機嫌
父は蓮見に事件を捜査するのはやめろと忠告する。
すると蓮見が意外なことに……。
「立浪さん、あなたの意見を聞きたいな。どうせ父からもう質問攻めされているだろうけど、協会を恨む人間に覚えはないの?」
一貫して沈黙していた立浪さんに尋ねてみる。
「そういう可能性がある方々のリストはすべて提供しました」
「……引っかかる言い方だ。リストって……まさかあなた、最初からそういうものを作っていたのかい?」
「私個人的にもしものときのためにつけていただけですよ」
水島さんは恨む人間などいないと盲信していた。それに対して、この人はそういう人はいる、だからいざというときのための対処法を考えていた。はっきり言って、どちらも決してまともだとは思えない。
「父上、きっとそのリスト、私の名前が載ってるよ。記念にコピーしといてくれ。額縁に入れてリビングに飾ろう」
「蓮見さんの名前は消してますよ。私たちはすでにパートナーですから」
消してますよってことは載せていたのには変わりないわけだ。おそらく私と春川が来た日、即日でリスト入り。彼の言い分を信じるなら翌日には消されたことになるので、わずか一日だけども。
「私は残っていますか?」
そう尋ねたのは春川だった。そういえば今彼は「蓮見さんの名前はけしている」と答えた。おそらく私と同時にリスト入りしたであろう春川はどうなのか。
「消していますよ。ご安心ください」
「そうですか。けど、今の言葉、安心してくださいって言葉ですけど、つまりリストから外れれば安心できる。そうじゃなければ、できない。そういうリストなんですか?」
春川が彼の言葉尻をとらえて詰問していく。なんだか、今日の彼女は冴えている。つまり、いつもどおりということだけど。
「いいえ。そんな考えをしないでください。リストに載っていれば、警察の方に目をつけられる可能性があり、あなたにはそれがないという意味ですよ。他意はありません」
「残念ながら、警察の方にはもう目をつけられているんだけどね」
私はそう言いながら、目の前の父に目をやった。
「それで父上、何が言いたいのさ?」
「わかるだろう。手を引けと言っている。さっき約束したとおり、お前に情報は提供しよう。しかしそれはお前を重要な証人としてだ。もうこれ以上、水島さんの件に深入りはするな。こういう事件が危険なのは身に染みているだろ? お前たちは水島さんに何か関わりを持ったかもしれない、しかしそれだけだ。これ以上の関与は、許さん」
「うん、わかったよ」
父の言葉が終わると同時に、瞬間的な間をおくこともなく、即座にそう返事をした。横の春川、そして向かい側の父と立浪さんも驚きの顔をしている。なにをそんなオーバーリアクションを取る必要があるのか。
「なんだい皆さん、面白い顔をしているね。スマホで撮りたいね。あとでTwitterに投稿しておくよ」
「い、いや、まさかそんな素直に返事するとは思っていなかった……」
三人の中でも一番驚いているのは父だった。私が父の忠告に了承したのが、よほど信じられないらしい。長い付き合いになるけど、父がここまで驚いているのは久々に見た。
「お前はこういうことになるとどこまでも強情だからな。母さんに似て」
「母上は強情なんじゃなくて、強引なんだけどね。いやいや、正直私一人なら素直に聞いてないだろうね。けどほら、今回は私、パートナーがいるものでね」
私は親指で隣に座っている春川を指さした。
「彼女の身を危険に晒すわけにはいかないんだよ」
「あら、感動的なことをいってくれるわね」
私のこんな感動的で格好いい言葉を春川はそう褒めてくれたのだが、その表情は全然嬉しそうじゃない。言葉もどこか棒読みだ。素っ気ないというより、愛がないね。
その時、急に携帯の着信音が室内に響いた。どうやら父のだったらしく、父はそれに出るため立ち上がった。
