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交流

蓮見は教祖に「交流」を体験させられるが……。

 案内された部屋は畳四帖ほど小さな部屋だった。そこにあるのは、仏壇――いや普通の仏壇ではなくて「仏壇に近い何か」だった。仏壇より大きくて、広げられた状態で、部屋にぎりぎり収まっている状況だ。そして派手に西洋風で装飾が全体に施されていている。

 そしてその「仏壇に近い何か」の前に、一枚の座布団が敷かれている。

 部屋全体にはなにかの匂いが充満していた。なんの香りか分からない。いや、世の中の香りという香りを混ぜたような、そんなもの。

「こんな部屋がこの建物の中にはおよそ三百ある。信者は主にここで『交流』――つまり死者と交信する」

「なんだか……匂いがきつすぎないかい」

「いい線香だぞ、お前の好みの問題だな。ただ俺もあまり好きじゃない。しかし必要なものだ。グダグダと話していても仕方あるまい。蓮見、まずは練習でもしてみろ」

 教祖はポケットから数珠を取り出すと、それを片手に持ち、仏壇の前に立つ。

「そこに座れ」

 言われたとおり、座布団に正座する。やっぱり匂いがきつい、少しクラクラするほどだ。しかも部屋の照明が薄暗いせいで、なんだか気分が悪くなりそう。

「練習って……そんなのがいるものなのかい、『交流』というのは」

「死者も人だからな。人間とコミュニケーションをとるわけだ、訓練とまで言わないが場慣れというのは必要だ。ましてや人であって人でないからな。まあ、指示通りやれ。どうとでもなるし、どうにもならんときもある」

 相変わらずの遠回しで、煙にまいた答えだ。しかし、なんだかよくわからないけど、とにかく私は今、この協会の深部を見ている。深部というか芯部か。

「わかった。じゃあ、どうぞ」

「まず蓮見、邪念を消せ。邪念というのは心だ。何も思うな、何も感じるな、何も考えるな。全てを無にしろ。頭を真っ白にするんじゃない、心を空白にしろ。そこに、来る」

 目をつぶって、彼の言うとおりにする。とは言っても、なんだかそれはひどく難しい。

「……今、お前の頭にはお前さえいない。そういう状況をつくれ。早い話しが、眠ってしまえ。もちろん睡眠しろと言っているわけではない、意識を飛ばせと言っている。深呼吸しろ、鼓動を整えろ」

 深呼吸をするとあの匂いが体に入ってきて、不快になる。なんだろう、このラベンダーとか、ハーブとか、とにかくありとあらゆる香りを混ぜたような匂いは。私が愛するニコチンより悪質だ。

「できたか? なら次だ。会いたい人間を思い浮かべろ。あの三人じゃない、お前が個人的に会いたいが、もう会うことができない人間だ。誰でもいい。死に別れたやつだ。いるだろ? 高校の同級生とかな」

 最後の言葉で集中が切れそうになるがなんとか踏みとどまる。協会は私のことを調べ尽くしている。だから私が高校時代、一人の同級生を亡くしていることも知っていて当然か。

「そいつでも、どいつでもいい。会いたい奴を浮かべたか? なら、あとは簡単だ。そいつのことを想え、強く思い出し、思い馳せろ。お前がそいつを思っているなら、そいつと会いたいと思うなら、降りてくる。俺はもう黙る……あとはお前次第だ」

 それっきり教祖は本当に黙った。あれだけ騒がしかったのに、まるで死んだように。それどころか、気配さえ消してる。目を瞑っているが目の前には彼がいるはずだ。なのに、あの一言で、そこから消えたかのように気配がない。

 匂いがきつい。頭がクラクラする。

 それでも言われたとおり、やってみる。頭のなかに会いたい人物を思い浮かべてみる。高校時代、ろくに話したこともない一人の同級生だった。高校三年生のときに交通事故で亡くなった、一人の少女。話したことはなかったけど、故に話したい人物だった。彼女と私の間には、彼女の知らない因果があった。

 会いたいと思ってみる。彼女のことを思いうかべみる。…………。

 ――――。

 ――――。

「……駄目だ」

 しばらく、瞑想みたいなことをした後、私は目を開いてそうつぶやいた。久々の視界には、数珠をもった教祖が堂々と立っている姿が飛び込んでくる。

「何もない。何も起きない。申し訳ないけど、私に『交流』はできなかったみたいだよ」

 しばらくずっと、教祖のいうとおりにしたが何も起きなかった。それどころか、集中力がきれそうだったし、なにより匂いの影響で身体的にどうかしそうだった。ここで長時間過ごすなんて、信者はすごいな。

