正体
教会の前で捕まえた少女の正体は……
3
春川の部屋につくまでの間は静かだった少女だが入室した途端、「離してっ」とまた暴れ始めた。
「もう逃げないってば、いいでしょう」
「離してあげていいよ、春川」
私が許可を出すと春川は「ごめんね」と謝ってから彼女を開放した。そして同時に少女は私達から距離をとってから、威嚇するようにこちらを睨んでくる。すごく失礼かもしれないけど、野良猫を思い出してしまった。
「さて、私達も離したんだから、君も話してくれるかい?」
「あなた、最近ギャグのセンスがひどいわよ」
春川の容赦のない指摘に心に傷を負いつつも、私は自己紹介をすることにした。
「まず、私は蓮見レイという、現在二十歳だ。大学生だよ。で、こちらのお姉さんが春川」
続いて春川がまた自分で丁寧に自己紹介をする。
「さて、次は君の番だよ? 子猫ちゃん」
「だ、誰が子猫だっ、この変態!」
これは言われてしまったものだなあ、別に否定はしないけどね。
「じゃあ、名前を教えてくれよ。まあ……知ろうと思えば、知れるんだけどね」
そう言ってポケットから携帯を取り出した。可愛い白の子供向けの携帯だ。それをみた少女は、えっと声をあげた後、自分のポケットに手を入れて顔を青くした。
「不用心だよ、いついかなる時も気を抜いちゃいけない。お姉さんからのアドバイスさ」
「返してよ!」
「もちろん、そうしよう。だから名前を教えてくれって言ってるじゃないか」
ここに来るまでの間、彼女が隙を見せた時に拝借した。彼女には気づかれなかったけど、やっぱり春川には見つかってしまって、きっと後で怒られるんだろうと覚悟している。
この子、気が強そうだ。素直にお話できるとは思えない。だからこちらが有利な方向に持っていくのが得策だ。本当、さっきから犯罪じみてるけど、大目に見て欲しい。
「……あ、彩愛」
「彩愛ちゃんね。素敵な名前じゃないか。……フルネームじゃないのはなぜかな?」
「別にいいでしょ! 名前は教えたんだから、ケータイ返してよ!」
うーん、どうしようか。確かに私はフルネームとは言わなかったけど、なんかこうされちゃうと気になるんだよなあ。
じゃあ、こうしよう。
「あっ、ちょっと!」
彩愛ちゃんが抗議の声をあげるけど私はそれを無視した。携帯を開け、『プロフィール』をチェックする。名前どころか誕生日まで登録されている、便利で怖いフォルダだ
「――え」
自分から見ておいて、私は驚きのあまり一瞬固まってしまい、変な声をあげた。その様子に春川が首をかしげるので、彼女も『プロフィール』を見せてみる。彼女は声こそあげなかったが、目を丸くした。
そんな私たちのリアクションが理解できなかったのか、彩愛ちゃん本人は「な、なんなのよ」と混乱している。
プロフィールには彼女のフルネームが記されていた。――『立浪 彩愛』と。
「君、立浪さんの……娘さんってことかい?」
「やっぱり、あんたたちあそこの信者なのね。言っておくけど、私とパパは関係ないから!」
本当に立浪さんの娘らしい。なにから驚くべきか分からない。彼に子供がたこと? それともその子が私に警告してきたこと? あとこんなに可愛いとこ? いや、全部か。
「彩愛ちゃん、私たちはあそこの信者じゃない。ただ、君のお父さんのことはよく知っているとうか、知り合いというだけだよ」
「知り合い? 嘘よ。パパ、あそこと関わってから仕事しかしてないもん」
彼がいつあそこに関わったのか知らないけど、どれだけ貢献、いや献身してるんだよ。
「本当だよ。私は君のお父さんに――」
説明しようとしたけど上手くできない。まさかこんな子供に脅迫状の話をするわけにもいかない。ましてや事件のことなんて。
「彩愛ちゃん、私たちはあなたのお父様にある仕事を任されてるの。信じられないかもしれないけど本当なの。それに信者ならあなたが立浪さんの娘とわかった段階で、解放してるわ。そう思わない?」
私が困ってるのを見かねて春川が助け舟を出してくれた。彩愛ちゃんは彼女の言葉に納得したのか、ちょっと不服そうな顔はしているけど、反論はしなかった。
「レイ、もう携帯を返してあげなさい。いくらなんでもやりすぎよ」
切り札だったけど、彼女にそう注意されては仕方ない。私は彩愛ちゃんに近づいていき、彼女にそれを差し出した。彼女はキッと睨みつけた後、それを奪うように受け取る。
「しかし分からない。君が立浪さんの子だというなら、なんでいつも協会の外にいたんだよ。中に入ればよかっただろう」
立浪さんの娘というだけで、協会は手厚くしてくれるだろう。しかし彼女は「そんなのいや!」と声を張った。
