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朝食

春川と蓮見は食事をしながら状況を整理する。

 春川のマンションにつくとインターホンだけ押して、特に返事を待つこともなく中に入った。

 彼女の実家は遠方なので、彼女は大学に入ってからここで一人暮らしをしている。別に彼女の実家の近くにも近いレベルの大学はあったはずだけど、彼女は「一人暮らしがよかったのよ。一人で生活する難しさを知りたかったの」という、いかにも真面目な彼女らしい理由でここまで来ている。  

 彼女のマンションにはよく訪れているので、こういう入り方をするわけだ。春川曰く「確かに数多く友人を招いているけど、そんな入り方を許してるのはあなただけよ」とのこと。嬉しい言葉だけど、そのあとに「いつか訴えてあげるから覚悟しておいてね」とつくので笑えない。

 しかしそれもまた一興だと思っているので、気にしない事にしている。

 1LDKのマンションのキッチンに彼女はいた。ガスコンロの前でヤカンに火をかけている最中だったようで、私が入ってくるのを見ると、優しく微笑む。

「おはよう。また罪状が増えたわね」

「鍵をしめていなかった君にも責任はあるね。私が猛獣だったらどうするんだい?」

「あなたが来るとわかっていたからあけておいたのよ。というか、あなたはもう猛獣みたいなものでしょう」

 いやいや、私は小動物だよ。か弱く可愛い生き物だ。チワワみたいなものだ。

「サラダとトーストよ。そんなに食べないでしょう」

「できればブラックコーヒーもお願いしたいね」

「珍しいわね。冗談じゃなくてもあなたがお酒以外の飲み物を欲しがるなんて」

「さすがに今日は禁酒だよ。どうせすぐに呼び出される。それに私だって聞きたいことがありすぎるくらいなんだ」

 お酒を飲んだほうが個人的には頭が回るし、なによりこの嫌な気分を忘れられそうな気もするんだけど、それには少々の量では足りない。かといって大量に飲んだ状態で人に会うわけにもいかないという、非常に複雑な矛盾。

「そうね。私もそうだし。しかし今は、とにかく食べましょう。朝ごはんを食べないと、本当に何も考えられなくなっちゃうわ」

 ちょうどヤカンが湯気を吹き出し始める。彼女がすでに用意していたコップにそれを注いでいく。インスタントコーヒーでも彼女が入れるだけでずいぶんいい匂いがする。

 リビングで二人で食事をとる。何かあったときのためにテレビをつけたままにしているが、水島さんの事件どころか、他のニュースも報じない。延々と昨日あったサッカー代表戦のことを伝えている。こんな気分でもなければ楽しめただろうに。

「何もすることもないし、状況を整理してみる?」

 春川が両手でコップを持ちながらコーヒーを飲みつつ、そんな提案をしてくる。

「そうだね。まず昨日の出来事。言うまでもないけど、私と君は一緒に出かけ、まずは君の事件現場に行った。そこで写真を撮ったり、現場確認をしたりしたあと、『クロスの会』のことを話しながら水島さんの家に向かった」

「間違いないわね。水島さんの家であなたがいくつか意地悪な質問をした。たしか時間にすると三十分くらいだったね。その後私たちは駅まで一緒で、そのあとは別れた。私はバイト、あなたは大学」

「何か引っかかる言い方があったけど、まあいいよ。大目に見てあげよう。さて、水島さんが何時頃どうなったかまではっきりとわからないけど、少なくとも私たちは中々重要な証人だと思うんだ。ああ、念のため、君アリバイはどう?」

 アリバイなんていい方をするとまるで彼女が容疑者みたいだけど、警察にきっと確認される。彼らはアリバイとは言わないだろうけど、アリバイだ。

「昨日はあのあとすぐバイトにいって、十時まで働いたわ。確認はすぐとれるはずよ。その後は家に帰って、シャワーをあびてそれでテレビをつけて、事件のことを知って急いであなたに電話したのよ」

 バイトをしていたというのなら証人なんていくらでもいるだろう。事件が報じられていたのが日付がかわったところだったから、たぶん事件そのものはその数時間前に起きていたとみるべきだ。となると、彼女には変な心配はしなくてよさそうだね。

