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自然

「あなたが事件に関与していたのなら、謎はない。あなたが捕まれば協会は崩壊する。そんなことを彼が許すはずない。そしてあなたが犯人なら、きっと彼は全力で庇ったはずだ」

 むしろ、それしか答えはない。代表代行が殺されている以上、この男だけが答えだ。

 教祖はにやにやと笑っている。まるで、そう言われることを予想していたみたいに。

「論理として、それは通用するな。しかし蓮見よ、お前は大事な見落としをしている。なあ刑事、俺にも水島の事件のアリバイがあったはずだ。父親として娘に教えてやれ」

 父は私の方を見て頷く。教祖の言っていることは間違いないということだろう。

「あなたのアリバイなら立浪さんから聞いているよ」

「ああ、名前は忘れたが信者の交流の手伝いをしていた」

「そんなのは無意味だ。アリバイなんて興味はないよ、必要ないからね」

 私はファイルの水島さんの自宅の写真が収められているページを開いた。警察が事件後に撮った物だ。私達があそこを訪れたときと変わらない部屋が写っている。

「教祖、あなたがヒントをくれたんだよ」

 その言葉に教祖は初めて、首をかしげた。私は笑ってやる。これはこの男が犯した、数少ない失態だからね。喋りすぎたこと、後悔するといい。

「私は水島さんの自宅へ行ったとき、なにかを感じた。何かが足りない、欠けていると思ったんだ。さて教祖、そしてみんな、この写真を見て何が欠けているかわかるかな」

 ファイルを掲げて、その写真を全員に見せてみるが返答はない。大蔵さんと桐山さんははじめからこちらなど見ていないし、矢倉さんは見たがすぐに首を左右に振った。

 しかし教祖だけは違った。眉を吊り上げて、そして顔をしかめて舌打ちをする。

「やっぱりね……教祖、私が感じた『足りないもの』がわかったようだね」

「レイ、お前は何を――」

「父上、私が感じた『足りなかったもの』はね……」

 私は写真を見る。片付けられた部屋、綺麗に並べられた靴、写真立てがおかれたテーブル……。

「――生活感、だよ」


 そう、あまりにも綺麗すぎたんだ、あそこは。とても一人暮らしの男の家じゃなかった。ずっとそれが気になっていたんだ。

 壁にかけられていたアンティークの古時計は埃をかぶっていなくて、他には目がおかしくなるんじゃないかと思うほどの白い壁。それらがずっと、私の中でひっかかっていたんだろう。

「教祖、あなたが今日言ったよね。水島さんは整理整頓なんかしないって」

 そう、数時間前にこの男が言った言葉だ。

『水島はがさつな男だったな、片付けや整理整頓といったことが嫌いな男だった』

 彼は間違いなく、こう口にした。

「そんな人の家がどうしてこんなに綺麗なんだよ、おかしいだろう?」

 教祖は答えない。冷たい視線でこちらを見下ろしていた。

「答えは、一つだよね」

 その視線に臆することなく教祖を見上げる。睨みつけるように、目を鋭くさせて。

「水島さんは自殺だ」


「おいおい、小娘っ、なにを言っているんだっ」

 抗議の声を最初にあげたのは大蔵さんで、立ち上がって足音をたてながらこちらに向かってくる。そして私からファイルを奪い取ると、別のページを開けた。そこには水島さんの遺体の写真があった。

「水島は燃やされていたんぞっ、それが自分でできるのかっ!」

「蓮見様、それだけではありません。水島様の体内からは睡眠薬が検出されています」

 大蔵さんが怒鳴り散らし、割って入った矢倉さんがつけたした。

「そして、手足には手錠がされていました。自殺は不可能でしょう」

「ああそうだね。そうだよ、全くその通りだよ。それだけ見ると、殺人だよ」

 私は認める。事実、私だって今の今までこれを殺人事件と疑わなかったのだから。

「というか、まるで殺人だって主張してるみたいだよね、教祖?」

 私は意地悪く彼にそう同意を求めるけど、返答はない。

「実を言うと、この事件にはある矛盾が存在していた。いいかい? 水島さんは手足を拘束されて、体内から睡眠薬が見つかっている、そして焼き殺されていた。父上、他に傷はあったかい?」

