連続
事件の概要を聞き、四人は頭を抱える。
「問題はその前後、いや特に、その前に何があったかだよ」
ここまでの話はおおむねニュースでも聞いているからね。
「一晩あったんだ、それで今は……十時か。どうだい、彼の生前の行動はどこまでわかってるんだい?」
少なくとも私たちと別れてから、彼がどうしたか。これがなにより重要で、私達が知りたい部分ではあった。
「まだほとんどつかめていない状況というのが真相だ。もちろん、わかっていることもある」
「焦らすね。日頃の私ならそういうのを楽しめるんだけど、今日はそうともいかないよ」
「司法解剖の結果が出た。俺達はてっきり何者かに襲われ、気絶させられたりしたのだと考えていたが、大きな傷などは見つからなかった。ただ、微量の睡眠薬が胃の中から検出された」
なるほど。穏やかじゃない話になってきた。いや人が死んでいるのだから穏やかなわけはないんだけどね。
つまり暴力的に拉致されたりしてはいない。どこかでゆっくりお茶での飲んでいた。ただ、そのお茶にお薬が入っていましたということだ。そして水島さんが眠っている間に手足を拘束し、空き地へ連れて行き、火を放った。
――生きたまま。
「相当恨まれていたとみるのが妥当かい?」
「通り魔的とも思えない。周到に用意された計画だからな。犯人は水島さんを狙って犯行をした。そして方法をみると、その線が強い」
私は昨日、水島さんとした会話を思い出す。協会に恨みをもつ人間はいるかという私の真っ直ぐな質問に、彼はいないと答えた。私はその後、ちょっとした嫌味を言ってやったわけだけど、なんというか、あんなこと言うんじゃなかったな。
変に責任を感じちゃう。
しかしもしも彼の回答を真に受けるとしたら、これは彼個人への攻撃となるわけだ。さて、それはどうだろうか。
「前の事件、つまり三月に殺された協会関係者の事件との関係はありそうかい?」
あれは協会関係者が殺された事件だけども、警察は協会は無関係だと結論づけ、そして協会もそうだと主張していた。しかし、もしも今回の事件とその事件が何か繋がればさすがに協会は無関係とはいえない。
はっきり言うなら、協会は何者かに恨まれているという結論が出る。
「今丁度水島さんの自宅を捜索してるはずだ。そこから何か出るかもしれない。ただ、現場から二つの事件をつなげるものは出ていない」
なるほど。しかし、そうなると望み薄だな。犯行現場からそういうのが出ないのに、自宅から出るということはそうないだろう。
その時、春川が私の袖を引っ張ってきた。
「ねえ、レイ」
「なにかな」
「あなた、昨日なにか言ってたじゃない。水島さんの家のこと。そう確か……足りないって」
思わず「あっ」と声を漏らした。そうだ、なんで今までそのことが頭から抜けていたのか自分でもわからない。これこそ本当の間抜けというやつかもしれない。
「なんだレイ、何かあったのか?」
父が春川の言葉に興味を示して、身を乗り出してくる。
「何かあったんじゃない、何かなかったんだ」
「なかった?」
父にも聞き返されてしまう。そしてやっぱりうまく返せない。うーんと頭を捻る。
「いや昨日春川にも言ったんだけどね。あの家、何かなかった気がする。何かが明らかに足りなかった。ただそれが何かわからない。ただ、絶対になくちゃいけないものが欠けていたと思うんだ」
私は当然だがあの家に昨日初めて行った。だからいつものあの家というのを知らない。だけど、この感覚だけは間違いとか、勘違いとか、思いすごしではないと確信している。ただ、これだけ自信があるくせに「なにか」はやっぱり分からない。
「わからないってお前、それがわからなきゃどうともならんぞ」
「わかっているさ。けどわからないものはわからないんだよ。言葉にできない……いや違う。ああもうっ、わからない!」
いくら考えても、どれだけ思い出しても、やはり答えは出ない。しかし感じたことは間違いない。
「父上、だから捜索で何か変わったことがあったら逐次連絡くれるかい? それで何か思い出すかもしれない」
