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誓約

事件の概要を説明すると彩愛は……。

 つい先程の事件を含めて、少なくとも私の知る限りを全てを話し終えた。聞き終えた彼女のリアクション戸惑っている。驚いたり、ショックを受けたりすることは多少覚悟の上で話したわけだけど、彼女の反応は私の予想を超えていた。

 話の途中から顔がだんだんと青くなり、今は小さく震えている。春川が「大丈夫?」と心配と問いかけるけど、それにノーリアクションで反応しない。

 春川が少し批判めいた視線を向けてくる。

「え、い、いや、私、かなりオブラートに包んで説明してただろ?」

「やっぱり話したのが間違いだったんでしょう」

 それを言われてしまうとぐうの音も出ない。けど黙っているのもかわいそうじゃないか。

 それにしても、ここまでショックを受けるのは予想外だ。彼女の場合、父親が容疑者であり、同時に被害者になるかもしれないと聞かされたわけだから、平常心でいろというのが無理な話しか。

「いや、彩愛ちゃん、そんなにしんぱ――」

 慰めようとしたのに、最後まで言えなかった。俯いてた彼女が一気に顔をあげて、私のところへ寄ってきたからだ。突然の行動に私は困惑してしまい、春川も呆然としている。

「ぱ、パパはっ、パパは大丈夫なのっ!?」

 相当立浪さんのことが心配らしく、すごい形相で訊いてくる。

「あ、ああ、大丈夫だよ」

 今のところはという言葉を続けなければいけないところなんだけど、さすがに控えた。

「言っただろう。今日は確かに守島さんという人が何者かに殺された。だけど、立浪さんは無事だ。安心するといい」

「け、けど、あのおばさんとパパって……なんていうか、その」

 言葉が出てこないのか、それとも言いたくないのかはっきりしない。ただ言いたいことはわかる。つまり「仲間」ということだろう。

 ただ、あのメンバーのやり取りを見ている限り、どうもそれは違うだろうけどね。

 私は彼女の頭にぽんと手をのせて、彼女を落ち着かせる。

「君のお父さんは大丈夫だ。心配なのはわかる。けど、安心するといいよ」

「ど、ど、どうやってよ?」

「うーんとそうだねえ……じゃあ、こうしよう」

 私は彼女の目の前に小指だけ立てた右手をさしだした。

「指切りだよ。最近の小学生はやらないのかい? 君のお父さんは、私が守ってみせよう。それをここで約束してあげる」

 ニッコリと笑いながら私は彼女にそんな提案をした。

「守るって……どうやって?」

「ようは犯人を捕まえればいいのさ。あ、信用してないね。実は私、できる女というやつなんだよ。特に、可愛い子との約束は破ったことがない」

 いつもの調子でそうふざけてやると、彼女は顔を赤くした後、馬鹿じゃないのと言いつつ、私と指切りをした。

「約束……」

「そう、約束だ。誓って、君のお父さんを守ってあげる。だからそんな顔をするんじゃないよ。笑って」

 子供は笑うために生まれてきてるんだから。そんな青い顔をするものじゃない。

「春川、お話したらまた喉が渇いたね」

「手伝って」

 彩愛ちゃんにちょっと待っててとお願いして、私と春川はキッチンに行った。

「私はブラックコーヒーで。悪いけど、ちょっと外で一服してくるよ」

 私は胸ポケットからタバコを取り出して、それを彼女に見せる。彼女はそれについては何も言わず、さっきの話に戻した。

「安請け合いじゃないの?」

「別にたいしたことじゃないだろ。ようは犯人を捕まえればいいのさ。私じゃなくても警察がやってくれるかもしれない。それにね」

 私は背を向けてキッチンから出ていく。そして最後に少し振り向いて、笑ってやる。

「女の子の涙が安いなんてことはないよ」

 春川のリアクションや返事を待つこともなくそのまま外にでた。彼女は責任感が強い、それは逆に無責任なことが嫌いということだ。今の約束は彼女にそう見えたんだろう。

 タバコを咥えてそれに火をつける。ニコチンが体にめぐることで少し冷静が戻ってくる。私の中に沸き上がっていた感情が、一時的に鎮まる。それは同情であり、怒りだ。

 彩愛ちゃんの話には同情し、そして同時に立浪さんに腹がたった。その二つの感情に任せての約束をした。春川が無責任と糾弾したけど、そんなことわかってる。

 ただ彼女と私の感じ方は違う。春川は「本当にそんなことができるのか」という意味で心配している。私は少し違う。私が最も恐れなければいけないのは、立浪さんが犯人だった場合――。

 そうなれば彼女はきっと、今よりずっと辛いことになる。そうなれば私は何もできない。

「……厄介だね」

 煙を吐き出して、そんなことを愚痴った。



 桐山彰はその日、仕事を休んだ。電話口で上司がなにか嫌味を言ってきたが、そんなのを聞き流して電話をきった。

 彼が仕事を休んだのは昨日のできごとが原因だ。目の前であんな死に方をされれば、脳天気だと言われる彼でも少しは引きずるし、そもそも彼は血が苦手だった。昨日のあのシーンが未だに脳に残っている。

