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悲報

立浪との話し合いで、蓮見はあることを切り出す。

「今日はお一人なんですね。おや、何かご機嫌が悪いんですか」

 『相談室』へ入るとまずそう言われた。思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

「どうかなさいましたか?」

「いやなんでもないよ」

 立浪さんの気遣いを軽くあしらって、私はソファーへと腰掛けた。彼はパソコンの前で何か書類を作っているのか、カタカタとキーボードをたたいていた。

「それで今日の要件は?」

 昨日、急に電話がかかってきて今日会うことになっていた。

「はい、脅迫状の件なんです。一応、私に届いた全てのものと、時系列をまとめてみました。それを見ていただきたくて」

 立浪さんはパソコンの前から立ち上がり、六枚の書類を渡してきた。脅迫状のコピーが五枚、そして立浪さんがまとめた書類。それにじっくりと目を通してみると、脅迫状のコピーの上には小さく1から5までの数字が書かれていた。その順番通りに読んでいく。

『協会から離れろ』『代行をやめろ』『あそこは危険だ』『つぐなえ』『協会は危険だ』

 他の代行と変わったところはない。やっぱり「代行をやめろ」と「償え」ってことだけを念押ししている。

「この数字は何?」

「届いた順番です。なにか参考になるかと思いまして」

「ふーん。まあ、他の代行のものではわからなかったやつだし、参考になるかもね。けど文章に意味がない以上、あまり期待しないほうがいい」

 意味が無いというか、意味があるように思えないというのが正しいのだけど。

 次の書類、彼がまとめた時系列を見てみる。


『一年前(2010年3月14日) 最初の脅迫状

2010年5月5日 二通目の脅迫状が届く

2010年10月12日 三通目の脅迫状が届く

2010年10月27日 桐山さんが代表代行に昇格

2010年11月16日 教祖様が代表代行に今後の方針をどうすべきか尋ねる

2011年1月8日 四通目の脅迫状が届く

2011年3月3日 最後の脅迫状が届く

2011年3月20日 大村庄司、殺害される(データを改竄?)

2011年4月10日 蓮見さん、春川さん、協会を訪問。春川さんの事件発生

2011年4月17日 水島さん、殺害される

2011年4月23日 守島さん、殺害される』


 まとめてみるとそんな感じに書かれていた。

「この短い間に色々あったもんだね。疲れるわけさ。あなたもよく耐えられるね?」

「私の場合、今より忙しい社会人生活をしていたことがありますので」

「それは体力の問題だろ。私が言っているのはこの極限状態における精神力の話さ」 

 普通の精神じゃどこかでおかしくなってるけど……言ったって仕方ないか。それこそ教祖の言葉だね。もうまともな精神状態じゃない。だからこそ、ここにいるわけだ。

 私の言葉に立浪さんは曖昧な笑みだけ返した。

「……あなたはこの時系列で何か思い当たるふしはあるかい?」

「作っておいてなんですが、何も」

「そうかい。あなたがそうなら、他の代行も似たようなもんだろうね」

 それでもいつか何か思いつくかもしれないと思い、私はそれを折りたたんでカバンの中へ入れた。

「もし今の時系列で何か感じろというなら、犯人、焦っているのかな?」

 私がそう口に出すと「どういうことですか」と返された。

「だからそのままさ。脅迫状が届いたのは一年前から。そして五月に二通目、さらに十月に三通目。ここでラグが五ヶ月あるんだ。けど年が明けて、三月になると急に動き出した。もっとも、一度殺人なんて始めたらそうなるのは当然なんだけどさ、三月の頭に最後の脅迫状……それから大村さん殺害は、わずか三週間しかない。これって不自然だろ?」

 立浪さんに同意を求めると、彼は神妙な顔つきで「確かに」と頷いてくれた。

「なにか急用ができたみたいにこの二ヶ月は動いている……なんでだろうね?」

 尋ねてはみたものの、回答が返ってこないことはわかりきっていた。彼は難しい顔のまま考え込んでいる。三月、犯人にとって何か大きなことがあったのかもしれない。しかし、協会はそれに身に覚えがない。犯人の一方的な都合かもしれないし、最悪気まぐれだ。

