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「も~! 一年かけてもなかなか見つからないんだもん。流石に焦ったのよ?」
心底嬉しいという顔でこちらを見下ろすロリ魔女。俺はハッとして慌ててドアを閉めようとする。しかし、ロリ魔女はそうはさせないとばかりにドアの隙間に手を入れ、ガッとドアを掴んできた。
「ちょっ! 待ちなさいよ~! 何扉閉めようとしてるわけ?」
「ひいいいぃぃ! もうしわけありませんがアポイントメントのないお客さまはお引きとりくださいいいぃぃぃぃ!!」
俺は全力でドアを閉めようとしているが、ロリ魔女に阻まれてうまくいかない。互いの力が拮抗しているためか、ドアは微妙に閉まろうとしたり開こうとしたりと動くだけだ。俺は壁に足をかけ、より力を入れてドアを閉めようとする。すると隙間からこちらの様子を察したらしいロリ魔女は負けじと手元に青い光を宿し始めた。不味い、魔法だ。
「ひきょうだろ! まほう使うなんて!」
「うるさいわね! 貴方の所為でこの一年間、散々な目にあったんだからね!!」
知るかよ!
そんな言葉を返そうとしたが、突然ロリ魔女の力が強くなりドアが外側に大きく開かれる。ドアノブから手が離れ尻餅をつきそうになったところでグイッと手を引かれる。ううう…。魔法を使っているとはいえ女の子に力比べで負けた……。
倒れ込んだ先でボスッと何かに当たったと思ったらロリ魔女だった。身長がこの一年で伸びたので差が5センチくらいになってるなあ、なんてどうでもいいことが思い浮かぶ。ロリ魔女は俺が倒れ込んできたので支えきれずに一歩後ろに下がったが、倒れることは無かった。これも魔法の力かもしれない。まあとにかく早く離れないとな。そう思って離れようとしたのに、ロリ魔女は逃がすまじと俺の背に腕を回しギュッと抱き着いてきた。く、くるしい…! 絞め殺す気かこいつ…!!
「逃がさないわよ~! ま~た魔法使われちゃ敵わないし!」
ロリ魔女の腕から逃れようともがくがびくともしない。なんだよこいつ力強すぎ! 魔法ってやっぱり侮れないものだ。
「は・な・せ!」
「いや~よ!」
ぐぬぬ…!
――と、俺たちがそんな攻防を繰り広げていると前方に人影が現れた。
「おばーちゃん! たすけて!」
赤いローブを着たその人は、俺の居候先のおばーちゃんだった。おばーちゃんは俺とロリ魔女を見て困惑した顔をしていたが、俺の言葉を聞いてハッとしたようにこちらにやって来た。
しかしおばーちゃんが俺たちのもとに辿り着く前に、緑のローブを着た人物に行く手を阻まれる。
「させないわ」
「っ! あんたたち緑派が、ここに何の用ね!?」
「族長命令でとある人間の子供を探しているのよ」
「ティオスがそうやって言うと?」
「…あんた、訛りが強いわね。それに、その見た目……」
おばーちゃんは邪魔をされたことに焦りを見せ、緑のローブを着た魔女に目的を聞いた。緑のローブはそれに淡々と答えた。最初はその冷たい声に気を取られ気づけなかったが、俺はその声を知っていた。一年前に俺をこのロリ魔女の元まで連れて行ったおねーさんだ。おねーさんはおばーちゃんを知っているようだった。何かを確信した様子でおばーちゃんに声をかけている。俺には何のことか分からないが、おばーちゃんには通じているんだろう。おねーさんの言葉を聞いた途端おばーちゃんの顔は青褪めた。
「な~に? ちょっとオリガ、説明しなさいよ~」
「はい、ウリヤーナ様。この赤魔女、どうやら呪い持ちのようです」
