断言
さよの話を聞いて、蓮見は直接本人に確かめにいく。
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今日も家に一人だ。兄も父も仕事だから帰ってこれないという。忙しいのだから仕方ないし、むしろ二人には悪いが今日ばかりはそれでよかったと思っている。一人でじっくり考えたいことがあった。
今日、さよちゃんから聞いた話。
彼女を突き止めたのは春川の事件と関係があるかと思ってのことだったけども、どうやら見当違いだったらしい。なにせ彼女は春川に会う勇気がない子だ、襲うなんてできるはずもない。それに春川は犯人は私より身長が高かったと証言している。彼女は私より低かった。
それに別れ際に確認のために春川の事件を尋ねてみたら、初耳だったらしくひどく驚いていた。あのリアクションは演技じゃないだろう。春川のことを心配していたけど、大丈夫だと伝えおいた。
さて、春川のストーカーの犯人、胡桃沢さよちゃんは事件とは無関係と決定だ。本来なら残念だなあと思うところかもしれないが、彼女から聞いた話が大きな収穫だった。
「あの春川がねえ……」
私と春川の出会いは大学一回生の時のGW明けになる。そして当時から一貫して私の彼女に対する評価は変わっていない。真面目で世話焼き。だから彼女を信頼している。故にそんな彼女が自分の可愛がっていた後輩にあんな残酷な仕打ちをするなんて信じられなかった。
だけどさよちゃんが嘘をついているとは思えない。辛そうに過去の話をする彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。あれを疑えというのは無理な話だ。
それに全く思い当たるフシがないかというと、それは違った。私は春川に高校の頃の話を聞かされたことがない。一度私からどういった高校生活だったか訊いたけど、はぐらかされただけだった。
しかしさよちゃんの話しが事実なら、言いたくないのも理解できる。
自室でテレビもつけず、しずかに自分でいれたコーヒーを飲みながら、頭のなかを整理する。私が春川の事件を『クロスの会』と関係があると考えている大きな要因は二つ。一つは、事件があった日、彼女と私があそこに行ったから。それが偶然だとは考えられない。
次に、春川が襲われるほどの恨みを買うわけがないという、信頼。それは彼女を人として評価しての信頼であり、恨みを買ってもガス抜きくらいうまくうやるだろうという、彼女の聡明さへの信頼でもあった。
しかし、二つ目が今日みごとに揺らいだわけだ。
春川は恨まれるようなことをしていた。しかもかなりの数の人間に。この事実は無視できない。というか、警察はこれを把握しなかったのか……いや無理か。春川が証言したわけもないし、そうなると警察が彼女の地元まで行って調査したかといえば、そうはしなかっただろう。あの時は警察も『クロスの会』と事件が関係あると考えていたから、きっとそっち方面に力をいれて、春川の身辺は最低限しかやらなかっただろう。
さて、じゃあ揺らいだ二つ目の信頼。言っておくけど、強調しておくけど、私の彼女に対する評価は変わっていない。過去に何をしていたかはわからないけど、私の知っている春川が偽物だとか、そんなはずもない。
けど、彼女が大勢の人間から恨まれているという事実は無視できない。さよちゃんに「地元に春川を恨んでいる人間はいるのかい」と訊いたら、彼女は非常に答えづらそうに頷いた後、唇を震わせながら「たぶん、たくさん……います」と続けた。
「……気に食わない」
自然とそんな苦言を呟いていた。
私はコーヒーを一気に飲み干すと、スマホだけをポケットにいれて、家を出た。時間は夜の九時、今から春川の家にいけば十時前になってしまうけど、そんなことは構わない。こうなれば、色々と納得いかないし、彼女に直接尋ねるのが一番だ。
さよちゃんに「私のことはまだ、春川先輩に話さないでください」とお願いされたので、彼女のことは内密にしないといけない。
さよちゃんは気弱だけど、弱気でないなとその時に感じた。というか、あの自分の弱さと向き合っていきてるあたり、そこらへんの人間よりよっぽど強い。
『生きていく覚悟をしなさい』
まだ中学三年だった春川が一年生のさよちゃんに言ったという言葉。重いな、二十歳を過ぎた私でさえ、それは難題だよと逃げたくなる。生きていくっていうのは、それくらいのことじゃないか。それにさよちゃんの場合は、私よりずっと重い負荷があった。とんでもない覚悟が必要だ。
それでも春川はそう言ったのだから凄まじい。私にはできない。私はきっと、さよちゃんの周囲にいた人たちの同じことをしただろう。優しく彼女に接することばかり考えて、彼女の問題と向き合うことはしなかっただろう。