「呼び出しだ。俺はここで失礼させてもらう。ふたりとも、また連絡する。気をつけて帰るんだぞ」
父はそんな気遣いを残して電話に出ながら退室した。
「で」
三人になった部屋で最初に口を開いのは、私の横の美女。声から少し不機嫌な様子が伺える。
「私をダシに使ってお父様を騙して、あなたはどうするつもり?」
どうやら不機嫌な原因は私のようだ。いや、それしかないんだけどね。
「ダシに使うだなんてひどいなあ。私が君の身を心配しているのは本当だよ。私のモノだし」
「私今、おふざけは受け付けないわよ。あなたがああも簡単に引き下がるなんて、絶対に裏があるに決まってるじゃない」
信用されていないなあ。いや、信用されているともとれるかな。どっちしろ、一緒だけど。
しかし、彼女のこの言い分、実を言うと当たっている。私には裏がある。父を騙し、彼女をダシに使ったのも大正解。けど言い訳をさせてもらうなら、良心が痛んだよ、少しはね。
「君は騙せないね。けど私、嘘はついてないんだよ。父の言ったように、水島さんの殺人から身を退く。危険だし。それに私でどうこうするより、警察が調べたほうがいいに決まっている」
推理小説なら探偵が警察より優秀なんだけど、残念、そんなのはフィクションさ。探偵の頭だけで、警察の組織力や科学調査を上回ろうなんて、十九世紀初頭のイギリスで終わってる。シャーロック・ホームズが、最初で最後だ。
ただ、ただ。
「私は水島さんの殺人から身を退く。しかし、立浪さん、私はあなたからの依頼を破棄するつもりはないんだよ」
立浪さんの依頼。脅迫状の送り主を特定して欲しいというもの。私はそれから撤退するとは言ってない。そもそも言えない。なにせ、私はそれと引き換えに春川の事件を調べられる権利を得ている。破棄なんて、死んでもするものか。
「私は脅迫状の件は諦めない。調べ尽くす。ああ、そういえば水島さんの事件で新しい、同一人物が送ったかどうかは定かではないけれど、似たような脅迫状があったらしいね。そうかそうか、なら調べないといけないなあ。あくまで脅迫状を。脅迫状を調べていく過程で水島さんの事件そのものに少し関わってしまうかもしれないけど、これは不可抗力だよね?」
わざとらしい言葉の後、私は春川と立浪さんに同意を求めた。リアクションはそれぞれ。立浪さんは少し呆気にとられた後、そうですねと小さく笑った。
春川は、私の足を踏んだ。
立浪さんに「現場に残っていたあの『贖罪せよ』ってやつのコピーが欲しいんだ。私から父上に頼むわけにもいかないから、なんとか警察からデータでもなんでもいから貰って、横流ししてくれ」とだけ頼んで、私たちは協会を後にした。
立浪さんはこの後も色々と忙しいらしい。しばらくは連絡がとれないかもしれないとのこと。ただ、次の連絡はこっちからするということなので、それに従うことにした。
春川の不機嫌が治らない。彼女からすれば自分をダシに使われたのがよっぽど不名誉だったのか「あんな言い訳つけなくてもよかったじゃない」と憤慨している。
「まあまあ、ああいえばすんなり納得してくれると思ったんだよ」
そんな風に春川を宥めながら協会から離れていたときのことだった。私は視界の端に何かをとらえた。私達から三十メートルほど離れた場所で、協会の建物を見上げている人物がいた。赤いランドセルを背負った、可愛い私服の女の子。
私が初めてここを訪れた帰りに私に奇妙な警告をしてきた、あの少女だった。
私が彼女のことを見つけたことに彼女も気づいたらしく、私の顔を見た途端、あからさまに「まずい」という顔をして、走ってどこかへ消えた。追いかけようかともしたけど、なぜか足が動かなかった。
「なによ、あの子、知り合いなの?」
そんな春川の質問に、
「いいや、まだだよ」
なんて、不明瞭な答えだけ返した。
これにて2章終了。
次回は蓮見じゃない人の視点から始まります。




