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図星

春川との決別後も、蓮見は事件を調査していた。

第六章【さよなら、愛しい人 –Farewell,My lady-】


「レイ姉、機嫌悪い?」

 今日何度目になるかも分からない質問を彩愛ちゃんにされて、私は顔をしかめた。思えば朝は父にも言われたし、大学に行けば友人が全員口を揃えただけでなく教授まで「なんだ不機嫌なのか」と言ってきた。

「……なんでもないよ。ちょっと、あれなだけさ」

「あれってなに? そういえば昨日はハル姉が元気なかったけど」

「さあね。私は知らない」

 彩愛ちゃんが可愛らしく首をかしげた。私たちは今、協会の近くにある公園のベンチに座っている。私はこの後立浪さんと会う約束があって、彼女はいつもどおりここで協会を見張っていた。

「喧嘩?」

「違う違う。君が心配することじゃないよ」

 喧嘩じゃなくて、絶交なんだよって言えば彼女はどんなリアクションをするだろうか。

「ならいいけどさ。喧嘩はよくないよ」

「だから喧嘩じゃないよ」

「うん、それでいいよ。けど覚えておいて欲しいから」

 小学生に説教をされる大学生というのは、世界広しといえど私くらいかもしれない。情けないと思うけど、今回ばかりは向こうに非がある。

「レイ姉は喧嘩とかしないイメージだった。ハル姉もそうだけど、優しいから」

「おやおや嬉しいことを言ってくれるじゃないか。抱きしめていいかい?」

「だめ……って、やだ、だめって言ったのにっ」

 彼女の拒否を無視して私は彼女の頭を胸に包んだ。そうやってまっすぐほめられると、さすがの私も照れるんだよ?

「君は喧嘩はしないのかい?」

「あんまり……学校でたまに」

 私が彼女くらいのときは兄と父が主な喧嘩相手だった。毎日、どちらかとは必ず喧嘩をしていた記憶がある。彼女の場合、その相手がいない。喧嘩はいいことじゃないが、それが「できない」というのも決して良いことではないね。

「パパとは……あれって喧嘩なのかな?」

「どうだろうね。けど喧嘩ってことでいいんじゃないかな。大抵の場合、親子喧嘩ってのは丸く収まるのさ。だから、喧嘩でいい」

「じゃあ、私も喧嘩中なんだ」

「あのね君、さり気なく私と春川を喧嘩中ってことにするのをやめてくれるかい」

「あれれ、私は一度もハル姉となんて言ってないよ?」

 彩愛ちゃんがしてやったりという笑顔をする。全く……一本とられたな。

「ははは、レイ姉って単純。ハル姉はずっとなんでもないで通してたけど」

「あれは冷たいやつだからね。そうできるのさ」

 もう隠し切れないのでばっさりと批判してやる。どうせ彼女のことだ、私とこうなることだって予想していただろう。だったらこっちが何か感じるだけ無駄ってものだ。もうお互い、知ったことではありませんってことにしたらいい。

「もうっ、やっぱりそーなんじゃん。レイ姉子供みたーい」

「子供でいいよ。若くいられるんだからね」

「はは、今度はおばさんみたーい」

 好き勝手言ってくれる彩愛ちゃんにぷいっと顔を背ける。

「けど二人は喧嘩なんてしないと思ってたなー」

「するよ。曰く、私たちは水と油らしいからね」

 春川とわかれた後、私は少し前に教授とした会話を思い出した。教授は私と春川のことを水と油で、似てるけどそうじゃないと言った。あの時は何がなんだかわからなかったけど、今になって痛感している。

 本当、よく見ていたんだな。

「水と油?」

「仲良くできないってことさ」

「ふーん、そうなんだ。でも、私はそうは思わないな。レイ姉とハル姉、そっくりだよ?」

「そうかな」

二日前までなら喜んでいた言葉だろうけど、今は素直に受け取れなかったので誤魔化したのに、彩愛ちゃんは「そうだよっ」と力強く念押ししてきた。

 私は春川みたいに絶対的なリーダーシップもないし、あのありすぎる責任感も持ち合わせていない。そして目的のためなら手段を選ばない覚悟も、非常識さも。

「結局さ、二人共優しすぎるんだよ。私のことがそうじゃん。普通ね、関わらないよ?」

「君が可愛いからね。私は可愛いものに目がない」

「レイ姉、それ好きだね。絶対にいつかオオカミ少年みたいになるよ。とにかく二人共似てるから。断言してやる」

「されてもねえ」

「優しくて、自分のことを顧みないでしょ? そういうところ、そっくりだよ」

「彼女はそうかもしれないけど、私はそうでもないよ」

 彼女の場合は極端にそれだね。なにせ後輩のために自分の腕を傷つけて、警察や協会相手に大立ち振舞を見せたのだから。しかも最悪捕まることも、友達をなくすことも、覚悟してたんだから。

