小瓶
蓮見の質問に代表代行たちが一斉に反発する中……
ガタッという音が鳴った。それは立浪さんを除いた四人が、椅子をひいた音だった。明らかにそういう質問をされることを想定していなかったようで、驚きをかくせなかったようだ。なんだか、ようやく一矢報いた感じがする。
この協会を現在二分化している、二つの派閥。協会を大きくしていくべきだという主張の拡大派と、このままの状態で今の信者を大事にしていくべきだという維持派。春川が最初協会を危惧したのはこの派閥争いがあったからだ。
「水島さんは拡大派だと言っていたね。じゃあ、拡大派の人、手をあげてくれるかい」
私が片手をあげてみせるけど、誰も何の反応もしない。強いて言うなら春川だけが、私の方を心配そうに見つめていた。やだ、惚れちゃうね。
「あれ? いないのかな?」
「おい小娘、どうしてそれが今関係してくるっ、それは内部の問題だぞっ」
「話を聞いてなかったのかい。あなたがたは容疑者でもあるんだよ。事件は内部の問題なんだよ、派閥争いなんて無視できるはずないだろう」
協会の関係者が死んで、次は内部の人間が死んだ。そして関係者は口をそろえて恨みなんか身に覚えがないと証言していて、犯人は内部にいる可能性が高い。そうなると、この問題こそ最も重要じゃないか。
「蓮見さん、それはデリケートな話題ですので、よければ私が後で個人的にお教えします」
「立浪さん、少し静かにしてくれ」
彼が場を収めようとするのを、私は許さなかった。あとで教えてもらってもいいけど、今はこの人たちのリアクションがなにより大切な情報だ。大蔵さんの態度を見る限り、触れて欲しくなかったみたいだし、丁度いい。
「調べればすぐわかることなんだから、嫌ならさっさと済ませてしまおうよ。ほら、拡大派の人は手を挙げてくれよ」
しばらく反応はなかった。しかし、桐山さんが大きなため息をついた後、「はいはい」と口にしながら手を挙げた。
「桐山さんだけなのかな?」
「守島さんと立浪さんもだよ。ふたりとも、俺だけなんて嫌だから、手を挙げてよね」
桐山さんに促される形で守島さんが片手を挙げて、続いて立浪さんもそうした。なるほど、この三人が拡大派。信者を増やすべきだという主張をしているのか。水島さんもそうだから、代表代行六人のうち四人が拡大派だったわけだ。
そして残った二人、大蔵さんと江崎さんが維持派。今の信者を大切にすべきだと主張してるのか。
「ありがとう、もう手をおろしてくれて結構だよ。さて、じゃあ維持派に訊くとしよう。大蔵さんに江崎さん……あなたがた、水島さんが邪魔だったかい?」
「おいっ、ふざけているのかっ!」
私の単刀直入な質問に大蔵さんが立ち上がって、顔を真赤にしながら抗議してくる。
「ふざけていないよ。むしろ大真面目だ。だって拡大派が殺されたんだよ、維持派を疑うのは当然じゃないか。邪魔だったかどうか、答えてくれないかな」
大蔵さんがぷるぷると震えながら、怒りを表しているけど、こんなの警察にも訊かれたはずなんだよね。きっとその時もこうやって怒ったんだろうけど、慣れなきゃいけない。この人達、本当に当事者という自覚があるのかな。
「蓮見さん」
今度は江崎さんだった。さっきまでの声とは違い、どこか刺がある。
「少し常識がかけてるわよ、そういう質問は」
「常識? 面白いことを言うね。人が殺されているこの状況で常識なんて通用すると思ってるなら、非常識だよ」
私の返答に江崎さんは言葉を詰まらせた。
「いいかい、ここにいる全員、わかっているのか。あなたがたは容疑者で、被害者候補だ。常識もなにもない。なにせ、相手にしてるのが非常識なんだから。倫理観とか、道徳観とか、そんなものに構っていたら――死ぬよ?」
最後の一言だけは強調したくて、少し間をおいてから冷ややかな声で告げた。
