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スキルフル  作者: 流浪人
1/1

入学

「おいおい、今日はクラス貼り出されんだぞ。早く行かねえと見られなくなるぞ」


今日は二人にとって大事な日だった。

受験を終えてしばらくが経ち、晴れて高校生になった彼らにとっては今日という日をどれだけ待ちわびたかは計り知れない。

しかしながら、今日も入試当日と同じように彼は呑気に朝ごはんを食べており、せっかく早起きしたはずが意味が無くなってしまった。


「待ってよ〜。まだ朝ごはんが……」


「朝から菓子パン五個食って、どんぶり飯二杯食った後に何食うんだよ」


「………ラーメン」


「さっさと行くぞ!!」


「待ってよ〜」


















二人は校門前で座り込んだ。

彼の朝食が終わるのを待ったせいで気持ちが悪くなるぐらいに二人は走った。

だが既に他の生徒がクラス表の前に異常なまでに密集しており、とてもじゃないが彼ら二人はその中を割って入るほど元気はなかった。


「このやろう、ラーメンだけじゃなくて蕎麦も食いやがって」


「ごめんよ。でももう、お腹減ってきちゃった」


「呑気だなおい。さて、どうすっか」


二人は校門を抜け、人が密集しているところからかなり離れたところにあるベンチに腰を下ろした。


「今度なんか埋め合わせするね」


「………ラーメン奢れよ。今日な」


「僕さっきラーメン食べたばっかなのに」


「つってもこれじゃあ、予鈴がなっても見るのは無理そうだな」


「そうだね。今回こそは同じクラスになれるといいね」


「お前にとって都合がいいだけだろうが」


「二人とも!!」


彼らの正面に仁王立ちする人影が一人。


「あ、清華ちゃん」


「なんだ、引出かよ」


目の前に現れた人物に二人は全く正反対の対応を見せた。

一人は、彼女に笑いかけているが、一人はめんどくさそうに彼女から視線を逸らし、自身の斜め後ろを見ている。


「そうよ!!悪い!!?」


「悪かねえよ。じゃあ俺はちょっくら行ってくる」


彼はそう言って立ち上がり、クラス表が貼り出してある玄関へ行こうとしたが、行こうとした瞬間に彼女にブレザーごと引っ張られ、その場に尻餅をついた。


「待ちなさい」


「なんだよ。早速汚れちまったじゃねえか。クリーニング代あとでよこせよ」


地べたに尻餅をついたままの彼に彼女が話しかけた。


(いてくれなきゃ困るのよ!!テンパって何しちゃうか分からないじゃない!!)


(いつも氷漬けにしてたやつが今更純ぶるな。ガサツ野郎)


彼はそう言って立ち上がり、身体についた砂を払う。


「だからめんどくせえんだよお前。さっさとフラれろ」


「分かんないじゃん!!」


「喧嘩は良くないよ二人とも。ああでも、喧嘩するほど仲がいいって言うしね〜」


彼は呑気に鞄からチョコレートを取り出し、もそもそと食べている。


「「仲良くなんかない!!」」


「息ぴったりだね〜」


「いや〜、疲れたね」


突然現れた女はおもむろにベンチに座る彼の横に座り、鞄を開けてスマートフォンを取り出し弄り始めた。


「何よあんた!!いきなり出てきたと思ったら翔也の隣に座って!!」


「あんた翔也っていうんだ」


「初めまして、桂翔也です。よろしくね」


「随分でかいね。んで、そっちのイケメンは?」


「先にお前が言えよ」


「イケメンってのは否定しないんだね。まあいいや、私は和田紀美江。よろしく」


「俺は樫田諒太だ。よろしくな」


「私は坪根心よ」


「あんたは聞いてない」


「何それ!!」


「ええと、なんて呼んだらいいのかな?」


「紀美江でいいよ」


「じゃあ、紀美江さん。クラスどこ?」


「私はAだよ。それから、そこの二人も同じだよ」


彼女はそう言って顔はスマートフォンの画面から離さずに、左手人差し指と中指で心と諒太を指差した。


「またこいつと同じか」


「何よ!!私だって好きであんたと一緒になってるわけじゃない!!第一、本当かどうかも分からないじゃない!!」


「まあまあ二人とも。それよりも、どうして二人のクラスを知ってるの?」


「ああ。私は望遠鏡並みの視力を持つスキルと見ただけで覚えるスキル持ってるからね」


彼女はそう言ってスマートフォンを鞄にしまい、顔を上げた。

左右の目の色が異なっており、右目は青く、左目は緑だった。


「その目の色って生まれつき?」


「ああ、これカラコン」


「何の為に」


「おしゃれよおしゃれ。あんたもやったら?」


「そんなことより本当なの!!?」


「そうだよ。で………何だっけ?」


「翔也だよ」


「翔也はBだよ」


「また別のクラスかよ」


「またか」


「まあまあ二人とも、別に会えなくなるわけじゃないんだからさ。気にすることはないよ」


「あんたら昔から知り合いなのかい?」


「俺とこいつは幼馴染ってやつだ。で、このガサツ野郎が小学生からの腐れ縁」


「私だって好きであんたらと一緒なわけじゃない!!」


気が付けば予鈴がなっており、四人は全力で走り、自分の教室へ向かった。

















「……………B組はここじゃないぞ」


「………どこですか?」


「ここの隣だよ」


「ありがとうございます」


「おいおい、今日はクラス貼り出されんだぞ。早く行かねえと見られなくなるぞ」


今日は彼らにとって大事な日だった。

受験を終えてしばらくが経ち、晴れて高校生になった彼らは今日という日をどれだけ待ちわびたことだろうか。

彼は幼馴染である諒太や、小学校から一緒の学校の清華と一緒になった事が一度もないが、逆に二人はこの六年間で一度も別のクラスになった事がない。

さらに悲しいことに彼は二人と委員会も運動会も一緒になった事がない。

一度生徒会に三人で立候補した事があったが、結果彼だけが生徒会に入り、二人は別の委員会で委員長と副委員長だった。


「ごめん、まだ朝ごはんが」


彼の家の隣に住んでいる諒太がわざわざ迎えに来ているのには理由がある。

それは以前、中学生の初めての登校日に彼が朝ご飯を食べていて始業式等に間に合わなかったことがあった為に、何かしら大事な行事があるたびに呼びに来てくれるようになったのだ。

