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根本

今までのお話をお読みの上、読んでください。

 まずカバンから父から預かったあのファイルを取り出し、最初の事件のところを開けた。

「大村さん殺害事件についてから話を始めようか。桐山さん、あなたは彼を殺したと自供したようだけど、それは間違いないね?」

 桐山さんは俯いたまま、頷いた。

「ふーん。でもあなたには、いやあなただけじゃなくて協会関係者全員、あの事件のアリバイがあると資料に書いてある。あなたはどうやって、彼を殺害したんだい?」

 彼は答えない。俯いたままだ。隣の警官の一人が答えるように促すが、それでも無口を貫いた。

「答えられないようだね。あなた、犯人じゃないだろ?」

「と、と、トリックだ。トリックを使った」

「どんな?」

 なんとか答えた彼にまた質問する。今度も答えない。本当に口から出任せだ。

「……言わない。僕には、黙秘権がある」

「言わない? ふざけるんじゃないよこの野郎。言わないじゃないだろ、言えないんだろ。推理小説じゃあるまいし、そんな都合のいいトリックなんか存在してたまるか」

 彼は答えず、また無口に戻った。彼の証言は嘘だ。問題は嘘の範囲。どこからどこまでか。彼は事件のすべてを自分の犯行だと自供してた。一応これで一つ否定されたわけだ。

「あなたにはアリバイがある、そしてそれを崩せない。おかしな話さ。本来なら事件を解く方が崩すアリバイを、犯人だと自供するあなたが崩せない。けどこれであなたが犯人でないことは証明される。あなたの自供は嘘だ」

 アリバイを崩し、あなたが犯人だと犯人を指差す探偵を物語の中でたくさん見てきた。しかし今回は逆だ。彼にアリバイがある、ゆえに彼は犯人になり得ない。結果として彼は自らの無罪を証明してしまう、望まないのに。

「しかし蓮見よ、ならば桐山の家から見つかった凶器はどうなる? 話によれば、江崎を殺した凶器をあいつは持っていたそうだぞ」

「それは後で話す。ところで教祖、確認したい。協会関係者全員というのは、あなたと矢倉さんも含めてだよね?」

「ああ、そのはずだ。大村の事件のときにさんざん聴取されたな。少なくとも一般信者以外の人間はアリバイ確認されたはずだ。俺も矢倉も例外ではない」

 父に目を向けると、間違いないというように、力強く頷いた。なるほど。

「父上、警察は一旦大村さんの事件を協会とは無関係としたよね?」

「ああ、そうだ。お前が初めて協会を訪れたころには、もうそうなっていたし、警察は『最終警告だ』のメッセージが見つかるまで、あの事件と協会は無関係だとしていた」

 私は何度も小さく頷く。そうだ、そうだった。初めて立浪さんに会った時、彼は協会の無罪は証明されていると言っていたし、その証拠に警察も教会にいなかった。メッセージが見つかるまで、協会と事件は無関係だった……。

 シナリオ通りに。

「じゃあ……そういうことだね。事件は解決しないけど、謎は一つ解けた」

 私はファイルから大村さんの事件の資料を取り出すと、それを放り投げた。十数枚の資料がゆらゆらと私の周りをゆらゆらと舞っていく。

「この事件に協会は一切関与してない。犯人は、あなた方の中にいない」

 これで一つの謎が排除される。


「ちょ、ちょっと待て」

 抗議の声をまずあげたのは父だった。血相を変えて焦っている。

「いないってどういうことだ」

「そのままだよ。協会は事件と関与していない。警察の捜査通り、大村さんを殺害したのは協会とは無関係の誰かだろうね。あとは父上たちに任せる」

 投げやりになった私がおかしかったのか、教祖があははと笑った。気に食わない。

「あはは、面白い話だな、蓮見。警察の捜査が最初から正しかった。なるほど、納得はいくな。なにせ警察は優秀だ」

 そう、彼の言う通り警察は優秀だ。いつか私は、こう思っていたじゃないか。あれは確か、水島さんの事件の後に立浪さんと話し合いをしたときだったかな。

『推理小説なら探偵が警察より優秀なんだけど、残念、そんなのはフィクションさ。探偵の頭だけで、警察の組織力や科学調査を上回ろうなんて、十九世紀初頭のイギリスで終わってる。シャーロック・ホームズが、最初で最後だ』って。

