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拒絶

真実を知った蓮見は春川に……。

「私は、さよを傷つけた。そしてあの子が一番傷ついていたときに、側にいてあげられなかった。改めて自分がやったことを後悔したわ……だから、償いが必要だった」

「それが償い? はは、馬鹿にするんじゃないよっ! あの子を、自分が大切だと思う後輩を言い訳にするなんて、いつから君はそんな奴になったんだよっ」

 幻滅だった。春川は、少なくとも私の知っている彼女はそんなことを言う奴じゃない。

「……言い訳。そうね、あなたの言う通りだわ。けど私には、もうあれしかなかったのよ」

「君ほどの人が、考えて出した結論がそれかい?」

「レイ、買いかぶらないで。私は特別な人間じゃないわ。どこにでもいる、弱い人間よ」

「強いか弱いかなんて話じゃないだろうっ……」

 絞りだすようにそう叫ぶけど、彼女には響かなかったらしく、悲しそうな顔をしたまま首を左右に振った。

「弱いのよ。だから、あなたが言った通りさよから逃げた」

 春川が一歩、前に進み私に近づいてきた。そして、ふふっ微笑む。

「覚悟はできてるわ。警察にいうんでしょう?」

「…………」

 ドキッとした。それは彼女より、私のほうが怖いと思える現実。彼女はさっき言ったように、私に声をかけられた時点である程度、こうなることを覚悟していたのかもしれない。だからこそ、ここまで余裕なんだ。

 でも私は違う。このことに気づいたのは数時間前、そして未だに心の何処かで信じたくないという想いがある。

 警察……彼女を、突き出せっていうのか?

「……どうしたの?」

「動機はどうするんだい? まさか、そのまま喋ったりはしないだろう」

「さよのことは言わない。誤魔化すわ」

 それだけは譲れなかったんだろう、彼女は強い口調になった。

「そうかい。なら私は何もしない」

 くるりと彼女に背中を向けた。

「真実を隠すのなら、贖罪にならない。どうせ警察は君の事件の捜査を早々に打ち切っている。そして事件そのものも、君の計画通り、君以外誰も傷ついてない。自首なんかするだけ無駄だ。やりたいなら一人でやってくれ。もう付き合っていられないよ」

 どうせ物証もない。彼女のことだ、凶器に使ったものくらいもう処分してるだろう。海にでも捨てたに違いない。そうなると本当に彼女の自白のみが証拠になる。馬鹿馬鹿しい。

 これ以上話すことはないと思って、私は歩き出した。これ以上、感情を抑えられる自信もない。あれだけ大声を出しておいて言うのもなんだけど、これでもよく抑止したものだ。

 それに今、私は逃げた。春川を自首させるのが正しい。けどそれから目を背けた。正義に背信した。その後ろめたさが、心にずぅんとのしかかっている。

「レイ、私は――」

「春川、わかって欲しいね。私は今……」

 春川が何か言おうとするのを瞬時に遮り、振り返ることはなく、はっきりと、冷たく、言葉を続けた。

「――君の顔も見たくないんだ」

 それは出会って初めて、私が彼女に示した、明確な拒絶だった。



 胡桃沢さよは目覚ましを設定していた時刻よりも五分前に目を覚ました。むくりと起き上がり、そのまま窓辺によっていき、カーテンをあけると朝日が部屋に差し込んでくるのと同時に、彼女は大きく体をのばした。

 昨日まであった熱はひいて、全身が軽い。気持ちのいい朝だった。

 着替えをして、朝食のパンを食べる。昨日までは消化にいいものをと考え、おかゆやうどんしか食べていなかったので、トーストとバターの味が懐かしく、非常においしかった。

 朝食を摂りながら、彼女は蓮見にメールを送った。『全快したので今日から大学に行きます』とだけ書いておいた。

 さよが彼女にメールを送ったのは、この二日間、彼女からは定期的に『体は大丈夫かい』というさよを気遣ったメールを送ってきてくれたからだった。

 しかしながら、そのメールもどういうわけか昨日の午後から送られてきてはいなかった。何かあったのかなと少し心配になったさよだが、きっと忙しいんだろう考え、あまり深く考えないようにしていた。

 朝食を食べ終えると、さよは大学に行くことにした。ただその前に、机の引き出しを開けて、一枚の写真を取り出してそれを見つめる。

 それは中学の卒業式の写真だった。さよと透が二人、笑顔で卒業証書を片手にしながら並んで笑っている写真。撮ってくれたのは、卒業式にかけつけてくれた春川だった。さよにとっては蓮見に貸したあの一枚と同じくらい、大切で思い出深い写真。

 彼女はそれを胸にあてる。

「行ってきますね、透くん」

 そう挨拶して彼女は写真を机の中に戻して、カバンを持って家をでた。

 大学から近いアパートに住んでいるので、通学時間は短い。少し早く起きた彼女は、余裕をもって通学路を歩いていた。久しぶりの外が、少し嬉しかった。

 しかし、それも長くは続かなかった。大学に近づいたところで、反対側の道からさよに向かって歩いてくる人物がいて、彼女はその人物を見て思わず足を止めてしまった。

 静止したさよにその人物、春川はゆっくりと近づいていき、目の前に立った。さよは驚きのあまり目を丸くして、声が出なかったが、春川はそんな彼女のリアクションを予想していたかのように、優しく笑った。

