教祖
蓮見はいきなり矢倉に呼び出され……。
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スマホのアラームではなく、着信音で目が覚めた。
むくりと起き上がって、近くにあった時計を見ると午前十時だった寝過ぎたね。昨日は結局三人でアイスを食べた後、ボーリングやカラオケに行ったりして、遊び疲れてしまったようだ。いい気分転換にはなったのだけど。
未だに震えるスマホを手にとって、応答した。
「もしもし」
『おはようございます、蓮見様。協会の矢倉でございます』
意外な人物からのモーニングコールに少し驚いてしまう。
「あ、あぁ、おはよう。驚かされてしまったよ。というか、矢倉さん、大丈夫なのかい」
彼女は守島さんの死を目の前で目撃して、血まで浴びてしまった。警察が聴取できないほどショックを受けていたと聞いていたけど。
『はい、心配をおかけしました。もう大丈夫でございます。あのときは見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありません』
「いや、見苦しいものを見たのはあなただと思うが……まあいいや。それで今日は何かな」
『蓮見様、これから何かご予定がなければ『Cross Hall』に来ていただけませんか』
「行けることは行けるけど、何かな」
『それではお越しください。お待ちしております』
私の質問に答えることはなく、彼女は電話をきった。相変わらず機械的だ。しかし、本当に何の用だろう。よくよく考えれば、彼女からの連絡って初めてじゃないのか。
もしかしたら昨日私があんなことをしたから、立浪さんがなにか気をかえてしまったのかもしれない。
素早く着替えて、カロリーメイトを片手に私は家を出た。
協会の周辺には物々しい警備がしかれていた。一体何社の警備会社と契約したのか。警備服のいかつい男たちが建物の外にも中にもいた。
中に入ると驚いたことに受付には誰もいなかった。あの閑散とした玄関が、さらに静まり返っている。なんだか余計に落ち着かないなと思いつつ、私は『Cross Hall』へ向かった。
ホールの前について、大きな扉を数度ノックしたが中から返答がない。全く、今日は一段とおかしなところになってるな、ここ。
意を決して扉をあけて中に入ると、そこには一人の人物がいた。
その人物は若い男だった。若いといっても私よりは年上の、おそらくは三十歳くらい。肩くらいまで伸ばした長髪に、細長い顔。十字架のピアスにネックレス、そして全身黒一色の服装。
彼は私が入ってくるのを待っていたようだが、出迎えの言葉はかけてこなかった。少し遠目に私の顔をまじまじと見つめた後、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
そして私の目の前で立ち止まると、急に微笑んだ。男のほうが長身なせいで、見下されるかたちになる。
「想像していたのとは違うな。平凡な容姿だ。しかし……面白い目をしている」
「……いきなり失礼なことを言ってくれるね」
「安心しろ。褒め言葉だ。いや、どう受け取っても構わん。言葉などそんなものだ。平凡が嫌なら、平常と言い直そう」
それに大差はないように思えるのだけど、そう反論する前に男が言葉を続けた。
「問題は容姿などではない。俺は飾りになんて興味はない。目だ。お前は想像していたより、面白い目をしている。曇りのない、綺麗な瞳だ。そんな人間は少なくないが大抵の場合はただ脳天気なだけだ、だから雲などない。しかしお前は違うな。雲を晴らそうとしている。結果としてその目をしている。強い人間の、いや、強くあろうとしている人間の目だ。ここでは見られないものだから、珍しい」
何が面白いのか、男は「ははは」と笑った。そして急に握手を求めてくる。私は差し出された手をとらず、男の目を覗きこんだ。黒い瞳からは男の心情は一切読めない。
「はじめましてなんだ。自己紹介はいらないのかな?」
「お前のことなど立浪からさんざん聞いている。あれは報告でミスをするような無能じゃない。俺はお前のことをもう知り尽くしている」
「そうかい。なら、自己紹介してくれ。名前も教えてもらってないからね」
男は鼻で笑うと、差し出していた手を引っ込めてポケットの中にいれた。
「つまらないな。名前など求められるとは。名前なんてただの記号だ。記号なんてただの印だ、重要だが必要ではない。そんなものを求めるな。俺をがっかりさせるな蓮見。好きなように呼べ、それが俺の記号で印だ。お前が決めろ」
全然本心が掴めない。会話が合わない。目の前にいるのに真っ黒のベールで覆われているようだ。男から一方的に私に話しかけてきているだけで私の言葉は全て受け流される。
「……私から言わせてもらうと、あなたは想像以上にめんどくさいし、うさんくさい」
「慧眼だな。そういう目は大切だ」
「あだ名やニックネームで呼ぶのも悪くはないと思うけどね。私、そういうことは仲の良い友だちとしかしたくないんだよ。だから私も、みんなと同じように呼ばせてもらうよ」
私は睨みつけるように男を見上げ、彼を「記号」で呼んだ。
「――教祖様」
「信者以外にそう呼ばれるのにも慣れたが、お前に呼ばれるとしっくりこないな。だがそれでいい。それが俺の一番の記号だ。どうせ長い付き合いにはならないのだからいい」
長い付き合いにならないというのは、私からしてもいいことだ。
「しかし、会ってもらえるとは思っていなかったよ」