今日も諒太は彼の隣でずっとスマートフォンをいじりながら待ってくれているにも関わらず、彼はというと未だに朝ごはんを食べている。

以前彼は諒太から、食い過ぎ、と言われた事があったが本人に自覚は全くないようだが、彼の目の前の机に積まれた大量の皿が彼がいかに大食漢なのかを物語っていた。


「おいおい、翔也さんよ、そろそろ行こうぜ」


「待ってよ〜。まだ朝ごはんが……」


「朝から菓子パン五個食って、どんぶり飯二杯とおかずや味噌汁しこたま食った後に何食うんだよ」


「………ラーメン」


「さっさと行くぞ!!」


「待ってよ〜」


諒太は鞄を持つとすたすたと玄関に向かったので、慌てて彼もついていく。

もちろん食べようとしていたラーメンは冷蔵庫にしまい、空になった皿などを流しに入れて鞄を背負い、もう一つの鞄を持って。














「着いた!!」


「着いたね!!」


二人は校門前で座り込んだ。

学校の始業時間が8時半に対して家を出た時間は8時だったうえ、クラス表は15分に剥がされてしまうということで慌てて走った。

無事に五分前に着いたはいいものの、未だにばらつく気配のないクラス表の前の群がりを見て彼らはうなだれた。


「このやろう、途中でコンビニ寄りやがって。着いてから学食でも食えばいいものを」


「ごめんよ。でももう、お腹減ってきちゃった」


「呑気だなおい。さて、どうすっか」


二人は校門を抜け、クラス表からかなり離れたところにあるベンチに腰を下ろし、自身をあおぎはじめた。

諒太はこうなる事が薄々分かっていたため、鞄から扇子を取り出し扇ぐ。

一方翔也は背負っていた鞄からクーラーボックスを取り出し、さらにその中からアイスクリームを一つ取り出すと、美味しそうに食べはじめた。

そんな翔也を見て諒太は苦笑いをした。

走ったばかりなのにアイスクリームを食べるその姿と、そうせざるを得ない状態に彼を追い込んでいる彼の身体がやはり諒太にとってはもう笑う以外なかった。


「今度なんか埋め合わせするね」


「………ラーメン奢れよ。今日な」


「はいよ」


「つってもこれじゃあ、予鈴がなっても見るのは無理そうだな」


「そうだね。今回こそは同じクラスになれるといいね」


「お前にとって都合がいいだけだろうが」


「二人とも!!」


彼らの正面に突如人影が一つ現れ、二人の前で仁王立ちをしている。

しかし、その人物は背が小さいために全く迫力がなく、彼らは小さい子供が必死に背伸びして大人ぶっている様子を見守る親のようなそんな穏やかな目でその人物を見ていた。


「あ、清華ちゃん」


「なんだ、坪根かよ」


目の前に現れた人物に二人は全く正反対の対応を見せた。

一人は、彼女に笑いかけているが、一人はめんどくさそうに彼女から視線を逸らし、自身の斜め後ろを見ている。

翔也にとっては彼女は自分を気遣ってくれるいい子という印象だが、諒太にとっては何かあるごとに口を出してくるまるで口煩い母親のような印象であるため、二人の対応にここまでの差が生まれた。

彼女は黒い髪を肩まで伸ばし、学校指定のブレザーを着て、学校指定の黒いスカートを履き、黒いソックスを履いて、黒いローファーを履くという校則を完璧に遵守している身なりだった。


「相変わらず色気の無い格好と体で」


「校則で決まってるんだからしょうがないじゃない!!


「校則ではつるぺたボディになれとは言われてねえだろ」


「うるさい!!それよりあんた達はどういう服装なのよ!!」


彼女は二人を指差し指摘する。

諒太はブレザーを着ずにワイシャツとカーディガンを着て、下はジャージである。

翔也に至っては、上はパーカーで下はジャージである。

しかしながら諒太は髪を銀色に染めて後ろで縛っている一方で、翔也は髪を染めたりすることに全く興味はなかったため、黒髪で短髪という髪型であった。


「…………悪いか?」


「今日は始業式よ!!?正装で来いって書いてあったじゃない!!翔也に至っては完全に私服じゃない!!」


「書いてあったか?」


「あったっけ?」


「あったわよ!!」


「まあ、なんとかなるだろ」

「なんとかなるよ、多分」


「怒られるよ!!?」


「別にいいさ」


「おっ!!人がはけてきたな。じゃあ俺はちょっくら行ってくる」


諒太はそう言って立ち上がり、クラス表が貼り出してある玄関へ行こうとしたが、行こうとした瞬間に彼女にブレザーごと引っ張られ、その場に尻餅をついた。


「待ちなさい」


「なんだよ。早速汚れちまったじゃねえか。クリーニング代あとでよこせよ」


地べたに尻餅をついたままの彼の耳元で囁く。


(いてくれなきゃ困るのよ!!テンパって何しちゃうか分からないじゃない!!)