「死にたくないなら情報提供くらいしてくれないと困るわけだ。それともなにかな、話したらまずいのかな?」
挑発気味に、わざとらしく首をかしげてみせる。そんな私の態度に大蔵さんは拳を強く握って震わせている。短気だなあ、絶対に損をするよ。まあ、気長が得をするかといえば全然違うんだけどね。
部屋中に緊張の空気が張り詰めていたとき、コンコンとドアをノックする音が響いた。立浪さんが「入って」と扉の向こうの誰かに声をかけると、自分が通るぎりぎりのぶんだけドアを開けた矢倉さんが、静かに入ってきた。
手にはミネラルウォーターのペットボトルが握られている。
「守島様、お時間です」
「ああ、もうそんな時間なの」
矢倉さんが守島さんのところへ行き、そのペットボトルを渡す。守島さんはカバンの中から、何かを取り出していた。よくみると錠剤がはいった小瓶だ。
せっかくいいところだったのに、なんだか台無しにされてしまった。そんな恨みの気持ちをこめて立浪さんへと視線を向ける、どういう状況か教えてくれないかと意図も込めて。彼は私の視線に気づくと、こちらに来た。
「守島さんは持病を患っておられて、定期的に薬を飲むんです。さっき矢倉さんに水を買ってくるように命じられてました」
「ああ、そうかい」
なんだか緊張が途切れて、締まらない空気になってしまった。その元凶の二人は平然としている。守島さんは何か錠剤を飲み終えるとペットボトルを矢倉さんに返して、彼女はそれを受け取る。
さて、仕切り直しだなと思ったその時だった。
「……うっ」
なんだから、カエルの鳴き声みたいな、野太い声が聞こえた。そして次に、バタンッという大きな音がする。音の発信源、守島さんの方を見ると、彼女が喉を抑えながら立っていた。さっきまで座っていた椅子が倒れている。
「も、守島様?」
一番近くにいた矢倉さんが彼女の元へ駆けより、大丈夫ですかと声をかけるが、守島さんは喉を抑えたまま下を向いている。
そして「えっ……」という矢倉さんの声が室内に響くと同時に、ようやく全員が事態を把握した。下を向いたままの守島さんの口元から、ぽたりぽたりと、紅い血液が滴っていた。全員が一斉にたちがある。
ようやく守島さんが、スローモーションのような動きで顔をあげた。そして目の前にいる矢倉さんと目を合わせる。
「や、や……あな、た」
なにか言おうとしたのに、それはもう続かなかった。次の瞬間、彼女は今まで聞いたことのないような音のせきをした。そして、それは鮮血をともない、矢倉さんの顔を赤く染めた。
そして。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
彼女は雄叫びのようなうめき声をあげて、その場に倒れ込んだ。
室内を静寂が包む。誰も何も発しなかった。全員、時間がとまったみたいに、一時停止していた。ただ一人、顔を守島さんの血で染めた矢倉さんが目をぱちくりとさせた後、その場に膝をつき、震えだした。
「きゃあああああああああっ」
今度は矢倉さんの悲鳴だった。それでどうにか私は我に返ることができて、急いで倒れた守島さんの元へと駆け寄る。
「立浪さんっ、救急車だっ! 春川っ、父上に連絡してくれっ!」
声を張り上げると二人もそれで我に返ったのか、同時に携帯を取り出す。他の人達も動き出そうとするが、私はそれを大声で止めた。
「動くなっ、全員その場を動くなっ!」
守島さんは仰向けになって、喉を両手で抑え、唇の端から血液を流しながら倒れていた。私はそっと彼女の手首に触れ、脈を確認する。そして目を覗きこむ。
ああ……。
「お、おい、蓮見くん……」
支持に従ってその場を動いていない桐山さんが震えた声をかけてくる。私はふうっと息を吐いて、全員を見渡した。そしてゆっくりと首を左右にふる。
「……もう、駄目だ」
そのまんま過ぎる章題とサブタイトル。




