子が望まれるのは、その後の公爵家の存続の為で、最悪王家に世継ぎがいなくなっても、男系男子であれば公爵家から王を擁立する事が可能なんだそうだ。ほんと上位卑属は跡取り問題が大変だよねぇ。
あ、肝心の正餐は海鮮三昧で美味でした。
この国にも俺の牡蠣好きは伝えられていて、俺とゲオルグの後ろには前菜として旬の真牡蠣がバケツ盛りで――比喩だからな!実際は綺麗なガラスの器だぞ――用意され、数人掛かりでせっせと殻剥きしてくれたものをたらふく食べて満足したよ。
その後は、また東の館に向かってギャラリーなんかを案内して貰い、数ある王家のコレクションを堪能させて貰った。この王家は特に絵画の収集が好きなようで、どれも素晴らしい一品なのだろうが、俺が欲しいと思えるものは無かったな。
だって、アラクネーの織物と比べたら、どうしたって見劣りするんだよなぁ。
次回更新は4月5日です。
旅の疲労が抜けなくて続きがヤバイ…です。予約投稿済みはあとふたつ。GWは10連休?何それ?どこの異世界の話?はあ…、12日までに何とか2話分は書き溜めたいよね、頑張れ自分!