(いつも氷漬けにしてたやつが今更純ぶるな。ガサツ野郎)


彼はそう言って立ち上がり、身体についた砂を払う。


「だからめんどくせえんだよお前。さっさとフラれろ」


「分かんないじゃん!!」


「喧嘩は良くないよ二人とも。ああでも、喧嘩するほど仲がいいって言うしね〜」


彼はアイスを食べ終えたようで呑気にチョコレートを取り出し、もそもそと食べている。

二人は呆れ顔で彼を見ているが、彼は全く気にしていない。


「「仲良くなんかない!!」」


「息ぴったりだね〜」


「いや〜、疲れたね。ちょっとお邪魔するね」


突然現れた女はおもむろに翔也の横に座り、鞄を開けてスマートフォンを取り出し弄り始めた。


「何よあんた!!いきなり出てきたと思ったら翔也の隣に座って!!」


「あんた翔也っていうんだ」


「初めまして、桂翔也です。よろしくね」


「随分でかいね。んで、そっちのイケメンは?」


「先にお前が言えよ」


「………イケメンってのは否定しないんだね。まあいいや、私は和田紀美江。よろしく」


「俺は長谷部諒太だ。よろしくな」


「私は坪根清華よ」


「あんたは聞いてない」


「何それ!!」


怒っている清華を尻目に、翔也は彼女と話し始める。


「ええと、なんて呼んだらいいのかな?」


「紀美江でいいよ」


「じゃあ、紀美江さん。クラスどこ?」


「私はAだよ。それから、そこの二人も同じだよ」


彼女は顔をスマートフォンの画面から離さずに左手人差し指と中指で清華と諒太を指差した。

二人は、は?、と言わんばかりにお互いを見合い、心底嫌そうな顔を浮かべた。


「またこいつと同じか」


「何よ!!私だって好きであんたと一緒になってるわけじゃない!!第一、本当かどうかも分からないじゃない!!」


「まあまあ二人とも。それよりも、どうして二人のクラスを知ってるの?」


「ああ。私は望遠鏡並みの視力を持つスキルと見ただけで覚えるスキル持ってるからね」


彼女はそう言ってスマートフォンを鞄にしまい、顔を上げ、翔也に向けた。

二人の距離がだんだんと縮まり翔也はだんだんと顔が赤くなっていく。


「ちょっとあんた何してんのよ!!?凍らせるわよ!!?」


「待てよ坪根。もう少しだけ見ようぜ」


「あんた面白がってるだけでしょ!!」


「何が悪い。少し大人しくしておけ」


彼はそう言って彼女を羽交い締めにするも彼女はがむしゃらに暴れまわる。


「…………ちょっと近くない?」


「そうかな?いつもこんな感じだけど」


彼は今までの人生でここまで女子というものに近づかれた事がなく、どう対応したらいいか困惑し、頭の中がだんだんと白くなっていく感覚を味わった。

彼女は口元に少し笑みを浮かべるとますます彼との距離を詰めていった。

彼はなんとかしてこの場を切り抜けようと思い彼女の顔を見ると左右の目の色が異なっており、右目は青く、左目は緑であることを確認し、それを話題にしてなんとか考える時間を得ようとした。


「その目の色って生まれつき?」


「ああ、これカラコン」


彼女はニヤッと笑うと彼から離れ、先程と同じようにスマートフォンをいじり出した。

彼は内心ホッとし、後ろにそっていた姿勢から普通の姿勢に戻った。

一方諒太は清華を放す。

清華は翔也以上にホッとしたが、すぐに彼女を敵と認識して、敵を見る目で彼女を見た。


「何の為に」


「おしゃれよおしゃれ。あんたもやったら?」


「そんなことより本当なの!!?」


「そうだよ。で………何だっけ?」


紀美江は、隣に座っている彼の顔を見る。


「翔也だよ」


彼女はそうだったと言わんばかりにポンと手を叩く。


「翔也はBだよ」


「また別のクラスかよ」


「またか」


「まあまあ二人とも、別に会えなくなるわけじゃないんだからさ。気にすることはないよ」


「あんたら昔から知り合いなのかい?」


「俺とこいつは幼馴染ってやつだ。で、このガサツ野郎が小学生からの腐れ縁」


「私だって好きであんたらと一緒なわけじゃない!!」


気が付けば予鈴がなっており、四人は全力で走り、自分の教室へ向かった。















翔也は注目されている。

彼は身長が190を超え、ガタイがかなりいいうえに目つきもあまり良くないのと短髪であるという事象が合わさり、怖いという印象を持たれる。

その結果、彼が歩けば周りには人が来なくなり、後ろから、何あれ、怖い、目を合わせるな、という声と共にジロジロ見られる事がしょっちゅうあるので、彼はもう注目されるという点に関しては慣れてしまっているのだ。

だが、今回は違った。

今、彼はB組の教室で先生の前で立っている。

別段怒られていると言うわけでもなく、何か提出しようとしているわけでもなく、まして問題を起こしたわけでもない。


「……………桂………翔也くんだよね?」


「はい」

始業式の後、各々の教室に戻り席に着こうと黒板を見た。

始業式が終わった後に連絡事項として先生が来る前にクラスの黒板を見て自分の席を確認して座って待っているようにと一年生である彼らは言われていた。

しかしながら探せど探せど自分の席がない。

結果、彼以外の全員が座った。

まさか自分の席だけ忘れられてるのか、という不安が彼の頭をよぎったが一人の先生が教室に入ってくるなり彼に向かって放った言葉がそのような不安を消し去った。


「皆さん初めまして………君誰?」


そうして現在、彼は自分がどこにいるべきなのかを確認してもらっているのだ。


「……………君はB組じゃないよ」


「………え?」


「…………Aだね」


「……………あれ?」


「…………ちょっと職員室に来てくれる?」


「…………はい」















「…………暇だなあ」


無事始業式も終わり、晴れて正式に高校生活が始まるという嬉しさからクラスのほとんどがはしゃいでいるこの状況にも既に人柄は現れているようで、早速友達を作ろうといろんな人に話しかけている人もいれば、昔からの知り合いで話している人、静かに読書をしている人もいる。

