自白
教祖の質問に蓮見は……
唐突な質問に思わず口が止まってしまう。教祖は胸ぐらを掴まれているにも関わらず、微笑をうかべたままだ。
「なにを言っている?」
「だから、救えるのかと質問している。冷静になれよ蓮見。ありもしない死者との再会。そんなことを脳内で演出しなきゃいけない連中だ。相当追い詰められているんだよ。なあ、そんなやつらに少しでも生きる希望を与えることは罪か? 罪というなら、お前はそんなやつらを救う他の方法を提案できるのか?」
「そ、それは……」
「できないだろ。できるはずもない。誰かを失ったという心の穴はその誰かしか埋められない。そしてその穴が大きい奴が、そこから抜け出せない。立浪など今はああしているが、俺が出会ったときは今にも死にそうだった。それをああしたのは、ここだ。この宗教だ。お前が騙したと糾弾するなら、正当法でやつらを救える方法を俺に教えてくれ。蓮見よ、誰も救えない正義など悪だ。同時に誰かを救うことができれば悪もまた正義になる。お前の言い分は美しい、美しいだけにそれだけだ。綺麗だ、正しい。それだけだ。それでやつらが救えると思うのか」
大切な誰かを失った悲しみを、正当法で癒す方法と言われてもあるはずない。それは乗り越えるものだ。だから歯を食いしばって生きていくしかない。
「激励の言葉などやつらはさんざん受け取った。しかしそんなもので穴が埋められるはずもない。だから、ここが栄えたんだ。確かに騙したと受け取れるかもしれない。で、それで誰か傷ついたか? むしろ、傷を癒されたやつだっているんだ。蓮見、お前はこれを一方的に悪だと、間違っていると言うのか?」
「……嘘は嘘だ」
「嘘は嘘。その通りだな。で、真実はなにをしてくれるんだ?」
胸ぐらを掴んでいた私の手首を持ち、彼はそう問いかけてくる。まっすぐとこちらの目を見つめたまま。
「蓮見、さっき言っただろう。お前は強い。いいことだ。だがな、みんながそうじゃないんだよ。弱いやつだっている。それを知らないわけじゃないだろ」
「……あなたは、その弱みにつけこんで、金を儲けてるだけだろ。戯言でごまかしてるだけだ」
彼の手を振りほどいて、一歩引いて距離をとる。
「なら告発でもなんでもしてみろ。今俺が言ったこと、信者に教えてやれ。お前のいう真実が、どういうことをするか、その目で見ろ。想像くらいはつくだろ? 戯言だ、虚言だといっても、結局それで救われているやつがいる。それもまた真実だ。告発したところで信じない奴が大半だろうし、もし信じた奴がいても、そいつらが今後生きていく希望をお前は与えられるのか?」
頭の中でこの協会の、この眼の前の男を盲信している人たちを思い浮かべる。彼らに真実を告げたところで、きっとなにもならない。彼の言うとおりになるだろう。
もちろん私に、そんな彼らに代わりとなる希望なんて与えられない。
「ほら、お前だってわかってるじゃないか。そもそも死者に会えないなんて、みんな心の何処かでわかっている。それでも会えたと答えるやつらの精神状態を鑑みてやれよ。もう普通じゃないんだ、普通じゃいられないんだ。普通になったら……わかるだろ?」
「…………」
答えられないというより、答えたくなかった。それは確かに彼の言い分を正当化していたが、どうしても受け入れられなかった。
「さて、時間も時間だな。この協会の種明かしも、お前の質問にも答え終わった。死者には会えない、ゆえに死んだ三名とも当然話せない。事件はやはり生者だけで解決するしかない。当然だがな。以上で話し合いは終了にしようか。なにか他に用はあるか、蓮見」
余裕たっぷりの笑みでそんな確認をしてくる。言いたいことは山ほどあった。きっと今日一日じゃたりないくらい、彼に文句があった。しかしそれを口にしたところできっと何もならないし、私は言い負かされるだろう。
「ないようだな。俺も用事がないわけではないから、これで失礼する。面白い時間だった、久々に楽しかったぞ」
彼はそう言うと私の横をとおりすぎていこうとした。しかし、わずか三歩進んだところで不意に足をとめて「あ、そうそう」と、まるで興味がないことのように喋り始めた。
「せっかく時間を割いてくれた礼をしてやろう。一つだけいいことを教えておいてやる」
また足を進めだした彼は、本当にどうでもいいと言わんばかりの口調で、一言告げた。
「この事件の犯人は俺だ」
「……え」
