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開演

真相に気付いた蓮見は、関係者を全員集めていく。

一方、そのこと春川の身に危険が迫っていた。

 すぐに私は署の中に戻り、さっきの部屋に駆けて行った。そしてノックもせずに扉を開ける。室内には彩愛ちゃんはいなくて、さよちゃんと婦人警官だけがいて、私の乱入に二人して驚いている。

「せ、先輩、どうかし」

「さよちゃん、確認させてくれ。すぐに終わるからっ。いいかい、よく思い出してくれ」

 私はさよちゃんに一つだけ質問をする。それはあることについての確認だった。彼女は私の質問に首をかしげながらも「はい、間違いありません」と答えた。

「そうかい、ありがとう」 

 部屋から出てさっき画面を割ったばかりのスマホを取り出して、ある人に電話をかけると、その人はすぐにでた。

『はい、矢倉でございます』

「蓮見だ。教祖と話したい。代わってくれ」

 矢倉さんは返答することなく、保留にした。しばらくして『なんだ』という、あの冷たくて人間味のない声が聞こえた。

『何か用でもあるのか、蓮見』

「教祖、あなたから聞きたいことがある。署に来てくれ」

『面倒だな。聞きたいことがあるならお前たちがくるといい。ホールを開放しておこう。大蔵にも来るように命令する。あとは、お前たちに任せる。これでいいか?』

「わかった。ならすぐに行く。――教祖」

『なんだ』

 私は必死で、胸の内からあふれ出しそうな、爆発しそうな、ありとあらゆる感情を抑え込みながら、たった一言絞り出した。

「……許さないからな」

 相手の返事を聞く前に通話を終えた。スマホをポケットにしまうと同時に「レイ」と呼ばれた。父がこちらに駆け寄ってくる。

「なんだ、なにかあったのか」

「父上、協会本部へ行こう。関係者全員、そこに集める」

 父はすぐに私が何かに気づいたことを察したらしく、反論もせず一度だけしっかりと頷いてくれた。

「それと確認して欲しいことがある。脅迫状の件だけどね――」

 あることを告げると、父は信じられないという表情をしたが、私の推理が正しければ間違いないはずだ。最後の脅迫状が存在し、そしてそれはあそこにあるだろう。警察なら見つけられるはずだ。

 父は電話を取り出して誰かに連絡をとり、すぐにそれを確認するよう頼んでくれた。そして通話を終え、真剣な眼差しを私に向ける。

「なにがわかったんだ?」

「なにがってほどのことじゃないさ。いやそもそも、大きな勘違いをしてただけだ。させられていたというべきか。とにかく、そのマジックショーの仕掛けに気づいたのさ」

 そう、大きな勘違い。あれは最初から正しかったんだ。それなのにそれを強制的にゆがめていたんだ、あの人が。とんでもない、冷静に考えてありえない。

「どうする気だ?」

「どうするって決まってるじゃないか」

 私はキザに笑ってやる。どうやら、ちょっと調子が戻ってきたみたいだ。

「このふざけた舞台に幕を下ろすのさ」

 当然――。

「アンコールは、なしだ」

 大きな雷鳴がして、強烈な雷光が窓から入ってきて私を照らした。



 春川はゆっくりと目を開けた。

「痛っ」

 まぶたに激しい痛みが走った。どうやらあの揉み合いのときに相当強く殴られたらしい。無我夢中で自分がどれだけ相手に攻撃を加えたかも、加えられたかもはっきりと覚えていない。ただ、三人相手、しかも全員男だったので、二人が逃げたあとは防戦一方になったので、殴られた数のほうが圧倒的に多いだろう。

 彼女は薄暗い部屋にいた。部屋というか、箱のような場所だ。真四角で、狭い場所。天井の高さも二メートルほどしかない。そんなところで、彼女は手足を拘束された状態で、転がされていた。

 ゆっくりと起き上がり、壁に背を預ける形で、なんとか座るような姿勢をとった。

 全身が痛い。口には血の味が広がっている。そしてどこか意識が遠い。頭がぼうっとするから、きっと睡眠薬かなにか飲まされたのだろう。

 暗い部屋の中には彼女しかいない。自分が持っていた荷物さえない。

「よかった……」

 ここに自分しかいないということは、さよと彩愛は逃げ切れたということだ。捨て身の作戦は報われた。あとは、彼女たちがレイに連絡していれば、警察が彼女たちを保護してくれたはずだ。

 あとは、レイが「あのこと」に気づくかどうか。それが全て。

 部屋の中を見渡す。出口はたった一つ、鋼鉄の扉があるだけ。その扉を囲むように、隙間を作らないため、無駄なくしっかりとガムテープが貼られていた。

 口は塞がれていない。春川は少し口が痛いのを我慢して大声を出したが、それは室内に反響するばかりで、外に届いていないのがよくわかった。予想できたことなので落胆はしない。