本来学級委員長などを決める時間だったが、あまりにもあっさりと決まってしまい時間が余った為、各々が自由に過ごしていた。

そんな中、清華だけはあまり嬉しそうな表情ではなかった。


「何であんたらと一緒なのよ。翔也だけがどうしてBクラスなの?」


清華は少し残念そうにぶつくさ言っている。

彼女は今年こそはと意気込んで登校してきたのだ。

今まで彼女は翔也と同じクラスになるためにあらゆるまじないやらをしてきた。

しかし今年も一緒になることができなかったため、今回を最後に彼女は一切のまじないをやめることを決意した。


「まあまあ元気だしなよ、お局」


「誰がお局だ!!」


彼女は目の前の女生徒に噛み付く。

彼女は先程突然現れた紀美江と名乗る人間だが、今の彼女から見れば翔也に自分も近づいたことがないくらいの距離まで近づいたことで完全に敵としか見ることができないのだ。


「だって苗字がつぼねって言うじゃん。だからお局」


「私には清華っていう名前があるんだから呼ぶならそっちで呼びなさいよ!!それと、さっきのこと忘れたわけじゃないからね!!」


「分かったよ。まあ気を落とすなよ清華ちゃーん」


ケタケタと笑いながらスマートフォンをいじっている彼女を見て、これ以上噛み付くのは体力の無駄だと思い清華は再び机に突っ伏した。


「しょうがねえじゃねえかよ坪根。もうこれで六回目だけど来年は分かんねえじゃんかよ。それによ、ここは学食があるから、昼飯はみんなで食えるぜ」


「……………そうだね。ありがとう」


「じゃあ、カレー奢れよ」


「…………うん」


彼女は軽く頷くと立ち上がり、のろのろと何処かへ行った。

二人は歩き出した彼女の背中が必死にすがることができる何かを探しているように見えた。


「清華って何であんなに落ち込んでんの?」


「もう名前呼びの間柄になったのかよ。あんたのコミュニケーション能力は是非とも欲しいね」


「ははは。十年鍛錬してから出直しな」


「長いな」


「それより何で清華落ち込んでんの?」


「そりゃ簡単だよ。あいつ翔也が好きなんだよ」


「あれま。彼の何がいいの?」


「おいおい、お前が知らねえだけであいつは色々いいところがあるんだぜ?」


「ごめんごめん、語弊があった。彼のどこが清華にとって良かったのかなってさ」


「まあ、いろいろじゃね?」


「つーかあんたさ、最初に会った時と今じゃ随分あの子への接し方が違うじゃん。ツンデレ?」


彼はそれを聞いて大爆笑した。


「そんなんじゃねえよ」


「じゃあ何?清華が好きとか?」


「天変地異が起きてもありえねえよ。ただまあ気の毒に思えるじゃねえか。六年間ずっとあいつと違うクラスで俺と同じクラスなんてよ。流石の俺も同情するぜ。あいつ今までにいろんなまじないやらジンクスやらにすがってでも一緒のクラスになりたかったんだぜ?それこそよ、ジンクスだからって言って髪を染めないレベルだぜ?」