「ない。暴行されたあとは見つかってない」

 これもちゃんとファイルに書かれていた。私は大蔵さんからファイルを奪い返す。

「水島さんは私達と別れた後、どこかへ出かけた。それがどこかは不明だね。けどやったことはわかる。自ら睡眠薬を飲み眠った。そして起きて、事件現場に移動し、自ら灯油を浴びて、それから手と足に手錠をはめた。その後、ライターで火をつける。これくらいの動作なら手足を拘束されていてもできるし、もしも彼がこれを短時間でやれば体内から睡眠薬だって見つかる。偽装殺人のできあがりさ」

 わざとらしく私達に「この後人と会う約束がある」なんて言ったのも偽装の一つ。だからこそ手帳や携帯に誰かと会う約束が記されていなかった。事件さえ起きれば私達が聴取されるのは明らかで、そこで不審な第三者が出てくれば、疑われるに決まってる。

 あの時から彼の心は決まっていた。だからこそ、家の中は綺麗に片付いていたんだ。最後くらいは綺麗にしておきたかったんだろう。しかし、それが私に目にはおかしく見えた。

「そもそも手足を拘束されていたのに、他に何もされていないなんて、おかしいだろ」

 私はファイルの死体の写真を大蔵さんと矢倉さんに見せつけた。

「もしこれが殺人だとすれば、こんなむごい殺され方をしてるんだ。もっと暴行されているはずだよ」

「そ、そんなものっ、お前の推測にすぎないだろうっ」

「そうだね。それは一理あるよ。けど、ここにある要素を加えれば、この事件の矛盾はさらに浮き彫りになる。わかるかい?」

 そう尋ねても答えがないことくらいわかっていた。二人は眉間にしわを寄せ顎に手をあてて考え込んだけど、結局黙りこんでしまった。私は教祖に向き直る。

「あなたはわかるかな? さっきから静かだけど」

「……薬か」

 教祖が一言だけ呟いた。思わずふふっと笑ってしまう。この男は気づいたようだ。

「そう、睡眠薬。これは明らかに矛盾だね」

 どうやら教祖以外は何が矛盾か、まだわかっていないらしい。私はファイルのページをかえる。今度は守島さんの事件のページ。彼女の遺体と、毒が混入されていた小瓶の写真が挟まれていて、それをまた全員に見せつけた。

「これは守島さんの事件の写真と詳細。これで、わかったかな?」

「……あっ」

 そう声を漏らしたのは、本来この場にいるのが少し場違いな、さよちゃんだった。いや第三者だからこそ、この矛盾にいち早く気づけたのかもしれない。

「さよちゃん、せっかくだ。ここの大人たちに、何がおかしいか教えてあげて」

 彼女は突然そんなことを言われてたせいで、またいつもの軽度のパニックになってしまったが、覚束ない口調でその矛盾を口に出した。

「あの……私、事件についてあんまり知らないんですけど……犯人が、毒を持っていたなら、睡眠薬なんてのませず、毒をのませれば……」

 さよちゃんの提唱に大蔵さんと矢倉さんが明らかに動揺した。大蔵さんがさよちゃんの方を向き「知ったような口をきくなっ」と怒鳴り、矢倉さんは顔を少し青くした。怒鳴られたさよちゃんが思わず身を小さくする。

「大蔵さん、次に似たような真似をしてみろ。許さないからな」

「なっ」

「もういい話を進めるよ。そうだよ、彼女言う通りだ。殺人者がいたと仮定するなら、毒を持っていたことになる。なのになんで、水島さんにそれを使わず、わざわざ睡眠薬を使って、手間をかけて焼殺なんてしてるんだよ。これは明確な矛盾だろ」