 あれこそ、これのヒントみたいなもの。

 警察は事件を協会とは無関係だと、調査した上で結論を出していた。ならそれが正しいと捉えて当然だ。二度目だけど、推理小説じゃないんだから。複雑に考えなくていい。警察という立派な調査機関が出した答えがそれなら、それを踏まえて推理すべきだった。

 しかし、とうの警察である父は納得しないようだけど。

「メッセージはどうする。『最終警告だ』というメッセージが見つかっているぞ」

「そうだね、見つかったよ。私が探してくれと頼んだら、待ってましたといわんばかりに出てきた。全く……できすぎだったんだよ。そこを疑うべきだった」

 そう、初めてここで話し合いをしたときはパソコンのデータに特別な異常は見当たらなかったと言っていたのに、その二日後、まるで用意していたみたいに異常を見つけてきた。実際、用意してたんだろうね。

「あれは、協会と事件をつなげるために作られたフェイクだったんだ。あのメッセージがないと水島さんとかの事件と、大村さんの事件は無関係だったからね。事件をつなげるために、ニセのメッセージを作った。そうだろ?」

 目の前の教祖にそう尋ねるが、彼はわざとらしく肩をすくめた。

「俺は知らんな。そもそもそのメッセージをお前に届けたのは、立浪じゃないか」

「そうだね。だから、メッセージを偽造したのは彼だろう」

 ガタッという音が鳴った。彩愛ちゃんが口元を抑えて立ち上がっている。父親が犯罪に関わっていたと聞かされて驚いたのだろう。しかし、これは否定してやれない。彼がそうしたのは事実だから。

 婦人警官がなだめながら彩愛ちゃんを座らせる。

「問題は誰の指示でそうしたかってことだよ、教祖。あなた以外にいないんだけど……もう死人に口なしだから。確認しようもない」

「そうだな。あの娘には悪いが、あれが勝手にやったということににしよう」

 全く悪いとは思っていないのだろう。放心している彩愛ちゃんの方をニヤニヤしながら見ている。

「彼女を見るな、穢らわしい。次の話にうつる。なら問題は、なぜ彼は偽造のメッセージまで作って、本来協会と無関係の事件と水島さんたちの事件をつなげようとしたのか」

 それは明らかにおかしな行動だ。せっかく協会は白だと証明された事件なのに、黒く染める必要は普通に考えればない。そんなことをしても、いいことは欠片もないはずだ。

「なぜだ?」

「簡単だね。大村さんの事件は明確に殺人だ。第三者によって協会の関係者が殺されたという、事件だ。しかも協会の関係者の無罪は証明されている。なら……なら、その事件と他の事件を繋げれば、結果として協会関係者の無罪は証明されるんじゃないかな?」

 Aという事件とBという事件が発生したと考えよう。そしてAとBの犯人は同じだとする。ならAの犯人ではないとされた人物は、同時にBの犯人でもないとされる。もし、こうなることを狙えばメッセージを偽造する理由になりえる。

「大村さんの事件を黒に戻すことで、他の事件を白にする。それが狙いだったんだろうね」

 大村さんの意見を協会の犯行だと考えるとアリバイがでてきて行き詰まる。そしてその事件を他の事件と繋げると、同じようになってしまう。

 これが連続殺人だとすれば、そうなってしまう。けどそうじゃない、これはそれにみせかけた全く別々の事件。それを「メッセージ」というもので強制的に結びつけただけ。雑だけど、これにあることを利用して「力」を作用させたんだ。あることは、あとで。