「会う必要性を感じなかったからな。俺としてはお前のことは立浪がかけた保険だと考えている。しかし、思いの外話を聞く限り面白そうだと思って呼んだ。期待通りであり、期待はずれであり、期待以上だ。中々面白い」
この男が私に何を期待していたのか知らないが、何にしても相手が勝手に期待していただけで、私が気にするところじゃない。
しかし、何が可笑しいのか、この男、ずっと微笑を浮かべていのが奇妙だ。
「で、朝一から叩き起こして、私に何か用事があったのかい」
「別にない。いや、俺としては全くないと言ったほうが正しい。しかし、どうせ暇だ。お前は俺に用があるだろう、付き合ってやる」
どこまでも上から目線で話していて嫌になる。けど教祖の言うとおり、私は彼に訊きたいことがある。
「じゃあ、そうさせてもらおうか。まず、あなたは事件についてどう考えているんだい?」
「事件。それはどの事件だ。大村が殺された件か、水島が殺された件か、守島が殺された件か、それともお前の友達が襲われた件か。どの事件だ?」
「それら全部だよ」
「なるほど。どうでもいいな」
即答だった、短くきっぱりと答えられて、思わず次の言葉が出なくなってしまった。
この男今、なんて言った……。
「どうした、次の質問はないのか」
「い、いや、ちょっとまってくれ。あなた今、どうでもいいと、確かにそう言ったか?」
「二度言わせるな」
こっちだって二度と聞きたくない。けど、確認せざるをえない回答だろう。
「春川の件はまだいいとしよう。しかし、他の事件は協会の、あなたの協会の関係者が殺された事件なんだよ、それをどうでもいいって……」
「人は死ぬ。それが遅いか早いかだけで、奴らの場合はそれが今だっただけだ。嘆くことも悲しむこともない。摂理に従い、運命は廻った。それだけのことだ。そしてそんなことは毎日起きていて、今俺たちがこうして話している間にもそうなっている。なあ蓮見よ、お前は一々それに構うのか?」
「そんな馬鹿でかい話はしてないよ。あなたの腹心が殺された、あなたはそれに対して何も感じないのかって聞いてるんだ」
「馬鹿でかくないぞ。むしろ小さいだろ。人の死など、ありふれている。お前は警官の父がいるんだろ、なら交番に行け。交通事故で死んだやつが、黒板に数字として羅列されているぞ。死はありふれていて、溢れかえっている。そしてそれが今回、この協会を取り巻いている。運命というのは、命が運ばれるという意味だ。それが立て続けに起こった。不思議はない、不可解でもない。謎も解もない。そういうことだったというだけだ。それに何か思うなど、無駄だ」
「話が長いよ、鬱陶しい」
イライラしてきたという言葉で納めればまだ良い方だ。私が想像していた回答と違った以前に、私が想定した常軌を逸している。なんだこの人……何を考えている、これが本心かどうかもわからない。
実際こうして私が怒りのせいで言葉遣いが荒くなり、奥歯を噛み締めている間も、相手は表情を崩さない。余裕のある微笑をうかべたまま、見下ろしてくる。
「大村は信者でもなかった。立浪との連携がよくできた有能な奴だった、金さえ出せばいくらでも仕事をしてくれたのも助かった。しかしそんなやつは、ここまで協会が大きくなればいくらでも探し出せる。水島と守島も代行にはしたが、代わりはいくらでもいる。矢倉でも昇格させたらなんとでもなる」
「……あなたは、代表代行をどう思っているんだ? あなたを信じて、全てをあなたに託している。そんな人たちを」
「それは奴らが勝手にやってることだ。やってくれるから、やってもらっているだけだ」
言葉が通じないというとおかしいか、日本語として会話は成り立っている。これがもし小説で、文字だったなら違和感のないやりとりにみえるだろう。けど実際はそうじゃない。言葉は通じていても、想いは通じていない。会話は成り立っていても、そこにコミュニケーションは存在しない。
私達二人のやり取りは、そんなものだ。中身がない。
「……もういい。次にいこう。言葉も時間も無駄だ。あなたはこの先どうするつもりだい?」
「この先? ああ、事件をうけて協会としてどうするのかということか。さてどうしようか。またそれもあいつらに決めてもらってもいい。俺としてはそれもどうでもいい。強いて言うなら、さっさとこの厄介事は片付けたい。なにせ外野がうるさすぎる」
どうやら事件解決は望んでいるらしい、理由は私や他の人と大きく異なるみたいだけど。
「それもあるけど違う。この協会をどうするんだい? 大きくするのか、このままにするのか。いや、こうなったら大きくはできないだろう。こんなに連日マスコミに騒がれたら」
「悪評などどうとでもなる。もう二十年ほど前にテロをおこした、あの宗教組織。お前も名前を知っているだろう、あのひげをたくわえた不審者を崇めていたあの組織だってな、今は名前を変えて別団体となってはいるが、信者は増えている。悲劇は悲劇を上回る。悲しいことを抱えた奴らが現実に目を背けるのは変わらない。悲劇がある以上、ここはなくならない。大きくなり続けるだろう」
「そんな上手くいくものかな」
「蓮見、甘い。甘すぎて、吐き気がする。二度言わすな、死は溢れかえっている。そしてそれを受け入れられないやつも同等か、それ以上だ。そしてそんなやつらは藁をもすがる。取り込むことなど簡単だ。俺が協会をたちあげて、今年で十年。立浪と会って五年。今の信者は五千人。いいか、どうとでもなる」
甘いのは彼か私か。それは分からない。本当なら彼だと断言したいけど、実際にここまでこの怪しげな組織を大きくした実績を考えると彼が過信しているとは言い切れない。
拳をぎゅっと握り締める。
「ここでやっとかよ!」というツッコみをされても仕方のない登場の遅さ。