『人が行動を起こすきっかけなど、気まぐれか気晴らしだ』

 不意に二日前に教祖に言われたことを思い出した。嫌な声だし、嫌味な言葉だ。

 立浪さんが私と反対側のソファーに座る。そして「ところで」と切り出してきた。

「教祖様とお会いしたそうですね」

「二日前と、あとここに来る前にも会ったよ。得体が知れないから好きじゃない」

 はっきりとそう口にすると、彼は苦笑をうかべた。

「あの方はそういうお方です。しかしながら、ここの者たちは絶対の信頼をおいています」

「それが余計に怖いんだよ……まあいい。それで、あの人と会ったのがどうかしたかい」

 立浪さんは真剣な表情に戻る。

「教祖様が、自ら犯人だと供述したというのは本当ですか?」

 にわかには信じられないということだろう、彼は今までにないくらい重たく暗い声で尋ねてきた。

「私も信じられないけど、本当さ。どこでその話を?」

「警察の方からです。いやしかし……そんな馬鹿な。ありえない……」

 私が父に報告したことで警察に知れ渡り、それで協会関係者にも確認をとったんだろう。彼はよっぽどショックだったのか、頭を抱えている。顔が青い。

「昨日教祖様ともお話ししたんですが、細かいことはあなたに聞けと」

 それで急に呼び出されたわけだ。

「ねえ、さっきその張本人にも訊いたんだけど、その発言の真偽はどうなんだろうね?」

「ありえません。あの方は、犯人ではありません」

「断言できる?」

「できます」

「何をもって?」

「あの方にはアリバイがありますよ。水島さんが殺された夜、教祖さまは一人の信者に付きっきりになって『交流』の手助けをしていました。あの方があの夜、この建物から出てないことは監視カメラが証明してくれるでしょう」

 なるほど、それじゃあ納得するしかない。だとしたら、何のためにあんな嘘をついたんだ? 自分が犯人だなんて供述することは、例え嘘でも自分を不利にするだけだ。

「じゃあ、あの人がなんでそんな嘘をついたか、わかるかい?」

「……いえ。ただもしかしたら」

 その後のセリフは完全に独り言だった。「あの方は、もしかしたら」と何か意味深なことを呟いた彼はすぐに我に戻ったのか、首を横に振った。

「なんでもありません。最悪、蓮見さんをからかっただけかもしれません」

「それは迷惑この上ない。もうやめてくれって伝えてくれ」

 今の彼は、明らかに何か隠した。今の今まで忘れていたけど、彼は協会の人間で代表代行だ。つまり、何か隠していてもおかしくない。全てをオープンにしてはいない。

「さて。ねえ、立浪さん、実は私からもプレゼントがあるんだよ」

 私はカバンからあるものを取り出して、それを彼の前に差し出す。それは一封の大きめの封筒。彼はそれを受け取ると、中身を取り出す。瞬間、彼の表情に曇りがでた。なんともいえない、複雑な顔になる。

 渡したのは十数枚の写真だった。写っているのは、主に彩愛ちゃん。先日、彼女と春川と私とで出かけた時に撮ったものだ。

「可愛らしい娘さんだよ。それでいてまっすぐだ。親として鼻が高いだろ?」

「…………」

 何も答えない彼を尻目に私は続けた。

「彼女の言葉、聞いてなかったわけじゃないだろう。あなたと話したがってる。幸せなことだよ。私があの子くらいのときには、父上とは一切話したくなかったくらいだ、反抗期でね。……気持ち、汲んであげてくれ」

 写真の彩愛ちゃんは本当に可愛い。父親ならそれは数倍増しだろう。

「蓮見さん……私は、父親失格ですよ。そんな人間が今更、あの子と話すことはないです」

「父親失格か合格かを決めるのは、あなたじゃなくて、彩愛ちゃんだよ。そして彼女はあなたのことずっとパパと呼んでいる。その声に応えてやるべきだ。立浪さん、これはもうお願いだよ。一度いい、彼女とちゃんと会って話してほしい」

 私は頭を下げてそう頼み込んだ。プライドもなにもかもどうでもよかった。彼女の泣き顔が、私の脳内から消えない。子供はあんなに悲しそうに泣くべきじゃない。

「……あの子が七歳の頃、妻が死にました。御存知の通り、私はそこからこの協会に付きっきりで、あの子ことを気にとめなかった。はっきり申し上げて、合わす顔がないのです」

 立浪さんは立ち上がり、窓辺に歩いていった。そして外を眺める。

「あの子が毎日ここへ訪れていたことも知ってます」

「なら」

「だから、会えないのです。その気持をずっと蔑ろにした私に、会う資格などないのです。幸い、親戚の家でうまくやれているようです。私はもう元には戻れません。彩愛は、今のまま、私など忘れるのが一番幸せでしょう」

