詭弁
蓮見は教祖にあることを持ちかける。
「どうしてあなたは協会を割るようなことをしたんだい。あなたが方針を決めれば拡大派も維持派も生まれなかった」
「退屈だろう。今までは大きくしていくことを考えた。しかしもうある程度大きくなった。なあ蓮見よ、俺は経営者じゃない。無尽蔵に組織がでかくなることだけを考えればいいような、無能ではない。大きくなることが目的ではない、そんなことは手段でしかない。大きくなればその分、可能性も増える。しかしもう十分だ。俺はその可能性をどう使うべきか、やつらに問うた。連中、こっちの真意には気づかなかったがな」
「……さっきから違和感しかない。あなたはまるでこの協会に興味が無いように思える」
私の率直な感想に教祖は声をあげて笑って、手を叩いた。
「蓮見、やはりお前はいいな。女子大生のトラブルシューターなんて安っぽい枠に収まっているのが惜しい。もっとも、お前と関わりをもってそんな評価しか下せないやつは無能に違いないが。いやしかし、この短い会話でよく気づいたな。否定はせん、俺はこの協会にさほど興味はない。ここがなくなろうが、栄えようが知ったことではない」
「ここは、あなたが立ち上げた宗教じゃないのか。どうしてそんな」
「俺が立ち上げたものだ。しかし、だからこそどうでもいい。蓮見よ、お前は今まで色々な厄介事を解決してきたらしいな。お前がそれを始めたきっかけはなんだ?」
きっかけ? 私が色んな人の厄介事に介入して、解決に協力するようになった理由……。なんだっただろう。きっと、警官である父や兄の影響だったと思う。ようは私なりの正義の味方ごっこだった。そして思いの外うまくいき、今現在も継続してる。
「そのきっかけに深い意味はあるか? いや答えなくてもいい。知りたくも、興味もない。それに俺は表情から読み解くのは得意だ。お前がそれを始めたきっかけに大層な意味はなかっただろう。当たり前なんだ蓮見。人が行動をおこすきっかけなど、気まぐれか気晴らしだ。時々自称成功者が大層に自分の体験を語ってくれるが、あんなのただの虚言だ。ようはほとんど思いつきだ。それにツキがあっただけだ」
ツキがあっただけという言葉は少し同意できた。私が色々なトラブルを解決できたのは私が優秀だったからじゃなくて、運が良かっただけ。時々そう思うことがある。
「かく言う俺もそうだ。ここを立ち上げたのは、面白いことになりそうだという動機だ。そして事実、面白かった。この十年、退屈しなかったからな。ただ今は退屈だ。ある程度大きくなると仕事ばかり増えてきて、それも飽きた。今後ここを更に大きくしても同じかと思うと、なんだかつまらない。そこであいつら、代行の連中に言ったわけだ。今後ここをどうすべきか。面白い意見でもあればよかったのだが、見込み違いもいいところだ。やつらは維持するか大きくするかしか案を出さなかった。まったく……使えない」
代表代行はこの教祖に心酔していたが、これがその正体か? 彼らにはまた別の姿を見せているのか。そもそもこれが本心かどうか分からない。掴み切れないなんてものじゃない、さっきから私は彼という人間と触れ合ってさえいない。
「だから興味が無い、この協会に。気まぐれで立ち上げたものに飽きたというだけだ。別に珍しいことでもあるいまい。お前にもそういう経験くらいあるだろ。それだけだ」
「それだけって……」
それだけ? 信者が五千人いるのに? そしてその中には全てを捧げた人もいるのに、もう飽きたからどうなっても構わない。この男は本気でこう言っているのか?