 教祖は何も言わない。ただ私を見下ろした後、仏壇にあった線香を消した。おかげで匂いが少しマシになった気がする。

「扉、開けてくれないか」

 この部屋、窓がない。だから換気が扉を開けることしかできなかった。

「駄目だ。ただ空気の入れ替えはできる、待て」

 教祖はそういうと壁に寄って行き、そこにあったボタンを操作した。すぐに涼しい風が部屋全体に吹く。空気清浄機が始動したらしい。おかげで少ししたら、体が楽になった。

 突然、教祖が壁に向かって笑い出したのはその時だった。この小さな部屋に、不吉な彼の高い笑い声が響く、それは匂いとは別になにか気分の悪いものだったが、彼は抑えられないらしく、笑ったまま壁を数回平手でバンバンと叩いたあと、頭を抑えた。

「はははっ、はははははははっ」

 なんだか壊れたみたいに笑う。何が何だかわからなくて、きょとんとしてしまう。

「はははははっ。ははははははははっ」

 一通り笑ったあとも、彼はしばらくクククッと不気味に笑いながら、再び私の前に立った。

「会えなかったか?」

「……ああ」

「そうだろうな。当たり前だ、会えるわけがない。死者に会えるなどありえるはずがないだろう。蓮見、お前はまともだな。安心した。そうだ、それが正解だ」

 一瞬、自分が何を言われたのかわからなかった。正解? 

「死者に会えるんじゃないのかい?」

「そんなわけあるか。死者は死者だ、もう逢えないから死者なんだ。どうしてそれと会える、馬鹿言うな」

 頭が真っ白になる。そんな私を無視して、教祖は饒舌に語りはじめた。

「お前が不快といった匂い、あれには頭に刺激を与える成分を含んでいる。だからお前の反応は正常なものだ。ここの信者の連中はもう慣れたらしいがな。この部屋は俺がデザインした、なんというか、雰囲気がでているだろう。この二つと、弱った心、脆弱な人間。それだけあれば、死者は作り出せるんだ」

「死者を、作る?」

「そうだ。蓮見、お前も薄々わかっていただろう。死者に会えるなんてあるはずないと。そうだ、その通りだ。そんなわけない。会えない、だったら作ればいい。ここはそういう宗教だ。いや、それを理解してるやつがいるかは知らんがな。少なくとも俺は何もしてない。こういう場所を提供して、死者に会えたかと信者に問うてるだけだ。そしてやつらが会えたと言う。会えるはずないのにな。やつらは自分の頭の中に、自分の都合のいい死者を創りだして、そしてそれと会話してるんだ」

「ちょ、ちょっとまってくれっ」

 頭が混乱しそうなったので、思わず声を大きくして彼の話を制止した。目の前の男は「ふむ」と黙る。彼が何を言っているのかわかっているのか。この男は、ここの教祖は、いまここは偽物だと、虚像だと言ったに等しい。

「……死者に、会えるんじゃないのか?」

「何度も言わすな。会えない」

「じゃ、じゃああなたは……五千人もの信者を、騙してるのか?」

 私の質問に教祖は「ふんっ」と鼻で笑った。

「騙してる? 俺が? 違うな。俺は場を、雰囲気を提供しているだけだ。死者に会えそうな、交霊できそうな場所を作り出し、貸しているだけだ。だから俺は信者に会えるとは言わない。会えたかと質問しているだけだ。会えたとあいつらが勝手に答えているだけだ」

「ふざけるなっ!」

 勢いそのまま立ち上がって、彼の胸ぐらを掴んだ。

「それは騙してるんだろっ! どうせ、その口で適当なことをのたまって、会えたとかしか答えられない状況を作り出してるんだろっ!」

 たとえば「お前が死者のことを愛していれば逢えるはずだ」とか。そういえば会えなければ愛が足りないことになる。そんなことを受け入れられない人は結果として存在しない死者を作り出す。会えたという答えを出すだけのために。

「おいおい、勘違いするな。ここへの入信希望の奴らは多い、結構な数の人間がお前と同様の反応をした。いいか、正常なやつらは普通にそんなことあるはずないと答えを出す。出せなかったやつらが五千人いただけだ」

「だからそれは、あなたが騙した――」

「じゃあ、お前はやつらを救えるのか?」

そう、そんなことあるはずない。

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