「私、あそこ嫌いなの! 本当は近づきたくないんだからっ!」
「けど近づいてたよ。目的は?」
追求してみると、彼女は「うっ」とだけ呻いて下を向いてしまった。
「君、さっき自分と立浪さんは関係ないと言ったよね? あれ、どういう意味かな?」
「どういう意味って……そのままよ! 私はパパの子だけど、もう関係ないの! パパは……私のことなんか、忘れてるの……」
「忘れてるってそんな」
馬鹿なと言葉を続けようとしたのに、顔をあげた彼女の表情を見てそれはできなかった。涙を含んだ両目を、精一杯鋭くしていた。
「あんたなんかにわかんないわよっ!」
ただの反抗期というわけではなさそうだ。それならこんな悲しそうな表情はできない。
「……そうかい。それはすまなかった」
素直に謝ると、彼女は何も言わなかった。部屋に重たい沈黙がおちる。
しかし、それはすぐに打破された。
「さて、お茶でもいれるわ。可愛いお客さんもいることだし。レイ、手伝って」
春川の臨機応変な対応は、いつだって健在ということだ。
私と春川はコーヒーを、そして彩愛ちゃんにはココアをいれた。彼女は「飲まない!」と突っぱたが、春川がクッキーも差し出すとさすがに心が揺らいだのか悩み始めた。
「君が食べないなら私がいただくよ。君の前でおいしく食べるよ?」
私がそんなよくわからない脅しをかけると、彼女は結局両方受け取り、そのやり取りのおかげでさっきの気まずい空気は室内から消えた。
ココアを飲む彩愛ちゃんは本当に可愛いというか、幼くみえた
「彩愛ちゃん、何歳だい?」
「十二」
ということは小学六年生か。小学生をリアルに誘拐したことになるのか私。今更ながら、とんでもないな。
「君、いつも協会の外にいたよね」
「いつもじゃないもん。時間があるとき……だけ」
「そうかい。目的は立浪さん?」
「言ったでしょうっ、パパは関係ない!」
「じゃあどうしてだい?」
関係ないはずがない。事実、彼女は私の質問に答えられない。つまり素直になれてないだけだ。
さっきからまともな回答はほとんど聞けていないけど、どうやら我が家のように良好な親子関係はない感じがする。というか、これはきっと悪いね。
「……お父様とは最近お話しをした?」
「してない。だって、最後にパパと会ったの冬休み明け、もう三ヶ月も前だもん」
「は?」
素っ頓狂な声をあげたのは私だった。いやだって仕方ない。小学六年生の娘と、その父親が出張してるわけでもないのに三ヶ月も会ってないというのは正常じゃない。
「だから言ったでしょ。パパと私は、関係ないの」
親子というだけで関係ないなんてことはないのだけど、この話を聞くと彼女がこう解釈するのも仕方ない。
「パパ、あそこと関わってからもう……ずっとそう。私のことなんか見てない。ママが死んで、そのせいでパパおかしくなっちゃったの。ずっと塞ぎこんでたのに、あそこに関わってからは、もうあそこのことばっかり……。私や、おじさんやおばさんの言うことなんか、全然聞いてくれないの……」
彼女は下を向いたまま、今にも泣き出しそうな声でそう告白した。
立浪さんは確かほぼあそこに在駐していると水島さんが言っていたけど、どうやら本当にそうみたいだ。しかもそれは家族を犠牲にして。てっきり私は彼に家族はいないだろうと思い込んでいたけど、全くとんだ見当違いだったわけか。
私の中で彼という人間の評価が落ちた。どれくらいかというと、落ちるところまで。
「辛いことを訊くようだけど、お母様は」
「うん。五年前に病気で死んじゃった。すっごい、優しかったんだよ」
この時初めて、彼女は私たちに笑顔を向けた。すごく嬉しそうな、本当に歳相応な可愛い笑顔。よっぽど母親のことがすきだったんだろう。
「今は、おじさんとおばさんの家にいる。パパ、家にいないから私家に一人になっちゃうでしょ。それでおじさんとおばさんが、来なさいって言ってくれたの」
親類に恵まれていたのが幸いした形だな。最も、確かにこれは良い話ではあるけれど、最良のお話しじゃない。最良は、親子二人で暮らすことだ。
「だから、私はパパと関係ない」
明るかった声が、また暗くなった。彼女がそう言うのは仕方ない。この場合の関係ないというのは、関わりがないという意味合いじゃなく、繋がりがないという意味だ。
けど、ようやくわかったことがある。
「だから君は、関係を持ちたいわけだね?」
繋がりがなくなってしまったから、それを修復したい。だから彼女は協会に足を運んでいたわけだ。
彼女は答えなかった。ただ、否定もしなかった。できなかったのかもしれない。
