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現場

蓮見と春川はいよいよ捜査を開始する。

第二章【火刑法廷 ―The Burning Court― 】



 昼間なのに薄暗くて、人の気配を感じない、どう考えても通るを避けたい道だ。確かに両側に家はあって、挟まれる形になっているが、たぶん空き家だろう。

「よくこんな道を通ろうと思ったね」

 後ろをくるりと振り向いて、デジカメを手にしている春川に言った。今日は二人で彼女が襲われた道の現場検証をしている。警察の方はもう完全に彼女の事件と『クロスの会』は無関係だと決定したらしい。だったら私たちが独自で勝手に調べることにした。まあ、元々そうするつもりだったけど。

「ここなら本当につけられているか確信が持てると思ったのよ」

 確かに広くこの道だ。夜中、自分の後ろにもう一人いたら、すぐに気づけるだろう。

「それに、街灯がきれてるなんて予想外だったのよ」

 彼女はそう言うと頭上の電信柱についた街灯を指さした。今は昼なのでもちろん光ってないが、夜中はこれが光ってこの危ない道を照らす。しかし、彼女が襲われた日はきれていたという。今はもう事件を受けて大丈夫だそうだ。

「暗くて驚いてるうちに、やられちゃったわ」

「やられちゃったわ程度ですんで何よりだよ、本当にさ」

 下手すると「殺られちゃった」になっていたんだから。洒落にならない。

「犯人の顔は見てないんだよね」

「ええ、突然のことでナイフをかわすので精一杯だったし、混乱してたから。とにかく誰かを呼ぶことだけ考えてたのよ」

「なるほどね。ところでつけられてるなって、感じたのはいつ頃?」

「みんなと別れてからしばらくしてから。具体的にはここから百メートルくらい離れたところね」

 彼女の当日の行動はだいたい聞いている。私と別れた後、大学に戻りふつうに授業を受けた。サークルの新入生歓迎のチラシ配りに顔を出した後、数日前から約束していた通り大学自治会のメンバーと食事に出かけた。一次会で食事をした後、カラオケに行こうという流れになったらしいが春川は明日は一限目から授業があるからという、いかにも彼女らしい理由で断って一人で帰路についた。

 そしてその道中、襲われたという。

 この事実がまた事件をややこしくしている。食事の主催者は春川で「『クロスの会』の関係で春休みに何度か大学に呼び出したから」という自治会メンバーへのお詫びのしるしで開催されたものだ。そして春川をのぞくメンバーは二次会に参加している。

 つまり、ここでも彼女と『クロスの会』を結びつける人物たちのアリバイがとれてしまったわけだ。ほとんど疑われる要素など皆無に近いが、一応彼女が『クロスの会』に不信感を持っていたということを知る人物たちだ、捜査上無視できない。けどアリバイがとれた。

『クロスの会』で彼女のことを認知していた人物たちからもアリバイがとれている。つまり、彼女は全くの第三者に襲われたと推測できる。さて、それは誰か。

 第三者を作りだすには協会が怪しいが、立浪さんの言うとおりメリットがない。メリットがないというなら自治会もそうだ。そもそも彼らに依頼する力があるとは思えない。

 早速八方ふさがり、誰が何のためにしたのか、さっぱりだ。

「レイ、あなたはやっぱり私の事件が『クロスの会』の事件と関係あると思ってるの」

 一応現場を写真に収めたいという私の意向で、この場の写真を撮ってくれていた春川がデジカメを私に渡してからそう尋ねてきた。

「君は被害者としてどう思うんだい」

「はっきり言って、関係ない気がするの。だって私を殺したところで、協会は得をしないわ。それどこか私がこんな目にあったおかげで、大学は重い腰をあげたのよ」

 そうだ、むしろ春川の襲撃事件は『クロスの会』からすれば大損害になった。彼女の両親が事件後、彼女の言い分を聞き入れなかった大学側を糾弾。生徒に被害者が出たかもしれないと焦った大学は、あわてて今年度の布教活動の休止を協会に求めた。

 協会として聞き入れがたい要求だったが、ここで大学ともめるのは得策でないと思ったのか、要求を受け入れた。立浪さん曰く、これもまた「誠意」だそうだ。私へのポーズに利用したというところだろう。

 しかし、ここまでくると確かに『クロスの会』は無関係という、警察が出した結論が現実味を出す。

「確かに事後事実だけ見れば、協会は無関係だろうね」

「けど、あなたはまだ疑ってるんでしょう。私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、固執した考え方はまずいと思うわ」

「ねえ春川――君は殺されそうになるほどの恨みを買ったことはあるかい?」

「……何よ、急に」

「事後事実は確かに協会の無実を証明してるように見える。けど、事前が問題だ。協会が無関係となると、犯人は君への個人的な恨みを持っていたということになる。さて、君を殺してやりたいほど恨む人物は誰だろう」

「…………」

「贔屓でしゃべるけどね、君はいい奴だよ。そりゃ性格の合う合わないっていうのはあるだろうけど、君が誰かに殺されるほど恨まれるようなことをしたとは、思えないんだよね」

 春川は私が出会った同年代の中で最も有能だと思う。いや、効率がいいと言うべきか。何をするのがベストかをいつも考えていて、その答えを出すのも早い。そしてたいていそれが当たっているのだから、恐ろしい。

 そんなことができるから、大学でサークル、自治会、ふつうの授業だけじゃなく教授の手伝いなどをそつなくこなし、バイトにまで手を出している。ふつうの学生なら倒れているところを、彼女は計算をして効率よく動いているので大丈夫。

 それでいて、性格が真面目だから色々な問題と出会うとそれを解決するために全力を尽くす。ふつうの人間なら無視する問題も、彼女はそうしない。彼女のそういうところを煙たがる人間は多いが、私はむしろそこが彼女の一番の魅力だと思う。

 私はそんな彼女が恨まれるとは思えない。いや、彼女なら恨まれるという状況は作ってしまっても、ガス抜きはうまくやるだろう。

「……警察にも同じことを訊かれたわ。わからないっていうのが私の答え」

「いないだろう」

「わからないわよ、本当に。私だってそこまで恨まれるようなことをした覚えはないわ。けど、受け止め方なんて人それぞれでしょ」

「まあね」

 それでも私はこの可能性はないと考えている。だから、『クロスの会』に拘るんだ。

「さて、今日はとりあえず現場がどういうところか見たかっただけだから、そろそろ引き上げようか」

 春川だって長居したい場所ではないだろう。彼女は私の提案に、少し影のある微笑でうなずいた。もしかしたら、今の質問は彼女にとって何か嫌なものを想起させたのかもしれない。

 そういえば、彼女の昔の話をあまり聞いたことがない。一度だけどういった高校生活を送っていたのかと質問したことがあるが、そのときは「ごく普通のものよ」の一言で片づけられた。言いたくないのかと思い、それ以降は触れないようにしている。

 私が「恨まれるような人間じゃない」と断言できるのは、大学生の彼女だ。それ以前は、何もいえない。

「それで、この後はどうするのかしら」

 腕時計を見るとまだ三時で、約束の時間まで少しあった。

「まあ、時間もあるし歩いて行こうか」

「いいわね、今日は絶好の散歩日和だもの」

 私たちはこの後、『クロスの会』の代表代行の一人と会う約束をしていた。ここから少し離れていたので電車で行く予定だったが、春川の言うとおり、今日の天気なら歩いてもいいだろう。

人が人を恨む理由なんて、わかんないですよね。

だから他人って苦手です。

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