病気になったら記憶が蘇りました
健康で長生きが一番!
―S.高杉―
五歳の誕生日を過ぎてしばらくしたら、疱瘡(天然痘の事だ)にかかった。
疱瘡は放っておくと半分くらいが死んでしまう恐ろしい病気だが、親が治癒魔術師を呼んでくれた。胸の上に置かれた銅板に書かれた魔法陣が光って少し体が楽になったと思ったら、突然前世の記憶が蘇った。
僕はリスホルン侯爵家アルベルトにして、妄想でなければ地球からの転生者らしい。先祖代々職人で町工場を経営していたが、病気にかかって亡くなった。
こんな事話しても信用されないだろうし、素直に侯爵令息アルベルト五歳として生きていった方がいいんだろうな。アルベルトとしての心も僕の中にあるし、普通に人生を送っていこうと思う。
「申し訳ありません、もう少し私が早く来れたら痕が残る事も無かったのですが」
「いやそれは仕方のない事だ、痘痕は少しで済んでるし命が助かっただけでも有難い。ただ疱瘡の悪魔は近くの者にのり移るので、しばらくはこの地に滞在していただけないでしょうか?」
父上と、多分お医者様がお話ししている…この世界では疱瘡は治せる病気らしい凄いな。とりあえず助けてもらったのでお礼を言わないと。
「助けてもらってありがとうございました」
上体だけ起き上がってそう言うと、医者は慌てて僕をベッドに寝かしつけた。
「まだ体が弱ってますので、栄養のあるものを食べて体を休ませなければなりません。とりあえず今オートミールのポリッジ(要するに麦の粥だ)を作らせますので出来上がるまではお休みください」
ベッドに横になってお医者様を見ると、お医者様も見事な痘痕面だ。
「お医者様も疱瘡にかかったの?」
なるべく子供らしい言葉遣いに気を付けながら尋ねると
「はい、そもそも疱瘡の治療魔法は魔力が高くてかつて疱瘡にかかったものしか使えないのですよ」
どういう事だろう、詳しく尋ねると教えてくれた。
「疱瘡とは見えない悪魔が体に入り込んでおきる病気です、体力が持たないもの、運の悪いもの、悪しき心を持つものはそのまま死んでしまいますが耐えられればそのうち神の祝福が降りてきて悪魔は追い払われます。魔力が高ければこの銅板に書かれた魔法陣を通じて神の祝福を他の者の体に移すことが出来るのです」
…つまり、魔力があれば抗体を他人の体に移すことが出来る訳だ、凄いな魔法。
「じゃあ、僕にもその魔法が使えるようになるのかな?」
「そうですね、体がきちんと治ったら試してみましょう。とりあえず今はお休みください」
そうだね、ご飯が出来るまでは素直に寝るとしよう。お休みなさい。
結論から言ったら、一応魔法は使えた。
僕の魔力はそれなりに高い方だったらしく、魔法を発動させることは出来た。だがギリギリなんで人を治すとかなり消耗するらしい。魔法の使い過ぎは命に関わってくるらしいので大人になって体力が付くまでは使ってはいけませんと言われた。どうしてもと言う場合は同じように疱瘡が治った人を何人か呼んで皆で魔法陣に魔力を注ぎ込めばいいらしい。何でも魔法陣というのは数人までなら魔力を集めて発動させる事ができるらしいのだ…試してみたい。
お医者様はまだ残ってくださっている。疱瘡の流行自体は父上がお医者様にお願いして領民にも治癒魔法をかけてもらったから早めに収束できて一安心だ。お医者様も格安で受けてくださってあちこち奔走してくれた。
大人数の治療をするときは治った人は治療に協力するものらしい。疱瘡は一度治ったらもうかかる心配のない病気だし、疱瘡が治った人は魔法を発動させる時に魔力を足してあげることもできる。もちろん僕も協力したんだが、貴族の坊ちゃんが平民の治療に協力することは珍しいらしく大層感謝された。それはいいんだが僕が顔を出すたびに土下座で迎えるのは止めてほしい、恥ずかしいし治療の邪魔だ。
「ところで先生、疱瘡は神の祝福が得られたらもう二度と罹らないんですよね」
「そうですね、私の知る限りでは一人もないです」
…とすると、やはり体に抗体を移す魔法なんだろう。
「じゃあ、もし健康な人に治療魔法を使って神の祝福を移したら、その人も疱瘡に罹らなくなるのではないでしょうか」
先生は驚いた顔で僕を見て、しばらく考えてから答えてくれた
「その可能性はありますね、機会があったら試してみる事にします。アルベルト様にも魔法陣を差し上げますので試してみてもいいですが、くれぐれも大人になるまでは一人で魔法を使わないようにお願いします」
「大丈夫ですよ、魔力足すのに協力してくれる人なら沢山いるし、一人で魔法使う必要なんて全くないんだから」
実際、疱瘡が治った人ならそこかしこに沢山いる訳だしね。
二年後、治療魔法が予防にも使えることが証明されたと手紙をもらった。
5歳児なんでですます調にならないように口調を統一しました。