「気の毒だねそりゃ。じゃあ、清華はお洒落したくても出来なかったんだ」


「でも多分、あいつもう一切そういうのやめると思うからこれを期に女子らしいおしゃれというものをするんじゃないのか?」


「はいみんな席に着いてー!!」


野太い声と共に教室に入って来たのは、一人の男だった。


「みなさんはじめまして!!私の名前は……………」


そう言って男は黒板に名前を書いていく。


「東野幹久です!!幹ちゃんって呼んでね!!」


教室中が静寂に包まれたが無理もない。

野太い声とは裏腹に、髪の毛は肩まで伸ばしており口紅をつけ、何度も塗ったであろうアイシャドウやチークが目立つ。

服装は上下ジャージで至って普通であったため、生徒たちは余計に混乱した。

いっそのことなら服装も女性らしかったらと彼らは思った。


「一年間よろしくね」


自分たちの担任がしている格好は冗談なのか本当なのかどうかということが、今の生徒達が最も知りたいことだった。

しかしそんなこと当然聞けるはずがなく、彼らはしばらくの間もやもやした感じに苛まれた。

そんな中、一人が手を挙げた。


「どうしたのかしら?」


挙げたのは紀美江で、彼女は堂々と立ち上がり彼をまっすぐ見て言い放った。


「先生、先生はオネエってことでいいですか?」


空気が一瞬にしてざわついた。

聞いてくれてナイス!!と思う生徒もいれば、なんてこと聞いてんだ!!と思う生徒もおり、彼女のこんな行動でも生徒一人一人の反応は千差万別だった。


「ええ」


「それだけです。ありがとうございました」


「いいえ、こちらこそ」


彼はそう言って満足そうに黒板に書いた字を消していく。

するとドアがノックされ、少し開いた。

そこから手だけがちょこんと出てきて教卓にいる彼を手招きし、それを見て教室を出た。

話し声が少し聞こえたと思うと彼らの気配が遠のくと、完全に足音が聞こえなくなるとクラス中が声をあげて騒ぎ始めた。

そんな中諒太は頬杖をつき周りの反応を見て首をかしげた。


「……………何がそんなに驚くことなんだよ」


「まあ、自分たちの担任がオネエだっていうことなんてほとんどないじゃん」


「だからってこんなに驚くことかよ」


「私は好きだよ、自分を隠さずに生きようとするあの姿勢」


「俺も嫌いじゃねえよ」


「清華聞いたらどんな顔するかな?」


「あいつは絶対に驚かねえぜ」


後ろのドアがゆっくりと開き清華がのろのろと入って来たが、紀美江と諒太以外は誰も彼女に反応しなかった。

今のクラスメイトたちはそれどころではなかったため、彼女はある意味助かったが、先程いなかった彼女はどうしてここまでクラスがざわついているのか検討がつかなかった。


「何してたんだよ」


「クラスの表探してた」


「何のために?」


「もしかしたらって思って……」


「で、どうだった?」


「見つからなかった」


「それは残念だね。でもこっちでもなかなかに刺激的なことが起きたよ」


「何?」


「担任がオネエだった」


「…………だから何?」


「あれ?驚かないの?」


「言っただろ、驚かねえって。こいつの家オネエもオナベも両方いるし」


「…………え?」


「オネエでもおカマでも関係ないよ。でも今は………はあ。また一年か……」


彼女は絶望と言わんばかりのオーラを放ちながら机に突っ伏している。


「今日だけで色々刺激が大きすぎるんだけど……」


「良かったじゃねえか。初日でマンネリなんてつまらんだろ?」


「みんな席に着いて!!」


ドアを勢いよく開けた幹久は生徒らに席に着くように促す。


「実は学校の手違いでもう一人このクラスに入ることになりました。さあ、入って来てちょうだい!!」


のそのそと入って来た人物を見て、諒太と紀美江はにやりと笑い突っ伏している清華の机を叩き、小声で話しかける。


(清華、清華、見て見て)


(何?)


(いいからいいから)


清華は言われるがままに顔を上げる。


「はじめまして、桂翔也です。よろしくお願いします」


「どうも手違いで本来はAに入る予定だったんだけどBって貼り出されてたらしいの。ごめんなさいね」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


「貴方は…………そこの坪根さんの隣でいいかしら?」


「分かりました」


彼は教卓から降りのそのそと歩いて清華の隣の席に向かう。

一方清華は口を開けたまま、一切動いていない。

そうこうしているうちに彼は荷物を降ろして自分の席についた。


「初めてだね、同じクラス。よろしくね」


「…………………」


「あれ?清華ちゃん?清華ちゃーん」


彼は彼女の顔の前で手を何度も振ってみせるが、彼女は一向に反応を示さない。


「どうしちゃったんだろう」


「まあそっとしとけ」


「そうだね」















「清華ちゃん、清華ちゃん。起きて」


彼は何度も彼女の肩を叩く。

もう既に委員会も決まり、授業表などの大事なプリントの配布や委員会決めなどが終わってしまった。

その間彼女は一切言葉も発さずにただただ座っていただけだったため、彼女の意見は当然のことながら悪巧みをした諒太が代弁する形で彼女の所属する委員会などが決まった。

さすがにこれ以上は良くないということで起こすことになったのだが、もう五分近く肩を叩いているにもかかわらず彼女の反応はない。


「……………はっ!!翔也と一緒のクラスになるっていう夢を見た」


「何言ってんだよ。夢じゃねえ」


「起きたね清華ちゃん」


「またまた〜」


「じゃあ清華、あんたの肩に手を置いてるのって誰?」


「そりゃ諒太でしょ?」


諒太は自身の両手を顔の方まで持ってくると小さく振った。


「じゃあ、あんたでしょ!!?」


紀美江も諒太と同じようにする。


「え?じゃあこの手って誰の手?」


「そろそろ無視されるの耐えられないな〜。気づいてるでしょ清華ちゃん?」


彼女は恐る恐る後ろを見るとそこにいたのは苦笑いを浮かべながら頰をぽりぽりとかいている翔也だった。


「…………夢じゃないよね?」


「お前の頰を打ってやろうか?」


「そこは普通つねるでしょ」


「まだ信じてくれないの〜?」


「…………名前は?」


「桂翔也だよ」


「私は?」


「坪根清華ちゃんでしょ?」


「こいつは?」


「紀美江さんでしょ?」


「こいつは?」


「長谷部諒太でしょ?」


「…………ようやくなれた」


「よかったね、清華」


「清華ちゃんどうしたの?急に黙ったと思ったら俯いて。顔赤いよ?大丈夫?」


「おいおい、嬉しさのあまり感極まったか?」


「うるさい…うるさい……。よかった………」


「あ、電話だ」


ポケットに振動を感じた諒太は教室の隅へ行き、電話に出た。

一方翔也たちは顔をあげ遠くを見つめている清華を心配そうに見ている。


「清華ちゃん、起きてる?」


「………………」


「やばい、反応がない。何とかしてよ翔也」


「そう言ってもね………紀美江さん怒らせてみてよ」


「ええ〜、おいお局」


「誰がお局だ!!?」


彼女は正気を取り戻したように紀美江に噛みついた。


「よかった、生きてた」


「二人とも〜」


電話を終えたであろう諒太が清華と翔也の肩に手をおく。


「この後、お仕事ですよ〜」


(久しぶりだね)


(めんどくさ)


(またあいつだ)


(誰?)