ロリ魔女はおねーさんたちの背を向けているので、やって来たのが誰か分からなかったんだろう。オリガという人――たぶんおねーさんの事だろう――に説明を求めた。
おねーさんの言った呪い持ちという言葉に首を傾げる。そのままの意味であれば、おばーちゃんが呪われているという事だろうが……この一年、そんな素振りは全くなかった。
「あはっ! 赤の呪い持ちって言ったら、あのババアのことね~? まだまだ若いのに皺くちゃの醜い身体に変えられたっていう~。可哀想よね~」
ロリ魔女は可哀想だと言いながら、全くそうは思っていないような、他人を蔑むような声でそう言った。その言葉には確かな侮蔑が含まれていて気分が悪くなる。魔界で身寄りのない俺を何も言わずに引き取ってくれた親切なおばーちゃんを、悪意を持って傷つけようとするロリ魔女が許せない。
「おい! おばーちゃんにあやまれよ! 大体、若いなんてお前みたいなちんちくりんのガキに言われたくないだろ!」
「ちんちくりん!? しつれ~な奴ね!」
おばーちゃんを庇うために俺はロリ魔女に食って掛かるが――
「それに、あの赤魔女はまだ二十歳なんだから若いに決まってるじゃない!」
――続くロリ魔女の言葉に絶句した。
「…………え?」
二十歳? え、おばーちゃんが?? 二千歳じゃなく?
「…二千才の、まちがいじゃねーの?」
「はあ~? 二千年の研鑽を積んだ魔女があんなへぼい呪いにかかり続けてるわけないじゃな~い。八百歳のわたくしでも解ける様な呪いよ~? 馬鹿じゃないの~?」
八百歳!? ババアじゃねーか!!
「八百才!? 八才のまちがいじゃねーの!?」
「そんなに子供じゃないわよ! あんた魔女族舐めてるの!?」
新たに発覚した驚きの事実に、思わずロリ魔女に問い詰めれば即座に否定された。いや、彼女の言葉を信じるならロリばばあ魔女だ。うわぁ。一年前に思っていたロリばばあが実在している。ドン引きだ。
「そこにいるオリガだってもう五十歳はいってるのよ~? 魔女族に限らず魔族は総じて長寿だし~、見た目で判断すると痛い目見るわよ~」
魔族怖い。いくらなんでも十歳くらいのロリが八百歳だとは思わないだろ? しかもおねーさんまでおねーさんではなくおばさんであったことが分かった。地味にショック。もう呼び方どうしたらいいんだよ。あ、名前で呼べばいいのか。
何だか頭が痛くなって、手を頭にやろうとして気づく。手が赤く塗れている。
「ひいっ! 血!?」
そういえばウリヤーナは血だらけだったんだ。外で起きた爆発と言い、騒がしくなった様子と言い、十中八九ウリヤーナが赤魔女とドンパチやらかしたに違いない。そしてウリヤーナに苦しげな様子が無いことからも、バケツの水を被ったような量のこの血はすべて返り血。恐ろしすぎるだろ!!
「はあ~? ……ああ、これ。馬鹿ね~これは赤いだけで血じゃないわよ~。赤水の池を通ったから赤く濡れてるだけよ~」
俺の悲鳴に怪訝そうな顔でこちらを見たウリヤーナは、そんな苦しい言い逃れをしてきた。でも初対面の人間をいきなり殺そうとするようなおっかないが「血じゃない」なんて言っても説得力ねーよ!!
「てか~魔女族は殺すとき返り血を浴びないのが殺しの美学だし~」
「こわっ! 殺しの美学って何!?」
ほらー! やっぱり危険思想じゃないか!! それも血なんだろ? そうなんだろ!?
「遠距離から魔法が使える方が優秀だからね~。血を浴びる距離での攻撃なんてナンセンスなのよ~!」
嬉々として殺しの美学を語るウリヤーナ。ごめん何って聞いたのは説明求めたわけじゃないんだ! だからそんな詳しく説明しないでください!!