 犯人からすれば殺人なんてなるべく手間をかけずにやりたいはず。その方が証拠も残りづらい。それなのにどうしてそんなことをしたか。答えは一つだ。

「睡眠薬は殺人にみせかけるための偽装だ」

「蓮見様、もしかしたら犯人が強い恨みを水島様に持っていたかもしれませんよ」

「矢倉さん、混乱しているね。さっき言ったろう、暴行されていない。焼き殺してやりたいほど恨みがある男が目の前で眠っていたり、手足を拘束されていたりして、犯人はなんにもしなかったっていうのかい?」

 それだって矛盾になる。二つの事件を繋げたら、どうしたって矛盾が生まれる構造だ。矢倉さんは反論できず、そのまま目をふせて黙ってしまった。

 次に口を開いたのは教祖だった。

「ならば、守島の事件も自殺だというのか? そしてお前はそれを証明できるのか?」

「できるね。あの事件だって明確な矛盾が存在するから」

 私はまたファイルのページをかえる。今度は守島さん宛に残されたメッセージが出てくる。『厳罰が下った』――そう記された紙。

「これが見つかったのは守島さんの自宅だ。おかしいと思わないか?」

 私が同意を求めても誰も何も言わない。教祖だけが鼻で笑った。

「おかしくないか? どうして犯人は自宅になんて残したんだよ? リスキーじゃないか」

「バカを言うな、お前は。守島は常に持っていた小瓶に毒を仕込まれたんだ。犯人からすればそんなことはリスクでもなんでもなかったんじゃないか?」

 そう、毒は彼女が常に持っていた薬の小瓶から見つかった。ゆえに犯人からすれば自宅の合鍵をつくることも容易かっただろう。特別なリスクではないというのも理解できる。

「それでもおかしいよ。犯人はいつでも彼女の自宅に入ることができたということになる。ならばなんで毒殺?」

「なぜかだと。簡単だ、毒殺がいいだろう。いつ混入されたか分からない、それは犯人にとって有利でないか?」

「いいや、有利じゃない。なぜならそれは、犯人にとって自分が追い詰められたとき、アリバイが証明できないってことだ。そのことをリスクだと捉えなくても、自宅におく意味はない。最初、私がここで代表代行と顔を合わせた時、彼女はこう言っていたんだよ」

 私はあの時のことを思い出す。そう、彼女に届いた脅迫状を見せてもらい、私がどうやって届いたか質問したときだった。彼女は確かに、はっきりとこう答えた。

『家のドアに封筒にいれて糊付けされてたわ。ちょっとドアが汚れて、イライラしたわね』

 彼女の家にポストはないからそうなったという話しだった。しかし、おかしい。

「なんで犯人は最初の脅迫状を届けた時、封筒にいれて糊付けしただけなのに、次は自宅に入ったんだよ。おかしいじゃないか。もし脅迫状の犯人と、殺人者が同一人物だとするなら、これは明確な矛盾だね」

 自宅に入るメリットが、本当に存在しない。できるかできないかの話をするなら、できたかもしれない。しかし、それをしたところでどうもならない。カバンに入っていた小瓶に毒を仕込めたなら、カバンに忍ばせることもできたはずだ。自宅におく意味などない。

 それでもそうした理由はなんだ。

「じゃあ、どうして脅迫状は自宅におかれていたか。簡単だね。それが一番、自然だったからだよ。そして自宅に脅迫状をおくのが、自然だと思う人物は誰か。大蔵さんが言っていたよね、代表代行は全員一人暮らしだって。なら答えは出た」

 私はファイルを閉じて、小さく息を吸った後断言する。

「守島さんも自殺だ。この二つの事件は、連続殺人にみせかけた連続自殺だ」

何も考えないでいくと、この結論しかありえないわけです。

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