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硝子

蓮見は立浪にあるサプライズを仕掛ける。

 父からの電話がすぐにかかってきたので、詳細を丁寧に教えた。あとで警察の方から再度、ちゃんとした調査がおこなわれるだろうが、こういう事実がでてきただけで十分だろう。事件の関係性さえあれば、捜査の幅も広がる。 

 あとは警察がこの名簿がいつどこで改竄されたか調べてくれれば最高なんだけど、さすがに犯人もそこはしっかりしてるだろうな、手がかりを残す様なぬかりはないだろう。

「では、私は協会の方でまた仕事がありますので」

 今の事態を受けて立浪さんは忙しくなるようだ。立ち上がって去ろうとする。

「うん、そうだね。ただちょっと待って欲しい」

 私が彼を止めると同時に、隣の部屋の扉がゆっくりと開いた。そして二人の人物が出てくる。その姿を見て、彼は本当に驚いたようで言葉をなくしていた。

 一人は春川。そしてもう一人は、彼の実の娘の彩愛ちゃん。

三ヶ月ぶりの親子の再会だった。

「……蓮見さん、これはどういうことですか」

「なんてことはないよ。私が自宅に二人友人を招き入れていた、それだけさ」

 今回、話し合いの場を自宅にしたのはまさにこのためだった。人がたくさんいるからなんて言い訳にすぎない。この演出をするためにわざわざ彼をここに呼びつけた。

 彩愛ちゃんは春川の隣で、久しぶりにあった父親にどう声をかけていいかわからずにいた。そんな彼女の背中を、春川が励ますようにぽんぽんと優しく叩いている。

「……蓮見さん、私はあなたに脅迫状の件は依頼しまいたが、これは」

「そう、これはそれとは別だ。けどあなたに止める権利もないな。私は小さな友だちのため動いているに過ぎない」

 別件逮捕なんて言葉があるけれど、いわばそれみたいなものだった。ようは口実だ。

「パパ……」

 ようやく彩愛ちゃんが声を絞り出した。それに立浪さんは困った顔をする。彼女と同様に、彼もまたそれにどう応えるべきかわからないんだろう。

 親子ってこんな複雑なものじゃないはずなのにね。

「……パパ、私ね、パパとお話しが」

「彩愛、今パパは忙しいから、また今度にしよう。おばさんたちの言うことをちゃんと聞いているか」

 娘の言葉を遮って彼がそうまくし立てると、彼女は悲壮感にあふれた表情になった。

「こ、今度って……いつ?」

「ちょっとわからないな。今、パパは忙しいんだ。知ってるだろ。時間はとるから」

「前も、そう言ってたじゃん。私、ちょっとだけで」

「彩愛、何度も言わせないでくれ」

 立浪さんがふうっとため息をはいた。この場にいるのがとても嫌なんだと肌身で感じる。

「そ、そうやって、いっつもいっつもじゃんっ。パパ、ママが死んでから私のことなんて見てくれてない! 忙しいのはわかってるよっ、だけど私は……私はっ」

 せきを切ったかのように彩愛ちゃんが声を張り上げて、最後にはそれを震わせていた。

「私はっ……パパが心配で、ただそれだけなのに」

 彼女の瞳から大粒の涙が溢れる。それを見ても、立浪さんは表情を変えなかった。ただ、少しだけ目を伏せたのは見逃してやらなかった。

「……心配ない。時間はいつかとるから」

 これ以上話すことはないというように立浪さんは彩愛ちゃんに背を向けた。そして数歩進んでから、立ち止まる。

「蓮見さん、できれば今後はこういったことはやめていただきたい」

「そうかい。なら、そうしよう」

「これは親子の問題ですので。親子の問題は、親子で解決すべきでしょう」

 決してこちらに顔を向けず、そう問いかけてくる。

「そうだね。今回は私の余計なお世話だったようだ。ただ最後に、もう一つだけ余計なお世話を言わせてもらうとね」

 小さく息を吸い込み、彼の背中を睨みつけながら、その言葉を投げつけた。

「娘を泣かすような父親が、親子のことなんて語ってくれるんじゃないよ。虫酸が走る」

 立浪さんはそれに応えることはなく、そのまま立ち去った。

「レイ」

 静まり返った室内で春川が私に呼びかける。

「スッキリしたわ。ありがとう」

 春川も相当腹を立てていたようだ。というか彼女かなり怒っていたからな。さっきは親子二人で話し合うべきだと思って口を出さなかったけど、見ていた限り、彼女は何度も何か言おうとしていた。よく抑止したものだ。

 彼女の隣では彩愛ちゃんが泣いていた。彼女はその背中をさすりながら慰めている。

「彩愛ちゃん、今回はこうなったけどまたなにか仕掛けてみよう。ちゃんと君の力になるから」

 彼女に寄って行き、その頭を撫でながらそんな無責任なことを言ってみる。

 彼女は服の袖で両目をこすりながら、こくこくと何度も頷く。できれば子供の泣き顔なんて見たくないんだけどね。私、涙には弱いんだよ。

「……なんで、こうなっちゃったのかな」

 彼女が涙声でそんな疑問を口に出した。

「ママが生きてた頃は、パパ、優しかったのに……。絶対、絶対、あそこのせい」

 あそこというのは協会だろう。彩愛ちゃんの話によると立浪さんは五年前、奥さんを亡くすまでは非常に良い父親だったらしい。しかしそれ以降はおかしくなって、彩愛ちゃんにかまうこともなくなった。