「大きくなったわね……。ひさしぶり、さよ」

 三年ぶりに聞く春川の声。それはあの時、最後に彼女と話した時の冷たくトゲのある声ではなく、懐かしい、あのいつもの声だった。

「せ、せ……せんぱぃ」

 さよがなんとか声を出すと、春川がまた嬉しそうに笑う。

「相変わらずね、照れ屋さん。けど、成長したわ。一人でここまで来てくれるなんて……頑張ったわね、偉い」

 そう言ってさよの頭を撫でる。思わず、涙がこぼれた。一番言って欲しい人に、一番言って欲しい言葉をもらえたのが、彼女の中で嬉しすぎた。

「わ、私……先輩に」

「それ以上言わないで。あの時のこと、許してなんて言わないわ。あれは全部私が悪かったのよ。あなたを傷つけてしまったこと、ずっと後悔してた……ごめんなさい」

 嫌われているかもと恐れていた。それが怖くて、入学してからも春川とは会わず、ずっと遠目で見ているだけだった。しかし、それが杞憂だったとわかると、また涙が出てくる。さよにとってそれはなにより嬉しいことだった。

「ぁ、謝らないで……ください」

「ふふ。そう言ってくれると、嬉しいわ。ありがとう」

 春川はさよを優しく抱きしめた。

「……透くんのこと、残念だったわね。辛かったでしょう」

 春川もどこかで透の死を知ったのだろう、心の底から残念そうな声を出した。

 透が死んだ時、当然さよは悲しかった。辛くて、耐えられなかった。どれだけ泣いたかも分からない。しかし、春川や他の人達が想像しているより、彼女は絶望はしなかった。

「透くん、言ってくれてましたから……ずっと前から」

 さよは子供の頃からずっと、透の病気のことは知っていた。だから繰り返し入院する彼を、誰よりも心配していたが、同時に覚悟もしていた。なにせ、透本人から、最悪そういうことになる病気だということを聞かされていたから。

『さよ、普通にいよう。僕はそうしたい。さよと普通に過ごしたい』

 病気のことを心配するたびに透はそう言っていた。だからさよも透の病気のことは誰にも言わず、なるべく普通に暮らした。

 そして高二の冬、透が入院し一気に体調が悪化した。さよは毎日病院に通い詰め、ずっと彼の側にいることを選んだ。衰弱した彼は会話するのも苦労していたが、それでもさよが顔をだすと、いつも笑顔になってくれた。

「来年受験だね、さよ。どこか希望校とかある?」

「ない。ねえ、透くんはどこ行くの? 私もそこにする」

 当時のさよに希望校なんてなかった。だから、もし叶うのなら彼と同じ所、それだけだった。しかし、彼は弱々しく首を横に降った。

「僕は……さよが行きたいところに行きたいな。だからさよ、どこがいい? あるはずだよ。なんでぼくたちがあの高校に入ったのか、覚えてるよね?」

 それは忘れるはずもなかった。憧れの先輩を追いかけて、さよは高校を選んだ。けどその先輩は……。

「さよが春川先輩にされたこと、僕は正直、許せないんだ。けど、さよは違うよね?」

 さよは思わず黙る。

「先輩のこと、まだ信じてるでしょ。だからね、僕はそれを確かめるべきだと思う」

「……透くんも、一緒?」

 さよがそう質問すると彼は笑顔になった。

「うん。さよがそうするなら、また一緒だよ」

 だからさよは頷いた。

 しかし透はその約束の二ヶ月後、さよと彼の家族が見守る中、静かに息を引き取った。約束は果たされなかったが、さよは決意した。ずっと自分を助けてくれた幼馴染の最後のアドバイスをちゃんと活かそうと。だから一人で遠く離れた大学に進学することを選んだ。

 今ようやく、亡き幼馴染との約束を果たせた。


「強くなったわね、すごい……私と大違い」

 さよの話を聞き終えると、春川は意味深にそう呟いた。

「また同じ学校ね。仲良くしてくれる?」

 春川の質問にさよはこれ以上なく力強く頷いた。

「じゃあ、一緒にいきましょう」

 思えば時間がだいぶ過ぎていて、始業には間に合わない時間になっていたけど、そんなことはどうでもよく思えた。

「ああ、さよ。聞き流して欲しいけど……ごめんなさい」

「え?」

「だから聞き流して。私はあなたが強くなってることを知らず、余計なお世話をしたみたい。それはとても失礼なことだから謝っておかないといけない。きっと、あの子もこのことを一番怒っていたんだろうし」

 全く理解できなかったが、とにかく聞き流せということなのでそうすることにした。春川が自分に何をしたのか、そして「あの子」が誰かも、さっぱりわからなかった。

 大学までの道のりを、さよと春川は思い出話に花を咲かせながら、楽しく歩いた。

「そういえば蓮見先輩に会いましたよ」

 さよがそう切り出すと春川は急に表情を曇らせた。

「そう……」

 あまりに突然の変化に戸惑ってしまうが、それと同時にさよはあることに気がついた。

「先輩、あの……ほっぺ」

「ああ、これ。なんでもないのよ」

 春川の頬が少し赤みを帯びていたが、さよに指摘されると春川はそれを隠すように右手で頬を覆った。ただ、さよが見つけたのはそれだけではなかった。

「あの……目も、赤いですよ?」

 その指摘に春川は動揺を隠せないようで、目をぱちくりとさせたあと、それを隠すために顔を覆って顔を背けた。こんな焦った彼女をさよは初めて見た。

「どうかしたんですか?」

 さよの質問に春川は答えず、何か言い淀んでいたが、しばらくすると弱々しく微笑んだ。

「なんでもないの……なんでも。一人……そう、一人」

 春川はうつむいて、風にでもかき消されるんじゃないかという声で続けた。

「一人、友達をなくしてしまっただけよ」

これにて五章終了。

あと6章と、7章のみ。

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