 ただ、それだけではなかった。今日は恋人の月命日だったというのもある。彼の恋人。三年前に事故で死んだ、彼の最愛の人。高校一年のときに出会い、そのままあまり時間をかけずそういう関係になり、高校の三年間、ずっと一緒に過ごした。彼にすれば、色褪せない最高の思い出。

 もちろん一緒の大学に進学した。そして大学でも二人仲良く過ごしていたが、悲劇は彼の目の前で起こった。大学の帰り道、二人でいつもどおり駅まで歩いていたとき、後方からバイクが走ってきたのだ。

 あまりに突然のことではっきりとしたことは覚えていない。ただ、彼の記憶には手をつないでいた彼女が急に吹き飛んだのと、アスファルトに頭を打ち付けて血を流していた姿が今でも焼き付いている。

 バイクは飲酒運転で暴走だった。その犯人も彼女をひき、そのままの勢いで電信柱にぶつかり、おそらくは自分が人を殺したこともわからず死んでいった。

 別れの言葉もない。彼女は即死、なんで自分が死んだのかもわからなかっただろう。

 愛した人も、恨むべき人間もいない。彼は事故直後、生きた屍だった。友人たちや親族が慰めてくれたが、毒にも薬にもならなかった。彼は彼らがなんと言ってくれたか、まるで覚えていない。それくらい中身のないものだった。

 ただ一人を除いては。

「死ぬのか?」

 ある日、彼がなんの活力も持たず、ただ大学に行かなければという義務感だけで通学していた時、そんな言葉をかけられた。目の前には黒い服で全身をまとった、自分より少し年上の男が、ポケットに両手をいれたまま立っていた。

「いや、死ぬというより殺しそうだな」

「なんだよ、お前」

「何者でもない。気にするな。そもそも何者かであったところで、そんなものは些細な問題だ。それよりお前だな。暗いぞ、暗すぎて見えない。お前も自分が見えてないだろ?」

 意味がわからなかった。どうしてこんな男に話しかけられたのかもわからない。無視して通りすぎようかとも思ったが、あまりに失礼な言葉に苛立っていたせいで、男の言葉に噛み付いた。

「うざいなあ。ほっとけよ。蹴飛ばすぞ」

「なにをそんな苛立っているんだ? 俺か? いや、俺にもだろ? お前は今、ずっとどうしていいかわからない怒りを飼っている。だが手懐けてはいないようだな。忠告してやる。そのままでいてみろ、お前はいずれ、誰かを、お前を、破滅させるぞ。なあ、それはお前の、いやお前を想う誰かの望むところなのか?」

 どこまでも余裕で、見透かしたような口調が桐山の苛立ちを加速させる。この男はなにを知ったようなことを言っているのか、そんな怒りで頭がいっぱいになる。

 気づけば、桐山はその男に殴りかかっていた。彼はそれをよけることもなく、抵抗することもなく桐山の拳を頬で受けた。

「満足か?」

 少し赤くなった頬を気遣う素振りも見せず、男が微笑を浮かべながら問いかけてくる。

「なあ、満足なんかしてないだろ。どうだ、もっと殴ってもいいぞ」

「なんだよお前。気持ちわるいよ」

「俺のことなどどうでもいいと言っただろう。問題はお前だ、お前の気持ちだ。どうだ、今ので満足したのか。なあ、お前の怒りは、悲しみは、こんなもので消えるのか?」

 男が一歩だけ足を踏み出し桐山に近づく。

「未だにお前の瞳に光はない。真っ暗だ、暗黒だ、これは深刻だな。あの程度ではお前の傷は癒えないだろ?」

 また一歩、彼は桐山に近づく。

「な、な、なんだよ」

 男の余裕が不気味で、急に逃げ出したくなったが、どうしてか足が動かなかった。

「お前の傷を癒せるのは、俺じゃないよな。じゃあ、誰だ。お前はそれをよく知ってるだろ?」

 桐山の傷を癒せる人間は、この世に一人しかいない。しかしそんな彼女ももはや「この世」にはいない。そう思うと彼は頭を抱えたくなった。それはただの絶望だった。

「お前に光を、希望を、救いをやろう」

「……は?」

「今、お前の頭にはお前を救える人間がいるはずだ。なあ、そいつに会いたくないか?」

 愚問だ。会いたいに決まっている。彼女に会えるのならなんでもできる。

 男が一歩近づく。男と桐山の間には、もうほんのわずかな隙間しかなかった。男はその距離から桐山の瞳を覗きこみ、満足したように頷いた。

「答えはでたようだな。ついてこい」

 急に男が背中を向けて、どこかに歩き出した。そして呆然とする桐山に振り返り、不敵に笑った。

「会わせてやろう――彼女に」

 その後、桐山はそのまま男について行き、怪しげな建物の一室に連れ込まれた。

 そしてそこで、彼女と再会した。


 協会と関わりをもったきっかけを思い出しながら、彼は墓参りの支度を終え家を出た。つい数日前まで三寒四温だった気候も安定してきて、春の陽気を演出している。これが夏の暑さに変わらなければ最高なのだが。

 家を出てからしばらく歩いたところで、反対側の道から一人、誰かがこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。その人物は桐山が驚いて立ち止まってしまうと、微笑みながら手を振って、小走りで近づいてきた。

「桐山さん、一日ぶりだね」

 彼女、蓮見レイはそう挨拶してきた。

お正月休みも終わりですね、社会人のみなさん。

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