 そして協会に関わってからは仕事も辞めて、協会のことだけに専念しはじめた。

「会いにきてくれるんだよ、時々。だいたい……三ヶ月に一回くらい。けど、その時だって、あそこのことばっかり。パソコンで仕事ばっかりして、私のことなんて相手にしてくれない……おじさんとおばさんに言われて、来てるだけ……」

 自分で語っていてまた悲しくなったのか、彼女の目から一度止まっていた涙がまた流れだして、それを春川がハンカチで拭く。

「……ケースだね」

 私がぽつりとつぶやくと、二人が顔をあげて「ケース?」と聞き直してくる。

「そう、ケース。正確にいうならガラスケースだ。彼ら、立浪さんを含めた協会の人たちっていうのは、今そこの中にいるのさ」

 これはあくまで私から見た、あの教会への感想だった。

「彼らは閉じこもってる。現実が受け入れられなくて、逃げてしまっている。そして同じ傷を負った仲間たちと寄り添うように、そのガラスケースの中に篭って、身を守ってる。ガラスケースだからね、中身はクリアなものさ。中にいればお互いの顔もちゃんと認識できる、外の光も入ってくる。一見すると何の変哲もない」

 けど、実は大きく違う。

「ただそこは逃げ道、彼らの砦。外側からこじ開けることはできない。彼らからすれば自分たちは正しい。間違っているのは、曇った景色のむこう側にいる私達だ」

 透明なガラスケースの中にいる自分を想像してみる。真っ白な部屋で、大きなガラスケースがある。私はその中に入り、外を見る。光の屈折で、外の景色は歪んで見える。しかし、ケースの中はクリアで綺麗だ。

「人間は綺麗なものを信じたがる。だから彼らからすれば、閉じこもっている人間からすれば、間違っているのは私達なのさ。どんな言葉も無駄かもね。ようは、最終的に彼らが、自分たちがおかしな場所いると自覚して、そこを抜け出さないといけないと覚悟して、外に踏み出す以外はないんだよね」

 ガラスケースの中からの風景は歪んで見える。けど実は歪んでいるのは中に入った彼ら。

「……よく、わかんない」

 彩愛ちゃんが私の長ったらしい語りに、率直な感想を述べる。上手く説明できなかったかな。けどそれでいいさ。

 私が協会をガラスケースと例えたのは、透明で歪んでいるからじゃない。

 ガラスケースは、しょせんガラスだ。ちょっとした衝撃でヒビがはいり、いつしか完全に砕けてしまう。協会は今、そんな危ういものだ。もしそうなれば中にいた人間は無傷じゃすまない。そして最悪の場合は――。

 私は彩愛ちゃんを見つめる。

「外にいる人間も……ね」

 そのつぶやきは二人には聞こえなかったようだ。

「さて……彩愛ちゃん、君、アイスクリームはすきかな」

 唐突な質問に彼女は当惑したようだったけど、うんと返事をした。

「なるほど。じゃあ、美女二人と美少女でおでかけといこうか。なんだか辛気臭くてたまらないよ。暗いことが続きすぎてるし、ここはガールズデートで気分転換しようじゃないか。近くにアイスクリーム屋さんができたらしいんだよ。どうだい、これから?」

 私の突然の提案に最初二人はぽかんと口を開けていたが、しばらくしてから春川が「そうね」と笑顔で返事をしてくれた。

「予定はないし、私はいいわよ。彩愛ちゃんは?」

 春川が確認すると彩愛ちゃんは急に変わった私達二人の変化に少し戸惑っていた。当然、意味もなくこんな提案したんじゃない。彩愛ちゃんにはちょっと楽しませることが必要だ。彼女は、色々と抱え込んで、張り詰めている。子供らしくないからね、そんなの。

「この前は春川と二人で出かけたんだろ。今度は私も混ぜてほしいね。心配いらないよ、お姉さん二人の奢りだ。君は楽しめばいいのさ。春川がいなければ、自棄酒でも教えてあげられたんだろうけどね、ちょっと恐いからやめよう。感情が爆発しそうになったら、何かにぶつけるのが一番だよ。今日は自棄食いするといい、お腹を壊さに程度にね」

 彩愛ちゃんはしばらく迷っていたがけど、春川が「いこ」と催促するとうんと返事をして、私の計画どおりガールズデートは決行されることになった。もちろん彩愛ちゃんのためではあるけど、その恩賞を私がちょっとは受けてもいいよね。私最近がんばってるし。

「ああ、レイ、言っておくけどね」

 さて出かけようと心踊らせながら準備をしていた私に、春川が声をかける。

「提案した以上、あなたのおごりよ?」

 彼女はニッコリと笑って、隣の彩愛ちゃんに「ね?」と同意を求めた。彩愛ちゃんも彩愛ちゃんで、意地悪そうな笑みを浮かべたあと、そうだねとさっきまでの泣き顔が嘘のように元気よく春川に同調した。

 どうやら、春川には私の下心もばれていたみたいだ。

「……降参だよ」

 高いデート代になりそうだ。

 まあ、二人が笑ってくれるなら、安いものなんだけね。

次話、いよいよあの方登場させます。

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