(クソ野郎だよ)


(またあいつ?もう三回目じゃん)


(処分決定だね)


「何の話?」


「俺らちょっとした仕事をやってんだよ」


「へえ、何やってんの?」


「見にくる?」


「っ!!?諒太!!?」


「あんた何言ってんの!!?」


二人は信じられないという顔で諒太を見ているが、肝心の諒太は紀美江を見たままである。


「まあまあ、そう言うなって」


二人は察し何も言わなくなった。

彼が自分たちを見ずに誰かを見る時は彼の目の前の対象が何か自分たちに影響があるということを示していると彼らは分かっていたからだ。


「どう?」


「行かせて!!」


「はい決定!!」


彼は二人の肩から手を離し、数回拍手をした。


「じゃあ放課後、一緒に行こうぜ」


そう言った彼の口元はかすかな笑みを浮かべていた。










全てが終わり、各々が帰宅を始める。

もちろん彼らも学校を出るが行き先は自分たちの家ではない。


「いいねえ、いいねえ、早く帰ることが許されるということだけが唯一の救いだ」


紀美江は彼らと共に歩いていたが、彼らの振る舞いに少し違和感を覚えた。

あいもかわらず、先程の明るい雰囲気を纏い、クラスメイトたちと交流していた彼らは変わらず笑っている。

少しすると彼女は違和感が何であるかが分かった。

確かに彼らは笑っていたが、目が全く笑っていなかったのだ。

声は爆笑とも言えるほど笑っているが、目は全くと言っていいほど笑っていなかった。


「さあ、着いたぜ」


彼らが足を止めたのは小さく古い建物の前だった。

入り口の横にメニュー表らしいものが置いてあり、ドアの上には小さなベルが付いている。


「喫茶店?」


「そうだよ」


彼らは、お邪魔します、と言いながら入っていき、彼女も後に続く。

中は落ち着いた雰囲気を彼女に感じさせた。

少し明るさが抑えられたライト、黒に近い茶色の木で出来たであろうテーブルと椅子が並んでいる。

三人は、ここでいいか、と言って角にある席に座り、彼女を手招きする。

彼女はそれに気づき、空いていた諒太の隣に座った。


「じゃあ、今日の内容を確認しよう」


「本当にこいつも一緒にやるの?」


「いいじゃない。私結構役に立つわ」


「こいつのスキルが本当ならかなり戦力になると思うからよ。それにあの人たちも人数ほしいって言ってたしよ」


「まあ、そうだね」


「…………分かったわよ。足引っ張んじゃないわよ」


「いらっしゃい」


突然暗がりから現れたのは線が細い初老の男性だった。

黒いタキシードを着て白髪が混じった髪をワックスで後ろに固めて、細い縁の眼鏡をかけて笑っているが、やはり彼も三人と同じように目だけは笑っていなかった。


「珍しいですね、客人がいるなんて」


「新入りですよ」


「そうでしたか。申し遅れました、私は橋田清と申します」


「初めまして、和田紀美江です」


「で、本当にあいつなんですか?」


「ええ。あのボンクラです。今回で最終手段を取ります。よろしくお願いいたします」


「分かりました」


清が奥へと消えていくと、彼らはゆっくりと立ち上がり後を追うように奥へ向かう。

彼女はぼーっと見ていたが、諒太に、行け、と言われおとなしくついていくことにした。


「では、お願いいたします」


「うい」


奥にあった扉を開けると明るく無機質な部屋があった。

真ん中に長い椅子が置いてあり、壁には縦長のロッカーがいくつも並べられている。


「更衣室?」


「まあそうだな」


諒太は一つのロッカーに手をかけ、おもむろに何かを取り出す。

同じように清華も翔也もロッカーに手をかけ中から取り出した。


「何それ?」


「顔バレは困るからよ。マスクだ。あとこれは一応服装でバレないようにってことで黒いパーカー」


彼らはそう言って各々の手に持ったマスクをかぶり、上着を脱いで鞄にしまいパーカーを着ると鞄を長椅子の上に置いた。


「お前のマスクねえよな。清さん、代替品でいいんでこいつに貸してくれますか?」


「構いませんよ」


彼はそう言って適当なロッカーからマスクとパーカーを取り出し彼女に差し出す。


「顔全体をバラさずかつ誰が誰だか仲間内では分かるようにデザインしてあんだ」


三人がつけているマスクはガスマスクのような形だったが、各々のマスクの頰にあたる部分にそれぞれ違う模様が描かれていた。

無論彼女が受け取ったそれも彼らのそれと同じように頰に模様が描かれていた。


「ガスマスクをもう少しかっこよくした感じだね」


「まあな。だせえのは嫌だって他の奴らがうるせえんだよ」


「他にもいるんだ」


「とっとと付けろ。行くぞ」


彼女は言われた通りにマスクを被りパーカーを着る。

すると様々なものが目の前に飛び込んできた。


「何これ!!?」


「ああそうか。初めてだもんな。いろんな情報が入ってくるからまあ注意深く見とけよ」


「諒太、そろそろだ」


「はいよ。よし、全員俺に触れてろ」


言われてすぐに二人は肩に、彼女は戸惑いつつも背中に手を置いた。

刹那彼らの姿はその場から消えた。











「さて、行きますか」


彼らが現れたのは普通の住宅街だった。

公園では子供たちがベンチに座りゲームをしたり、木々が茂っている場所で走り回り、ところどころで自分たちよりも年上であろう何人かの高校生たちが自転車の横で立ち話をしている。