「なにを呆けている。そもそもこの協会が未来永劫存在するはずもあるまい。言っただろう、人は死ぬ。それが早いか遅いかだけだと。ここもそれと同じだ。それが今かもしれないというだけだ」
「き、詭弁だ。あなたはただ無責任なだけだろう」
「詭弁でも真実だ。なら蓮見、未来永劫存続するものが世に実在するのか? ないだろ。あるわけないし、あっていいはずもない。誕生し、消滅するのは世の摂理であり、運命であり、理だ。それが受け入れられないというのなら蓮見、お前は――」
教祖は唇の片側を釣り上げて、すごく邪悪な笑みを浮かべた。
「この協会の連中と同じだ」
世の流れを受け入れられないなら、死者に縋るここの信者と同じ。確かにそれはそうかもしれない……いや違う違う。落ち着け私、会話のペースを持っていかれるな。この男はそれらしいことを言いつつ、話題をそらし、誤魔化しているだけだ。のまれるな。
「……随分とおしゃべりなんだね、ちょっと想像と違っていたよ」
「そう言って俺の口数を減らす気か?」
思わず自然と舌打ちがでた。よめないだけじゃなく、よまれてまでいる。
「……もういい。さっさと話を終わらせよう」
このまま話していても、この男から有益なことは聞き出せない。それどころか怒りのせいでこっちが思わず何か口走ってしまいそうになる。
とにかく私は今、完全に教祖にのまれかけている。なるほど、教祖というのも伊達じゃない。こういう能力を発揮して、ここを大きくしたんだろう。これだけ口達者なら誰かを亡くして心を弱くした人間を取り込むなんて簡単だったろう。
「なら最後の質問をさせてくれ。確認だけど、質問はなんでも答えてくれるよね?」
「ああ、ただ答えるだけならそうしてやる。それが嘘か本当かはお前が見極めろ」
一々面倒な付け足しがはいる。しかし、黙秘がないだけでいい。
これはそういう質問だ。
「じゃあ……大村さん、水島さん、守島さん。この三名にあわせてくれないか?」
最初、教祖はきょとんとした表情をした。初めてこの男の意表をつけたことに、ちょっとした喜びを感じる。
「『クロスの会』は死者と交信できる宗教なんだろ。そして死者は誰でも構わない。なら、殺された三名とも交信できるはずだろ? 私、前々から思っていたんだよ。ならその三名と交信して、真実を聞き出せばいいと。被害者なんだから犯人の顔くらい見てるはずだろ?」
今度は私が意地悪な笑みを浮かべる。この質問はいずれ協会関係者の誰かにしてやろうと考えていたものだ。教祖にできるなんて、ラッキーだ。本当にいやらしい質問だからね。
できるといえば犯人がわかることになるし、できないといえば協会の存在意義に関わる。
教祖はしばらく黙って私の目を見つめたままだったが、少ししてからまた笑い出した。最初は小さな笑い声だったのが、しだいに大きくなっていき、最終的にホール全体に響くほどの高笑いになっていた。
思わぬリアクションにこっちが戸惑ってしまうが、教祖は相変わらず笑い続け、本当に愉快そうに手を叩いている。
「蓮見、お前は本当に面白いな。最高だ。立浪がお前が事件に介入させることを同意を求めてきたときは、なにを考えているのかと思ったが、なるほどこれはいい」
教祖は笑い終えるとポケットからPHSを取り出し、それでどこかに電話をかけだした。
「矢倉か、俺だ。今空いている部屋はどこだ? ……そうだ、ホールから近い方がいい。あとなるべく近くの部屋が使われていないところだ。……ふむ。……あったか。……ああ、そこでいい。そこの鍵をあけておけ……あと、しばらくその付近は立入禁止だ、お前もな。わかったか?……ならいい。『交流』の用意だけしておけ」
どうやら矢倉さんに連絡していたらしく、それが終えるとPHSをポケットにしまった。
「蓮見、お前の要望に応えてやる。ただ邪魔はされたくない。携帯の類の電源はきれ」
仕方なくポケットからスマホを取り出し、それの電源を落とす。もちろん、その様子を教祖にも見えるようにした。画面が真っ暗になったスマホを、再びポケットにしまう。
「よし、じゃあ従いてこい」
教祖はそのままホールから出て行く。ちょっと私の予想していた展開と違っていて、戸惑ってしまうがとにかく従うほかない。
しかし、あの笑いに、あの余裕……もっと焦ったりしてくれるかと思ったが、全然違っていた。本当に死者に合わせることができるのか? まさか……できたなら、もっと早くやっているだろ。あの質問は彼にとって、不都合なはずだったのに。
一体、なんだっていうんだ。
どうしてミステリもの(小説、映画、ドラマなど)で一番多い種類の事件が「殺人」だと思いますか?
事件というのは、一番の手がかりは「被害者の証言」なんです。
これの右になでるものはそうありません。
殺人は最初からそれを考えなくていい。作り手として、とってもやりやすい事件だったりします。