「これは一体何の騒ぎだい?」
俺たちがギャーギャー言い争っていると、新たな魔女が現れた。彼女が一声かけただけで俺もウリヤーナもぴたりと言葉を止める。
「ナタリー様!」
おばーちゃん――ウリヤーナの言葉を信じるならおねーさんだ――がほっとしたようにその魔女の名前を呼んだ。フルネームは知らないが、この赤の集落では皆にナタリーと呼ばれる女性。この赤派の魔女の長だ。
「エレーナ、大丈夫かい? 何があった?」
「分からんとです。駆けつけた時にはすでにこんな状況やったとですたい…」
彼女はエレーナおば……おねーさんを安心させるように笑い、肩を抱きながら状況を聞いている。赤いローブを着た彼女をみたオリガさんは警戒するように身構えた。ウリヤーナも声で誰か分かっているのだろう、さっきまでの緩んだ空気が嘘のようにピンと張りつめた雰囲気を醸し出している。
「ウリヤーナ、族長様の言い付けで派閥争いは禁止されていたはずだろう? 緑派の長のお前さんが、ここに来るなんてよほどのことが起きたと見えるね」
「良い子ちゃんの赤派はこれだからイヤ~なのよ。その族長様の命令で、このわたくしが嫌々ながらここまで来てあげたのに~」
「族長様が、かい? それはまた、珍しいこともあるんだねえ」
「ふんっ! 一年前からあの女は精力的に活動してるのよ~? 知らなかったの~?」
「あたしは族長様からこの森を任されているからね。族長様がどんな活動をしているかは知らないが、どれくらいこの森に居なかったかは把握しているさ」
挑発するように言ったウリヤーナに対してナタリーさんは余裕のある態度で返した。ナタリーさんの言葉に、ウリヤーナの顔が赤く染まる。眉が吊り上がり、至近距離でその顔を眺める俺が思わず悲鳴を上げそうになるほど怖い顔になった。ひー! 美人が起こると怖いってやつだな。
「なによ、それ…! あの女、わたくしには雑用を押し付けて置いて、ナターリヤには族長の代理を任せてたって言うの!?」
囁くように言った言葉は、少し距離のあるナタリーさんには聞こえなかっただろう。しかしウリヤーナに拘束されている俺にはばっちり聞こえてしまうわけで。
彼女の声は震えていた。でも、それは怒りで…というより嫉妬、だったんじゃないだろうか。
「…とにかく、どこかの家に入ろう。ここじゃ落ちついて話もできない」
ナタリーさんは野次馬の増えた周囲を見てそう提案した。それを聞いてウリヤーナはハッとしたように俺を見て、気まずげに視線を逸らした。
「帰るのが遅くなって怒られるのはわたくしなのよ~? どこか家に入りたいなら、勝手にすれば~?」
「おや、あたしを家に招いてくれるのかい?」
「だ~れが招くなんて言ったのよ! 貴方が、かってに、わたくしに付いて来るんでしょ~?」
からかう様に言ったナタリーさんに対し、ウリヤーナは馬鹿にしたようにそう言った。なんというか、素直じゃないなあ。普通に「自分の家で話そう」と言えばいいのに。ナタリーさんもよくウリヤーナが言いたかったことが理解できたな。俺は「勝手にすれば」って言われて家に招かれているなんて解釈、到底できそうにないぞ。
ってか、ウリヤーナは誰に怒られるんだろう。帰るのが遅くなって怒られるなんて、過保護な親でもいるんだろうか。
「貴方も付いて来るのよ~? 逃げたら許さないからね~」
「えー……いや、うん。分かった」
断りたい気持ちでいっぱいだったんだけど、不平を言った途端睨まれたので大人しく従うことにした。怖いって。その顔。
「じゃ、行きましょ~。わたくしの手を放すんじゃないわよ~?」
ウリヤーナは俺を逃がさないようにするためか、手をぎゅっと握って歩き出した。
…地味に気になっていたんだが、ウリヤーナの一人称の「わたくし」って似合わないよなー。