「ここ……どこ?」


「ん?ああ、ええっと………どっかの町だ」


「え?」


「まあついて来いよ」


彼女は言われるがままに彼らについていく。

しばらく歩くと一軒の家の前で彼らは足を止めた。


「ここか」


「随分遠出したね。バレないと思ってるのかな?」


「さっさと行くわよ。あいつなんてもう見たくなかったのに」


「何するの?」


「………紀美江さんは、静かに見ていてくれればそれでいいよ?」


マスクのせいでよく見えないがそれでもマスクの奥の彼の表情は先ほどのものとは全く別のものだということが紀美江には分かった。

見えていなくても彼女は彼に、彼らに恐れを抱いた。


「行くか」


諒太はインターホンを押す。

はい、という声と共に一人の女性が扉を開けて出てきた。

かなりやつれ髪はボサボサで顔には化粧をしておらず、もう何日も寝ていない様子だった。

それを証拠に今の彼女の目の下には黒く濃いクマができていて、ふらついていおり立つのがやっとという印象を彼女は受けた。


「息子が見つかった!!?…………ごめんなさい、どちら様ですか?」


「我々、こういうものです」


諒太がやつれた女性に見せた小さい手帳には大きくDと書かれていた。


「………D?」


「ええ。失礼ですが、旦那様は?」


「今、仕事です。あの、本当に何か用ですか?」


「あなた、先日お子さんが誘拐されてますよね?」


「っ!!?知ってるの!!?何か知ってるの!!?」


彼女は諒太の胸倉を掴み号泣しながら彼を揺らす。


「知っています。あなたのお子さんの今を」


「どこ!?教えて!!会わせて!!!あの子に!!」


「ひとまず家に入れていただけますか?あまり外で話すのは良くないことなので」


「っ!!どうぞ!!」


彼女は我に帰ると慌てて家の中に戻り廊下を這っていった。


「行くぞ」


「うん」


彼らは彼女の後に続き土足で家に入ると中はぐちゃぐちゃという表現が的確だった。

居間は歩くスペースがないほど物で溢れかえっており、その物というのは言うまでもなくやつれた彼女の子供の私物だった。

赤ん坊用の服や靴下、子供のために買ったであろうおもちゃ、そして哺乳瓶やおむつ。

そしてそのどれもが濡れていた。


「すいません!!今片付けます!!」


「お構いなく。ひとまず落ち着いてください」


「それで!!子供のことを知っているって!!」


「ええ。ただですね、今言うわけにはいきません」


「なんで!!?なんでよ!!早く会わせて!!」


「奥さん、今のあなたに教えた場合あなたはすぐに会いに行くでしょうが、今のあなたはおそらく何日も寝てないうえに何日も飲み食いしてないでしょ?会いに行って事故でも起こされたら大変です。ですから、旦那様が帰って来てからでどうでしょうか?」


「私は大丈夫です!!だから!!」


「お子さんは無事です。写真もありますが見ますか?」


「見せて!!見せて!!!」


諒太は手帳の間に挟まれていた写真を一枚彼女に渡した。


「……………ああ、優希。良かった………」


「下にはちゃんと撮った日が書いてあります。つい先日撮ったものです」


「良かった…………良かった…………」


彼女は泣きながら写真を握りしめてその場にうずくまった。


「ひとまず奥さん、片付けませんか?」


「え?」


「お子さんをこんな汚いところで迎え入れるわけにはいかないでしょ?」


「そうですね!!そうですね!!!」


彼女は急にハキハキと喋り出し散らばっているものを片付け始めた。


(あの人大丈夫?)


(大丈夫だろ)


(あいつはまだかな)


(もうじき始まる。それが終わってからだからまあ、後3時間か)


(オッケー)


(頼むわ)









彼らはその後彼女の手伝いをし、無事2時間と少しで片付け終えた。

もちろんのこと掃除も終わらせ、完璧と言わんばかりに綺麗に仕上がった居間で彼らは座っていた。

もちろん四人は誰も話さずただただじっと座っていた。


「あの!!ご飯を食べていきませんか!!?お礼ということで!!」


「いえいえお構いなく。旦那様と用が済んだらすぐに帰りますので」


かれこれ1時間近くが経ち、陽が沈むと鍵が開く音が聞こえ呑気な、ただいま、という声が響く。

三人は立ち上がり、その場で微動だにせずに一心に居間にあるドアを見ていた。

ゆっくりとドアが開き、スーツを着ている男が一人居間に入ってくる。


「ただいま……………」


彼はその場で立ち尽くし、目の前のマスクで顔を覆った彼らを見て怯え、震え出した。


「聞いてあなた!!優希が!!優希が見つかったのよ!!この人たちが見つけてくれたのよ!!」

「よお、クソ野郎。三回目だよな?」


「……なんで、お前らが………」


「俺らに隠し事なんてできると思うなよ馬鹿が」


「あなた、お知り合い?」


「奥さん、一つ、私嘘をついたんですよ。お子さんのその写真は今日撮られたものではありません」


「えっ!!?」


「それはそこの男が三日前に撮り送ったものです」


「送った!!?誰に!!?」


「それはもう一つですよ。ASです」


「………嘘…嘘……」


「あんたの旦那に聞いてくれ」


「嘘よね!!?あなた!!嘘よね!!?嘘って言って!!」


彼女は泣きながら男を叩くが男は呆然として全く反応をしなかった。


「お子さんを誘拐したのは他でもない。あんたの旦那だ。仏の顔は何度までだったけ?クソ野郎。金儲けのために何人にも子供産ませてことごとくASに売りやがって」


「売った!?どういうこと!!?売ったって何!!?答えて!!」


「うるせえ!!」


男は女を殴り、彼らを睨む。


「…………くそ!!いつもいつも俺を邪魔しやがって!!クソ共が!!死ね!!死ね!!死ね!!!」


「品が無いわね。さすが子供を金としか思ってないクズだわ」


「うるせえ!!」


男は彼らに向かって手をかざす。


「ははは。そんなスキルが通じると思ってんのか?」


(構えておくね)


