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ガタガタと揺れる馬車の中は、隠しきれない焦りで満たされている。
舗装された道は既に越えて、平坦な道を進んで行く。この馬車の側面には、王家の紋章がついており、余程の愚か者でなければ遮ることはない。
王都を駆け抜けるように走ってから、この馬車は馬を変え、御者を変え、できうる限りの早さで進んでいた。嫁入り道具は王宮へと置き去りにしたままで、重篤な病状の男の元へと花嫁を運ぶ。
「間に合えば良いのだけれど……」
隣に座る侍女は苦痛を表情に浮かべ、その言葉に答える術がなかった。声の主は、返事を期待していないから尚更だ。
王都の教会で、花嫁は婚礼を上げた。その相手がいる筈である彼女の隣は、無人だ。それでも娘は、迷いなく永遠なる誓いを神の前でたてた。
王都に害獣が迫っている。そういう噂は、時折出回るが、その全てが正しい訳ではない。
しかし、その被害状況が王都まで届き、その害獣が徐々に近づいて来ていると知っては、なかなか落ち着いてはいられないものだ。
身の丈は二メートル以上あり、獅子のような体躯で、風のように駆け抜ける魔物が王都へと向かっている。そんな噂が市民レベルまで広まった頃、王宮内でもその存在を危ぶみ国軍の編成が始まった。しかし、国が軍を動かすとなると、様々なしがらみが付き纏うものである。身分や利権だけで軍は動かないが、それなりの体面を立てることも重要である。そんな風に遅れをとる内に、我先にと手柄をあげようとする者たちが、その魔物へと挑み、その生命を散らせていった。
いよいよ国軍が王都を立つことが決まり、盛大なパレードが行われる最中、その知らせは王宮へと届いた。なんでも、害獣は一人の青年によって倒されたらしいのだと。
事実確認に時間を要したが、害獣の死滅が確認された後、その偉業を成し遂げた男は国の英雄となった。
市民に英雄だと讃えられることと、国王に英雄であると認められることには、大きな隔たりがある。しかし、彼を後押しする声は、被害を受けた市民だけで留まることなく、響き続けた。彼が害獣との戦闘の途中受けた傷が癒えないことも、その声が止まない理由でもあった。
害獣を倒した男の名は、マークという。彼は、残念ながら害獣を倒した後、ずっと昏倒したままで目を覚まさない。彼の傍には、治癒魔法をかけ続けている従者のローレンがいた。ローレンに、事の子細を問うが、それでも充分とはいえない。そのため、国としてマークという男を調べることになった。しかし、奇妙なことに、マークという男は、活躍めざましい冒険者でも、今まで戦果をあげてきた軍人でもない。何の経歴も持たないただ人であった。
腑に落ちない事は幾つかあった。しかし、彼の生命がいつまで持つか分からないことも鑑みられ、国王は彼を国の英雄と認める知らせを交付した。
それに伴い、彼に王族の姫を下賜する運びとなったのである。