「ちょっとまってくれっ。頼むからそうやって彼女から逃げないでやってくれ。彼女はあなたと会いたがってる。それだけが重要だ。元に戻れない? そんなことはないだよ」

 私も立ち上がって、彼がテーブルへ置きっぱなしにしていった写真の中から一枚手に取り、それを片手に彼に詰め寄っていく。そしてその写真、彼女がアイスを片手にピースをしている写真を彼に突きつける。

「あなたは奥さんを亡くし、ここへたどり着いた。それは傷ついてのことだろう。けどわかってくれ、あなたと同じだけ傷ついた少女が、すぐ側にいた、今もいるっ。傷は分け合えないけど、分かち合えるんだよっ。良い父親でいろなんて言わない、ただ……ただ、親子でいてやって欲しい」

 なんで自分でもこんなに必死になっているのかわからなかった。多分、私は彩愛ちゃんに相当同情していたし、そして後ろめたさがあった。私は幸せな家庭環境で、ぬくぬくと育った。それを思うと、彼女を見るたびにどこか責められている気がした。

「……すまない、熱くなった。最近感情的になることが多くてね」

 彼から一歩距離をとって謝ると、彼は「いえ」と応じた。

「……写真、置いていくよ」

 私は写真を彼の机において、部屋から出ようとしたのに後ろから彼に呼び止められた。

「なんだい」

「あの子を……彩愛を、よろしくおねがいします」

 振り向くと彼が深々と頭を下げていた。高ぶっていた感情が一気に冷めていく。

「はは、やっぱり私は男がよかったのかな。それなら彩愛ちゃんをお嫁にもらったのに」

「蓮見さんなら、お任せ出来ます」

「冗談さ。それに例え私が本当に男でも、女性にとって、ましてやあのくらいの女の子にとって一番頼りになる男は父親だよ」

 私はまた足を進め始める、そして部屋を出て行く寸前に一言だけ残した。

「よろしく任されてあげるよ」


 2


 江崎かな子が自宅のリビングで晩食を終えたところで、インターホンが鳴った。壁にかけた時計を確認すると八時半で、遅い訪問者に彼女はちょっとした不信感を抱いた。

 それでも出ないわけにもいかないのでドアスコープで外を確かめると、そこには見知った人物がいたので、彼女は安心して家に招き入れた。

「こんな時間にどうかしたの?」

 彼女がそう質問しても、その人物は何も答えなかった。さも当然のように家の中に入り、なにか確かめるように彼女の自宅を眺めだした。

「どうかしたんです?」

「……計画変更だ」

「は?」

 加齢のせいで聴力が衰えていた彼女には、その人物が何を言ったのか聞き取れなかった。しかし、その人物は彼女の反問には何も返すことなく、ポケットから何か取り出した。

 思わず彼女はその人物から離れる。なにせ、その手にはこの場にはそぐわない、トンカチが握られていた。ただのトンカチではなく、明らかに家庭で使うようなものより大きい。

「ちょ、ちょっと!」

 一歩一歩、震えながら後ずさる。その人物も彼女を追って、一歩ずつ進む。いつの間にか彼女の背中は部屋の壁にあたった。彼女はそのままその場にしりもちをつく。そして目の前の人物を見上げる。

「あ、あなた……」

「あの世でな」

 その人物がその凶器をめいっぱい振りかざして、力強く彼女の頭部へと振り下ろした。

 鈍い音がした。



 カーテンを開けると、気持ちのいい朝日が一気に室内に入ってくる――というのが理想的だが今日はそうならなかった。窓をあけて空を見上げると、灰色の雲が空を覆っていた。

「こりゃ、降るね」

 そんなことをぽつりとつぶやく。ベッドの近くに転がっていたスマホを手にして、天気のアプリを起動したしたところで、急に着信が入った。相手は父。

「はいもしもし」

『レイ、落ち着いてきけ』

 急にそんなことを、かなり上吊った声で言われてしまえば、落ち着いていた気持ちも焦ってしまう。自然とスマホを握る手に力が入った。

「な、なんだい」

『今朝、江崎さんが殺害されているのが見つかった』

 自然に老婆の顔が思い浮かぶ。代表代行で最年長だという彼女……。

「なんてことだい……」

『レイ、それだけじゃない。いいか落ち着けよ』

 父は少し間をおいて、電話口でその残酷な事実を告げた。

『立浪さんも殺害された』

結局、こうなる。

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