(頼むわ)


「死ねよてめえら!!」


男のかざした手から電撃が彼らに向かって放出された刹那、翔也が諒太たちの前に立ち自身のマスクに付けておいたチャックを下げ人差し指を口の中へ入れ下に下げた。

すると彼の頭が一瞬にして黒くそして大きくなり放出された電撃を食べた。


「なんだこいつ!!?」


男は恐怖のあまり腰が抜けた。

男の目の前にいるのは大きい身体とその身体の倍はあるであろう黒い何かで、翔也の顔だったその黒い物に今あるのは白い目が二つと真横まで開くほどの大きな口だけだった。

もちろん彼の面影はなく、ただただ白い二つの目が床に尻餅をついたまま動かない男を見下ろしていた。


「ひい、化け物!!」


男は怯え一目散に玄関へ向かい、靴も履かずに外に走っていった。


「まあ、せいぜい頑張れや」


諒太はそう言ってスマートフォンを取り出し電話をかけた。















『もしもし』


『よお、俺だ。諒太だ』


『ああ、おひさ。なんか用があるんで?』


『ああ。最終処分が決定した』


『はいはーい。ちょっと待っててね』


「陽子ちゃん!!ファイルのとこ行ってくれる?」


電話を持ったまま男は少し先で掃除を行なっている女に指図する。

女は黙ったまま掃除を中断し、奥へと歩いていった。


『えっと誰?』


『槭樹至徳だ』


「槭樹至徳!!」


男がそう言うと奥から凄まじい速度で本が彼に向かって飛んできた。


「………………これか」


男は片手でそれを受け取り、女がいるであろう奥へ向かって片手をあげる。

二人の間ではこの行為は感謝の意を示す時に使うということで決まっていた。


『えっと、槭樹至徳、槭樹至徳…………あったわ』


『じゃあ頼むわ』


『はいよ』


男は受話器を右手に持ったままあるページの一文一文を指でなぞって確認していく。


『えっとよ、最初が三年前で、二回目が一年前の奴?』


『ああ』


『スキル申請虚偽と人身売買であってる?』


『ああ』


『オッケー、はじめます』


男はそう言って左手に持ったペンで『槭樹至徳』と書かれたページに大きくバツを書いた。


『終わったぜ』


『お疲れ』


『じゃあな』


『明日は学校来るんだろ?』


『ああ行くさ』















「はあ、はあ、はあ。なんなんだよあいつら!!あの化け物共!!いつもいつもいつも!!」


男は苦しさのあまりその場で横になった。

あたりは日も暮れいくら春とはいえ暗くなっているうえに人通りはまるでない。

彼は助けを求めようとスマートフォンを取り出し、ある番号にかけた。


『助けてくれ!!追われてる!!』


『よくもまあのこのこと電話してきたね。君のせいで僕らの末端の末端がもう既に四つ潰されてるんだよ。更にDにまで目をつけられてるんだってね?』


『また売る!!だから頼むよ!!助けてくれ!!』


『残念、君はもう用済みだ。君よりも優秀な遺伝子が見つかった。君にもう価値はない。死ね』


電話は一方的に切られ、ツー、ツー、という音だけが彼の耳に入る。


「どいつもこいつも!!くそが!!ふざけんな!!こんなところでは終わらねえんだよ!!俺は!!槭樹至徳は!!」


彼はそう言ってもう一度かけようとしたが、かけることができなかった。

彼のスマートフォンはいつのまにか地面に落ちている。

そしてそれを彼は取ろうとしたが、本来あるはずの腕が彼の体にはなかった。


「なんだこれ!!?」


慌てて立ち上がろうとするも彼は反対にその場に倒れこんだ。

顔を強打した痛み以上に混乱が彼の脳内を埋め尽くした。


「何が………どうなってん………だ?」


後ろを見ると足もなかった。


「なんだこれ!!?なんだこれ!!?なんだ!!?」


男は動こうとするが四肢もなくなっているうえに腰よりも上の方も消えはじめ、動くことは不可能になっていた。


「消えたくない!!いやだ!!いやだああああああああ!!」


誰もいない道に彼の悲痛な叫び声だけが響き渡った。



















「終わった」


男のいた道路の少し先にあるマンションの屋上には人影があった。

その人影は諒太たち四人であり、男が最後まで消えていくのを見届けると翔也は清華を担ぎそのまま飛び降り、諒太は紀美江の肩を掴みスキルを使って道路に着地した。


「はあ、最後までクズだったわね」


「うん、そうだね」


「まあお仕事終了だ。お疲れちゃん。どうだった和田?」


「…………あんたらこんなこといつもやってんの?」


「ええ、そうよ」


「………辛くない?」


「……………分かんないわ」


「…………また今度聞かせて」


「…いいよ」


「さあ帰りますか」


「そうだね」


「おいラーメン奢れよ」


「そうだった!!今から行こっか」


「さんせーい。和田も来るか?」


「…………ねえ、一つ聞いていい?」


「ん?なんだよ」


「あの子供ってどうなったの?」


「ああ、生きてるよ。もう奥さんに手渡しで渡されたんじゃないか?」


「でも売られたって言ってなかった?」


「取り返したんだよ」


「あんたたちって何なの?」


「俺らはD。デリートの頭文字を取ってDだ。国の命令でスキル関係の犯罪などを裏で解決する集団」



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