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協会から遣われて来たのはリンネの馴染みの女性で、何も言わずとも異変を感じ、すぐに祈祷の準備を始めた。リンネが生まれ育った村から、この町はあまり離れていない。幼い頃に協会に預けられたリンネは、年の近かった彼女と同じ人物に師事していた。云わば姉弟子だ。

「エンマが来てくれて助かったわ。お偉方が来たらどうしようかと思っていたの」

「そうは言っても、この状況は私にはかなり荷が重いわよ」

「そうだろうけど、どうせ誰が来たって同じでしょう。それなら、話が通じるだけマシよ」

一刻を争う今の状況で、高説を語られ、手順を踏むように諭されても、とてもではないが受け入れようとは思えない。

その点では、エンマは適任だろう。彼女は、生粋の貴族ではなく農民の娘で、協会の人間だとは思えない程に考え方が庶民寄りだ。生命をお金ではかろうとはしない。師匠や協会のお偉方には、エンマの思想は危険だと思われているだろうが、リンネにしてみればエンマの方が真っ当以外の何物でもない。


彼女の協力をなくして、彼が助かる術はない。

エンマは、若手の中で優秀だ。その術の正確さと緻密さを見込まれて、協会へと引き取られた程に。それに、彼女が得意とするのは、清浄や浄化の術だった。

「彼をどうしても助けたいの。お願いよ、エンマ」

リンネは自分の口にした言葉が、酷く媚びているように響いたことに嫌悪感を抱いた。それに気付かないように、首をひと振りして、醜い心に蓋をする。

「彼は、私の唯一の希望なの。だから、私に手を貸して。あなたしかいないの」

「ええ、そうね。急ぎましょう」


それから一晩、リンネはエンマと共に祈祷を続けた。エンマが浄化の祝詞を声にしている間、リンネはマークに聖水を振り掛けていく。まずま、額にそれから唇へ、右肩から左肩へと辿り、心の臓へ両手を重ねる。ひとつ術がかかると、マークの身体は一種の痙攣のように大きく跳ねる。ただ、その繰り返しだった。

ひとつ一つは単純なものでも、エンマもリンネも消耗していく。特に、穢れの酷いマークに触れるリンネの両手は、闇を纏って浄化をしても追い付かない。互いに満身創痍だ。それでも、どちらも決してその手を止めることはしなかった。

部屋の片隅で、リンネを睨みつけるように監視していたローレンは、侍女の持ってきた毛布に包まり、暖かいスープを漸く受け入れた。そして、いつの間にか、気を失うようにして眠った。

この部屋に入ることの出来なかった侍女が、躊躇いながらもこの部屋に居られる程には、幾らかの穢れは浄化できているのだろう。それでも、いっこうにマークの状態は好転しない。意識も失ったままだ。

リンネは気の遠くなるような想いで、もうひとつの希望が到着するのを待っていた。



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