「それでって……そんなあるかもどうかもわからないものを。しかもお前が感じただけで、春川くんは感じなかっただろ?」
父の指摘は見事に的を射ている。そう、私が感じただけ。しかも立場的に私は少し弱い。
「お父様、お言葉ですがレイのこういうところは侮れませんよ。私も出会ってから何度も驚かされています。いや、そういうのはお父様のほうがよくお分かりでは?」
春川が笑顔でそんな反問を返すと、父は言葉に詰まった。
「確かに私とレイの立場は少し弱いです。しかし、無罪であることはお父様が確信してくださってると思ってます。それにそういうところを抜きにしても私たちは昨日の水島さんを見た数少ない証人。そういう人間の感覚や直感は大切ですよね? だって、警察の方々はよく言うじゃないですか。どんな些細なことでも構いませんって。レイの証言は確かに曖昧ですけど、決して些細なことではありませんよ? この曖昧ながら些細なことではないことを解決するためには、レイへの情報提供が必要不可欠だと思います」
春川は一気にまくし立てるようにそう述べた後、生意気を失礼しましたと父に頭を下げた。そしてその頭をあげるときに視線だけ私に向けて、綺麗なウィンクをしてみせた。
本当に恐ろしい友人だ。目の前の父は今の春川の言葉でだいぶ気持ちが揺らいだらしい。父は四十年も警官をやっている人間だ。そんな人間を相手にして、ひけをとらず、相手を誘導しようとしている女子大生。はは、絶対に敵にはしたくないものだね。
警察の言質を取られた父はしばらく悩んだ後、わかったと答えた。
「なにかわかったらお前に教えよう」
今度は私が春川にウィンクする。あとでご褒美にキスでもあげようかな。きっと絶交されるけど。
「で、父上。わざわざ私と春川を協会に呼んだんだ。しかも立浪さんも同席させてね。まさかこれだけで話は終わりじゃないよね?」
協会に来いと呼ばれた時点でなにか、この事件とは別の用件もあるんだろうと予想していた。事件のことだけなら警察でもいいからね。立浪さんが同席しているのを見ると、目的は明らかだけど。
父は仕切り直しだといわんばかりに一回咳払いをしてから話しだした。
「事件の現場から、こんなものがみつかった」
父がポケットから四つ折りにされたA4の紙を取り出した。それがなにか、この段階で少し予想はしていたのだけど、私はそれに手をとって広げた。春川が覗きこんでくる。
それにはあるものがコピーされていた。そしてコピーされた文面を読み上げてみる。
「贖罪せよ」
新聞の切り抜きでつくられた四文字のメッセージ。『贖罪せよ』というその短い一文だけがプリントされている。春川と一瞬目を合わせる。彼女もちょっと驚いたらしく、顔に少し動揺がうかんでいた。
「それが現場にあった。お前たちなら、それがなにかわかるだろ?」
わからないはずもない。なにせ昨日も似たようなものを見せられたんだから。
「……前の事件と関係ないって話しじゃなかったかい?」
「前の事件と脅迫状を結びつけるものはない。前の事件は前の事件だ。今回は脅迫状と水島さんの事件が重なっているというだけだ」
つまり、やはり前の事件は無関係だと。いくらなんでも無茶すぎるだろうと思うが、どうせ父のことだ、同じ事を思っているに違いなく、ここで私がとやかく言う必要もない。きっと自分や仲間でちゃんと調べるに決まっている。こればかりは素人が口をだすべきじゃないね。
「脅迫状はもともと協会に対して、いや代表代行に対して送られていたものだ。それと酷似したものが今回あった」
「そうだね。じゃあもう結論は出ているじゃないか……この事件は協会を狙ったもの。そして――」
私が言葉を濁そうとしたが、隣の彼女がはっきりとその冷たい未来予想を口にした。
「まだ続いていく可能性がある、ということね」
容赦の無い彼女の言葉。しかし、それこそまさにここが直面している問題だった。
……まったく、本当に穏やかじゃない。
二人の女子大生がこれだけの状況で落ち着いてるって、それこそ穏やかじゃないだろ。
と、書いてて思ったんです。