 手足を拘束されたうえ、声も届かない。そして自分がどこにいるのかもわからない。もはや自力でどうにもならないことは簡単に理解できた。

 彼女は絶望しない。泣くようなこともない。気持ちを強くして、いつも通りの自分でいるように心に言い聞かせた。

 長期戦になるかもしれないと彼女が覚悟した時、どこからか水の流れる音がした。彼女が音のした方を見ると、部屋の隅に拳ほどの穴があり、今まさにそこから水が流れ出し、部屋の中に入ってきた。

 思わず背筋が凍った。大慌てで扉を見ると、隙間を作らないように丁寧に何重にも貼られたガムテープが目に入った。

 瞬時に理解した。犯人はここで自分を始末する気だ。直接手は出さず、この部屋を水で満たして、溺死させるつもりだ。

 水は着実に室内に入っていき、しばらくして彼女の足元にも届き、無慈悲に彼女の周りを浸していく。ズボンが濡れ、一気に体が冷えていく。冷たくて、怖くなる。だが今の自分にこの状況を打破することはできない。

 彼女は、笑った。小さく笑った。狂ったわけじゃない。それは「自信」だった。こんな絶望的状況さえどうってことないと思える自信が彼女にはあり、そんな嘘みたいな、馬鹿らしい自信を持っている自分がおかしかった。

 それでも彼女は自分を疑わない。自分が信じたものを、疑うはずもない。

「ふふっ……信じてるからね」

 そうつぶやく。誰を、とは言わない。言う必要がない。

 それは彼女が生まれて初めて、自分の命運の全てを他人に任せた瞬間だった。


 どこかで大きな雷が鳴った。


 

 教祖の命令通り、『Cross Hall』は開放されていて、私が到着した時にはすでにそこに大蔵さん、矢倉さん、そして二人から少し離れたところに机の上で退屈そうに立っている教祖がいた。入ってきた私を見ると、唇を曲げて笑う。

「遅かったな」

「色々あったんだよ。すぐに警察も来る、そしたら話を始めよう。先に訊いておくけど、言っておきたいことはあるかい?」

「ないな。あったところで口に出さない。そもそも言いたいことがあるのはお前だろう。時間と場所は与えてやる、好きなようにやれ。もうここはお前の独壇場だ。演説でもなんでもやるといいぞ。聞いてやる。もちろん――」

 彼はそこで言葉を区切って、机の上から飛び降りた。そして私の元へ寄ってくる。

「否定してやろう」

「……できるものならね」

 丁度その時、ホールに新しく人が入ってきた。最初は警官二人に両脇を拘束された桐山さん。ずっと俯いていたのに、入室した途端に教祖を見る。ただ教祖はなんの反応もしめさない。まるで興味がないみたいに。

 桐山さんは私たちと距離をとるため部屋の隅につれていかれ、そこに座らされた。

 そして続いて入ってきたのが、父と婦人警官に連れられたさよちゃんと彩愛ちゃん。二人共、なにがどうなっているのかわからない様子で、目をきょろきょろとさせている。

 二人は婦人警官に連れ添われる形で、桐山さんとは反対側の隅に連れて行かれ、そこで椅子に座る。

 そして父が二人を守るように側に立った。

「さて蓮見よ、役者は揃ったようだぞ。矢倉、扉を閉めろ」

 矢倉さんが一礼し、命令通りに扉を閉めると、即座にもといた場所に戻った。

 ホール全体をゆっくりと見渡す。相変わらず不機嫌そうな大倉さん、そしてロボットのような無表情の矢倉さん。警官二人に挟まれ、すがるような目で教祖を見つめている桐山さん。未だにこの場に混乱しているさよちゃんに、細くとがらせた視線で教祖を睨み付ける彩愛ちゃん。そして静観することを決め、腕組みをして壁にもたれかかっている父。最後に、これから起こることを想像してか、あの嫌らしい笑みを浮かべる教祖。

 一瞬だけ目を閉じて、本来この場にいるべきもう一人のことを思い巡らす。今何をしているのか、どこにいるのかもわからない彼女に、届かないとは分かっていながら、心の中で言ってやる。――信じて待ってろ、このばか。

 目を開けて、心を決めて、小さく息を吸い込んだ。そしてホールに響く声で、私はフィナーレの挨拶をする。

「じゃあ、早速始めよう。私も早く会いたい人がいるんでね」

 さあ、この長くてふざけたショーに幕引きをしてやろう。

 拍手なんてせずに。

次回から解決編です

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