「ハル姉もそうだけど、レイ姉も自覚ないね。ハル姉も昨日、無茶苦茶元気なかったのに私と遊んでくれた。レイ姉もそういうところあるよ? 自覚ないんだね」

「ないよ。私は自分のことしか考えてない」

「拗ねてる? いやいいけどさ。じゃあ教えてあげる。レイ姉が『クロスの会』に関わったのってハル姉のためなんでしょ? ハル姉、すごくそのこと気にしてたよ」

 色々ありすぎて記憶が飛んでしまっていたが、そういえば私が協会に関わったのは春川の事件を探るためだった。

「そうだけど……」

「それ、まさに私の言った通りでしょ。レイ姉はハル姉のために危険ってわかってるところに関わったんでしょ? 人のことばっかりで、自分のことは二の次にしてる証拠じゃん」

 思わず言葉に詰まる。指摘されるまでそんなこと考えたこともなくで、意表をつかれた。

 そんな私をよそに彩愛ちゃんはしゃべり続ける。

「誰が水と油って言ったか知らないけど、それは違うよ。そうだね……火と油かな? 相性バッチリ、二人揃うと怖いものなしって感じ」

「はは、危険物だね」

「危険人物だよ、特にレイ姉は。けど片方だけだと……ちょっと寂しいかな」

 その時、彩愛ちゃんの携帯電話が鳴った。可愛らしい、最近の流行曲が彼女のポケットから聞こえてきて、彼女は慌ててそれにでる。

「はい、もしもし」

 電話口の誰かと彼女が話してるのを眺めながら、私は今言われたことを脳内で反芻してみる。この二日、春川の身勝手さに憤ってばかりでストレスしか感じていなかったけど、言われてみれば私もやってることは彼女と変わらないのかもしれない。

 身の危険を、自身の大切さを蔑ろにしてるのは一緒かもしれない。

 ぶんぶんと首を左右に大きくふる。いや違う違う、絶対に、全然、違うっ。私にそういうところはあるかもしれないけど、彼女ほどじゃない。

「うん、わかった。じゃあすぐ帰る」

 通話を終えた彩愛ちゃんがベンチから立ち上がる。

「おばさんから。早く帰ってきなさいって。だから帰るね」

「うん。気をつけて帰るんだよ。怖い人を見つけたらすぐに近くの人に助けを求めること、わかったかい?」

「はいはい。レイ姉も、仲直りしときなよ、わかった?」

 したり顔でそう言ってくる彼女の頭に軽い拳骨でも落としてやろうかと思ったのだけど、彼女のほうが素早く「バイバーイ」と手を振って、背中のランドセルを揺らしながらそのまま帰っていった。

 彼女の姿が見えなくなると同時に、ふうっとため息をつく。みっともないな。あんな小さな子に、私よりずっと悩みとか辛さを抱えている少女に世話をやかせるなんて。

 腕時計を見ると、まだ約束の時間ではなかった。どうしようかと考えているとき――。

「あれが立浪の娘か」

 聞き覚えのある冷たい声が背後から聞こえて思わずすごい勢いで振り返る。

 教祖が相変わらずの黒ずくめの服装で立っていた。

「……心臓に悪い登場の仕方はやめてくれ」

「それはすまなかった。立浪の娘と仲がいいのか?」

「あなたには関係のないことさ」

「なるほど、それはそうだな。俺もそこまで興味はない、戯言だ。いやしかし、立浪に娘がいることは聞いていたが初めて見たな。あれに似ず、中々面白い空気をまとっている。母親似か、そのくせ母親を求めないあたり、ガキながら魅力はあるか」

 独り言のように彩愛ちゃんを評した後、どうでもいいがな、と締めくくった。

「……先日のことだけど、あなたが自ら犯人だと言ったことについて訊きたいことがある」

「なんだ?」

「あれは本当かい?」

 教祖はしばらく無表情のままで何も言わなかったが、すぐに「ふっ」と小さく笑った。

「それはお前が確かめろ。言葉の真偽を一々解説していたら、こんな立場になっていない。嘘でも本当でもそれに大差はない。真実と幻想など紙一重だ。現実と物語の距離は、わずかだと知っているか? 物語に行きたいなら本を開けろ、現実に戻りたいならそれを閉じろ。本当に紙一重だ。俺の言葉も似たようなものだ」

 相変わらずよく分からないくせに長い言葉だ。しかもそれ以上は何も言わない。まるでそれが全てだと言わんばかりだ。

「嘘かもしれないってことかい?」

「嘘か本当かだけで物事を測るな、そんなのは杓子定規だ」

 一体何が言いたいんだよっと怒鳴ってやろうかとした時、車のクラクションが聞こえてきた。公園の入口に方に黒いセダンが一台停まっている。目を凝らしてみると、運転席には矢倉さんが座っていた。

「来たようだな。それじゃあな蓮見、せいぜい頑張れ」

 教祖は別れを告げるとそのセダンへと向かい、乗り込んでどこかへ走り去っていった。

 肩に重たい何かがのしかかったような疲労を感じた。あの人と話すのは嫌だな。正直、何を考えているかどころか、何を言ってるかも分からない。

 もやもやとした気持ちを抱えたまま、協会の本部へと向かった。

機嫌が顔に出る人はわかりやすくていいです。

出ない人は、妙に勘ぐってしまいます。

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