「蓮見、やはりお前は面白いな。お前の介入を許したのは大正解だったようだな。なるほど、立浪はそういう意志でメッセージを偽造したのか。なら、犯人は立浪だな」

「ち、違うわよっ! パパはそんなことしないもんっ!」

 教祖の言葉に彩愛ちゃんが激しく反応し、また立ちあがり大声を張り上げる。その様子が面白いのか、また彼が笑う。

「だが立浪の娘、じゃあなぜお前の父はそうしたんだろうな? うん?」

「そ、そ、それは……」

「娘なのだから父親の意志くらいわかるんじゃないか? どうしたんだ? なにか知っていることがあるなら、言ってみろ。ほら、喋るといい」

「彩愛ちゃん、喋ることはない。私が言うから、座りなさい。あと教祖、次にその口であの子になにか言ってみろ。ぶん殴るからな」

 熱くなったせいでの教祖に遊ばれた彩愛ちゃんを落ち着かせる。彼女はまだ言いたいことがあっただろうが、私の指示にしたがってくれた。横でさよちゃんが彼女の頭を撫でる。

「立浪さんは事件の犯人じゃない。証明してあげるよ」

 私はファイルのまた別のところを開ける。そこには水島さんの事件の資料があった。

「次の事件だ。まず水島さんが殺された事件、立浪さんは犯人じゃない。なぜなら彼はあの時協会にいたからね。それは確か……矢倉さん、あなたが証明できたんじゃないかな?」

 矢倉さんにそう質問すると彼女は、静かに「はい」と答えた。

「あの日、私と立浪様は協会にいました。警察からの連絡を受けた時も二人でいましたので、間違いありません」

 そう、確か立浪さんから聞いた。あの日、立浪さんは協会にこもって仕事をしていて、矢倉さんが帰る直前に立浪さんの部屋を訪れたときに電話がかかって来たと。これでアリバイ成立。彼は無罪だ。

「満足かい?」

「まあ、そうしておこう。だが、立浪はなんのためにメッセージを偽造したんだ。水島の事件も大村の事件もやつに関係ないことだったのに」

「そうだね。普通に考えればそんなことをする必要はない。そう、彼が家族を犠牲にしてまで協会に献身していたという事実がなければ、理解不能だった」

 また彩愛ちゃんが反応し、今度は教祖も少し眉を釣り上げるくらいの反応は示した。

「協会のため、そうした。ここは宗教団体で、彼は強い信者だ。もしそれが協会のためと思えば、そうするだろう。ないしは……誰かに命じられたらね」

 私は教祖から離れ、かつかつと足音をたてながら桐山さんに近づく。俯いて座っていた彼が私を見上げる。

「ここにこうして、身を呈してまで協会を守ろうとしている信者もいるんだ。彼がそういう行動をとってもおかしくはないよね」

「ち、違う、俺は俺は」

「うるさいよ。もう嘘をつくのは迷惑だからやめてくれ。全く……あなたみたいな人が先輩とはね、後輩として恥ずかしいよ」

 私は言いたいことだけ吐き捨てて、彼に背を向けた。

「ではなぜ、それが協会のためになるのかって話しになるね」

「当然だな」

「簡単だよ。水島さん以後の事件は確実に協会が関わっていたからだ。しかも、かなり深く。けどそれだけじゃおかしな話になるよね?」

 その場にいた全員に問いかけるけど、返答したのは一人だけ。ふんっと鼻を鳴らしたのは大蔵さんだった。

「おかしいことはない。桐山が自供通り犯人なら、立浪はそれをかばうために偽造したんだ。協会の汚点になるからな」

「相変わらず馬鹿言ってるね、大蔵さん。それはありえないんだよ」

「なぜだっ」

「だって自分も殺されるかもしれないのに、それを庇うのかい? 水島さんの事件では脅迫状が残っていた。そして脅迫状は代表代行全員に届いていた。つまり、水島さんが殺されたということは、自分もそうなるかもしれないとわかっていたんだ。それなのにその犯人を庇うかい? そもそも桐山さんが犯人としても、立浪さんはどうやってそれを知り得るんだよ?」

 たたみかけるようにそう言ってやると、彼は「うっ」と言葉を詰まらせた。

「桐山さんじゃなくても、水島さんが殺された以上、代表代行の誰かが犯人なら立浪さんは警察につきだしたはずだよ。そうしないと自らの命はもちろん、他の代行も危ない。そしてそれは協会にとってデメリットだからね」

 しかし、と私は言葉を続けた。そしてまた教祖の元へ歩んでいく。

「あなたなら、話は別だ」

 少し見上げる姿勢で、私は教祖を指さした。

反則技かもしれません。

ただ、時にはそういうことだって起きます。

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