「……無駄だった。会いたいって言っても、いつもいつも……いっつもっ! 忙しいって! 顔だって見せてくれないっ!」
静かだった彼女の声が、途中で豹変した。怒りと悲しみが入り混じった悲鳴のような声。
「私はっ……パパに会いたいのにっ! 話したいのっ、パパが何考えてるかわからないから! けどパパには……私より、私なんかより大切な何かがあって……会ってくれない。会って……あって」
限界だったのか、言葉の途中で彼女の涙腺が決壊した。しゃっくり混じりなり、涙が頬を伝っていく。両目を抑えて、体を揺らしながら泣きだした。
そんな彼女に春川が近寄って行き、抱きしめた。彩愛ちゃんは最初それに驚いたけど、春川がいつもの笑顔で彼女の背中をさすると、完全に耐え切れなくなったのか、彼女の胸に顔をうずめて、声をあげて泣き始めた。
本当に子供の泣き声だった。正直、聞いているのが辛い。そんな私と相反して、春川は至って冷静で、彼女をあやしている。本当にすごいな。彼女が居てくれて助かった。
しばらくして彼女が泣き止んだ。目を真っ赤にした彼女が春川に「あ、ありがと……」と照れながらお礼を言うと、春川は慣れた手つきで彼女の頭を撫でた。
「気にしないで」
「私の胸も貸そうか?」
いい雰囲気のところに割って入った私に二人は仲良く、似たような視線を送ってきた。どういった視線かは傷付くから言わない。
私がふざけたのはちょっとしたごまかしだった。自分の中で燃え上がりそうな怒りを抑えるための。もしそうしないと、春川の部屋の壁に穴を開けてしまいそうだ。
「君と立浪さんの関係はわかった。じゃあ、質問を変えよう。君がした警告についてだ」
まだ目が赤い彼女が、少し肩を震わせた。
「あ、あれは……嘘だったの」
「嘘?」
「私、別にあんたにだけああ言ったんじゃないもん。あそこに行って、信者になりそうな人がいたらそう言ってるの。だから、嘘っていうか……なんていうか……」
「つまり、君はあそこに人を近づけないために、皆に怖いことを言っていたってこと?」
彼女はこくりと頷く。ええーと、これはどういう反応をしたらいいものか。非常に迷いどころだ。彼女が嘘をついてるようには見えない。しかし彼女が警告して、実際事件が起きた。これを偶然か。
「……本当?」
「ほ、ほんとっ、ほんとに本当なの!」
「君、事件は知ってるかい?」
「事件って……協会の? 知ってるけど。大村さんが殺されて、あと誰だっけ……あの太ったおじさんが殺されたって事件でしょ?」
どうやら協会が関わっている事件は把握しているみたいだ。知らないわけないか。なにせ立浪さんは事件の関係者なのだから警察が本人だけでなく、親類にも会いにいくはずだ。彼女はともかくとして、彼女を引き取っている夫婦には聴取に向かっているはずだ。
「じゃあ、事件を知っていて、それを利用したのかい?」
「…………」
彼女は答えず目を逸らす。そういう仕草は本当に子供だ。春川はクスクスと笑っている。
「決して良い事ではないけど、君には君の言い分があるだろうしね。まあいいよ」
さて、これで彼女についての謎は解けた。立浪さんの娘だからあそこにいて、父親に会おうとしていた。そして私に警告してきたのは、いわば協会への風評被害を目的。事件を利用していただけで、水島さんの事件はたまたまその後に起きた。
全く、振り回してくれるね。
「ねえ、私にも質問させてよ、私ばっかり答えて、なんかズルい」
「いいよ。スリーサイズくらいなら答えてあげよう」
「レイ、蹴るわよ」
せっかく私がすごく寛容な答えをしたのに、どうして彼女は怒っているんだろうか。
「事件。事件のこと。おじさんもおばさんも、全然教えてくれないから。ねえ、あんたたちなんか知ってるんでしょう?」
確かに小学生に殺人事件のことなんか話さないだろうな。けど、彼女からすれば父親が関わっている事件だ。気にするなというのが無理だろう。だが、これって私から話していいものか。うーん、迷いどころだね。
私が迷っている間、春川が彩愛ちゃんを注意していた。曰く「年上の人をあんたなんて呼んじゃ駄目」とのこと。本当に優等生だな。私は気にしないけど。彩愛ちゃんはちょっと不服そうにしていたけど、わかったと返事していた。
完全に春川にのまれたな。さよちゃんの件といい、本当に年下の扱いがうますぎる。
「さて、分かった。彩愛ちゃん、事件について私たちの知る限りを教えよう」
私の返答に彩愛ちゃんは目を輝かせた。話していいか悪いか迷いどころだけど、彼女から色々と訊き出した身としては断り切れない。
私はできるだけ、優しく、そして易しく、事件について彼女に教えることにした。
12歳はロリか否か。