「二度はいわん。ま、せいぜい頑張れ」
呆然とする私をおいて、彼は静かに部屋から出て行った。
静寂に包まれた部屋は、牢獄を想起させた。
3
『自分が犯人だと名乗ったのか?』
電話口で父は信じられない様子だった。私だって未だにそうなのだから、当然だけど。
「間違いなくそう言ったよ。聞き間違いってことはない」
あの後、しばらく放心状態で部屋に留まっていたけど、教祖が戻ってくるはずもないので協会を後にした。頭の中の整理がつかず、少しの間自分を落ち着かそうと協会の外にある公園のベンチに座り、心を落ち着かせていた。
そして今、とにかく父にあの発言のことを報告しなければと考え、電話した。
『しかし……そんなことありえるのか?』
「知らないよ。とにかくそう言われてしまったんだ。……父上、あの教祖に会ったことはあるかい?」
『いやない。ただ別の刑事があっていて噂はきいている。変わったやつだとな』
変わっている……か。的を射ているというか、的に当たっているだけの感想だな。
「そうかい……とっても疲れる相手だったよ。ずっと煙にまかれている感じだった」
『お前がそうまでいうのは珍しいな』
「あんな人間、初めて会った。なんだか異次元だったね。終始会話のペースを持っていかれた。おかげで、今も混乱してるよ」
額に手をあててため息を吐く。私が一度でもあの会話で有利だったことはなかった。今度会ってもきっと似たようなものだろう。なんだか、物の見方が違いすぎる。そのうえ私はそれを一方的に拒んで、向こうは受け入れつつそれを否定してきた。
向こうのほうが一枚どころか、何枚も上手だった。
『なんだか随分とやられたみたいだな』
「コテンパンさ。ちょっと回復に時間がいるくらいにね。今日は自棄酒でもする。とにかく報告だけはしておくから、あとは警察にお任せするよ」
『ちょっと待てレイ。お前に以前言われていたこと、調べておいたぞ』
電話をきろうとした私を父が急いで引き止める。
『上杉透くんのことだ』
「ああ、調べてくれたのかい。で、どうだった?」
ちょっとだけ元気が出る。さよちゃんの幼馴染の上杉透くんのことが気になったのは、彼女を看病しにいった時のことだ。ある可能性が考えられると思った。
私が考えた可能性は二つ。幼馴染を傷つけられた怒りと、幼馴染をとられたという嫉妬。どちらも無視はできないと考え、父に彼について調べてくれないかと頼んだ。
父は嫌がっていたが、春川の事件に関係あるかもしれないと頼み込むと承諾してくれた。
『上杉透くん。たしかに春川くんと同じ高校の生徒だったようだが……レイ、彼は事件に関係ないぞ、断言できる』
「おや、それはどうして? 明確なアリバイでもあるのかい?」
『アリバイといえばアリバイだが……うーん』
電話口で父がなんだか煮え切らないことを言い、回答を渋っている。
「はっきり言ってくれよ」
『じゃあはっきり言うが……この彼、もう亡くなっている』
「……え?」
想定外の回答に頭が一瞬真っ白になるけど、父が続ける。
『二年前の冬、だから彼が高校二年のときに病気で亡くなっている。間違いない、確認がとれた。だから春川くんの事件に関係あるはずない』
亡くなっている? ああ、そういえばさよちゃんの話で彼は病弱で、入院していたというエピソードがあった。しかしまさか、そこまで重病だったとは予想外だった。
『レイ、聞いているか?』
「ああ、聞いてるよ。どやら当てが外れたみたいだ。わざわざ調べてくれてありがとね」
『別に構わん。声が疲れているぞ、今日は早めに帰れ』
「ああ、善処させてもらうよ」
電話を切って、今日何度目になるかも分からないため息をつく。期待が外れてしまったせいで、元気がなくなってしまった。なんだか今日はいいことがない。
しかし亡くなっているというのは予想外だった。彼女もそんなことは言っていなかったし……。言わなくて当然か。会って間もないのに、幼馴染が死んでるなんて話さないよね。
ベンチから立ち上がり、スマホをポケットにしまったところで、頭の中に雷が走ったような衝撃がした。そのまましばらく動けなくなる。
あの事件について今、ある答えが出せた。それが間違いないかを確認するため頭の中を整理する。そして、浮かんだ一人の少女の顔。さよちゃんの顔が頭から離れない。
「……まさか、彼女」
さて、あの自白は伏線なんですかね?
ところで、次回で一つだけ事件を解決させます。