 コーヒーを飲みつつ、問題は私だなと自覚する。

「私の場合、夜のアリバイがないんだよね。夕方は教授と仲良くおしゃべりしていたから大丈夫なんだけど」

 あの後は帰宅して、よりにもよってテレビすらつけることなく寝てしまった。

 春川がサラダのプチトマトをフォークでつつきながら、不安そうな顔になる。

「疑われるということはあるの?」

「さあね。そんなものは警察が決めることさ」

 ブラックコーヒーの苦さを味わいつつ、私は挑発的に笑ってみせる。

「どうしたんだい、心配してくれるのかい?」

 私の余裕に彼女は不安そうな表情を崩してちょっと呆れた顔をした後、同じように笑ってくれた。

「どうやらそうしても無駄みたいだから、もうしてあげない」

 あらら、ちょっと損をしてしまったみたいだ。

「いいよ。たぶん大丈夫さ。疑われたとしても、悲しいことに、私そういう経験初めてじゃないんだよね。あの時みたいに女神様が助けてくれることを祈るだけださ」

 私は去年、一度警察に殺人犯じゃないかと疑いをかけられて拘束されるという、もう二度とごめんだと思う経験をしたことがある。ただその時は目の前の女神様が、とんでもない手法で助けてくれた。あの時は惚れなおしたものだと懐かしくなった。

「あんなのは二度とごめんよ。すごい賭けだったんだからね」

 彼女が首を左右に振りながら、心底嫌そうな顔をする。私からすればすごい手法ってだけだったけど、彼女からすればかなりの博打だったからね。

「なるようにしかならない。無駄な心配はおいておこう。それに……君も覚えているだろ、それより重要なことがある」

 春川が神妙に頷く。私自身のことも重要ではあるけれど、水島さんの件で一番重要なのはそこじゃない。さすが彼女、ちゃんとそれを覚えていたらしい。

「水島さんが言っていたわね、人と会う約束があるって」

 そう、私達が家を出て行く時、長居しては迷惑だという私に彼はこう言った。

『実を言うとこの後私も人と会う約束をしていてね』

 誰とは言っていなかったけど、その誰かが事件と無関係だとは思えない。いやもしかしたら、もう警察の方で裏がとれているのかもしれないけどね・

 トーストを食べ終えたところで、ポケットに入れていたスマホが震えだした。取り出してみると「着信:父上」と液晶に表示されている。

「はいもしもし」

『今どこだ?』

 さっきと変わらず不機嫌な声。いやヘタするとそれ以上かも。

「恋人の家って言ったらどうする?」

 そんな相手に冗談を言ったのに、どうしてか聞き耳をたてていた春川にすごい目で睨まれた。

『冗談言っている場合か。すぐに出られるか』

「そうしろって命令だったからね。問題ないよ」

『ならすぐに来い。春川君には俺から――』

 父上の声を最後まで聞き取ることはできなかった。春川が私の手からスマホを奪い取って、自らのものにしてしまったからだ。

「お父様、お久しぶりです。春川です」

 きっと不機嫌な父上はびっくりしただろう、いきなり話題にしようとしていた人物が電話に出たのだから。

「はい……。はい、ではすぐに。……ええ、わかってます。それで場所は……はい、わかりました。……わかりました、では後ほど」

 会話を終えて彼女が携帯電話を返してくる。それを受け取り、ポケットにしまいつつ私は素直な感想を言う。

「父親と友だちが知り合いで、しかも目の前で話されたら落ち着かないよ」

 すごく変な気分になる。できれば二度とごめん。

「直接お話ししたかったのよ。お父様もそのほうがスムーズに話が進んでいいんじゃない?」

「父上め。母上に報告してやる」

 母に「父上が女子大生に鼻の下を伸ばしていたよ」と教えてあげたらどうなるだろうかと少し想像してみる……あっ、地獄絵図だ。

「とにかく来いということだから、行くとしようか」

 食器を重ねてキッチンへ持っていく。春川は戸締りの確認をしだした。

「そういえば、どこに行けばいいんだい? 場所、聞いていただろ」

「『クロスの会』ですって。相談室で待ってくれているらしいわよ、お父様と立浪さんが」

「ティファニーで朝食を」ってすごくいいタイトルですよね。

ティファニーってどこか知らないですが。

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