すごい覚悟がいるからこそ、彼女は早めにさよちゃんにそう忠告したんだろうな。そしてそれだけじゃなくて、その責任として彼女の側にいることを選んだ。とても中学生の考えじゃない、ほんと、子供の頃からとんでもないな。
問題は、あの彼女が、その責任を途中で放り出したことだ。
春川という人間は私が出会った人間の中でもずば抜けて責任感が強い人間だ。自分の役目を最後まで全うすることに、命でもかけてるんじゃないかと訊きたくなるほど、全身全霊だ。そして彼女は、きっとこれもまたさよちゃんと同じで天性のものなんだろうけど、リーダーシップがある。
ありすぎる、というのが私の評価だ。彼女の場合、私が知っているだけで自治会長、サークルの部長、バイトのリーダーなどといろいろな役職についている。別に彼女が立候補しているわけではない、自然とそうなる。彼女の日頃の行いが、周りを彼女に期待させてしまう。そして彼女もまたそれに応えない人間じゃない。
要領と頭の良さから日頃から無駄のない行動をし、世話焼きの性格が他人を無視できなくて色んな人に手をさしのべ、そして責任感の強さからそれらを全うする。結果としていつの間にか彼女は人の上にたつことを、人から期待されるようになる。
それが春川という人間だ。そして彼女もまたそれをわかって生きている。
覚悟して生きているのは彼女もだ。
春川のことを思い巡らせている間に、彼女の家についた。インターホンを鳴らしてドアノブを引いてみるけど、開かない。一度首をかしげてもう一度インターホンを押す。やっぱり応答がない。
「……やっぱり事前に連絡は入れるべきだったかな」
もう一度インターホンを押そうとしたときに「レイ?」と声をかけられた。
コンビニの服を手にした春川が近づいてきた「やっぱり」と続けた。
「どうしたのよ、こんな時間に」
「ああ、ちょっと話したいことがあってね。いやしかし、こんな時間にというなら君もだよ。夜中に一人でおでかけなんて、実はとっても危険さ」
「すぐ近くのコンビニに行ってたのよ。それに、それはあなたもでしょう……とにかく、家に入りましょう。すぐ開けるわ」
春川は鍵を取り出すと、すぐに扉をあけて「どうぞ」と言って招き入れてくれた。お言葉に甘えて、彼女の後につづきお邪魔した。彼女の家に来たことは今までたくさんあるけど、そういえば事前に連絡しなかったのは初めてだったかもしれない。
「なにか飲む? その様子じゃ、今日はまだお酒はのんでいないみたいだけど」
「いや、いいよ。けど、とりあえず水だけもらえるかな」
「珍しいわね」
春川がキッチンに入り、私はリビングへ向かった。このマンション、家賃いくらなんだろ。一般的な一人暮らしの大学生よりはずっといい部屋に住んでるよ。彼女、バイトはしているけれど他にも色々としているから、きっと家賃は両親からのしおくりなどがあるんだろうな。
「なにを立っているのよ。座ればいいのに」
「ああ、そうだね」
キッチンから出てきた春川が水の入ったコップを差し出してくるので、ありがたく頂戴した。
「それで、お話って何かしら。真面目な話しみたいだけど」
「よくわかるね」
「わかるわよ。あなたが事前に連絡もなしに来るなんて初めてだし、ましてやお酒もいらないなんて、尋常じゃないわよ。それに顔が堅いわ」
よく見られてるなと照れる場面か、よく見てるなと驚く場面か、非常に迷いどころだ。彼女の観察力っていうのは本当にすごい。
「まあ、真面目な話しだよ。君の事件についてだ」
春川が少しだけまゆを動かした。
「なにかわかったの?」
「残念ながら何も。ただ、怒られるのを覚悟して言うけど、私君について調べたんだ。高校時代のことをね」
調査方法なんか聞かれたら適当にはぐらかすつもりだったのだけど、どうやらその心配もなかった。なにせその一言で、春川が動きを止めたのだから。体を静止させて、目だけをこっち向けていた。大きく見開いて、信じられないという表情をしている。
そして何か言おうとしたが、首を左右にふってそれをやめた。
「……呆れた。どこまで調べるのよ」
「どこまでとは愚問だね。犯人がわかるまで、だよ」
それははっきりとしている。別に地の果てまででも構わない、そこに犯人がいるのなら。
「すまないと思っている。ただ、なんというか」
「いいわよ、別にあなたは悪くない。悪いというなら私ね。私が悪かったのよ」
「……君が高校三年生の時に多くの生徒に恨みを買ったって聞いた。春川、気分を害するようなことを立て続けに訊くけどね。その中に」
私が言葉を続けるのを春川が「馬鹿言わないで」と遮った。
「レイ、あなたがどこまで調べたかはわからない。ええ、白状するけど私、結構な数の高校の同級生から恨まれているわよ。同級生だけじゃないわ、後輩にもね。ただはっきりと言えるわ。その中に犯人はいないわ。断言する。私が――」
春川はそこで言葉を区切ると、自信の篭った強い視線を向けてきた。
「私が、彼らを忘れるわけない」
黒歴史ほど鮮明に覚えてる。
嫌なものです。




