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危うくババアフラグを立てるところだったところを何とか回避し、誤解も解けたのでおばーちゃんの集落まで連れて行ってもらうためにおばーちゃんと共に歩く。おばーちゃんは赤いローブなのでさっきの俺を殺そうとしたロリとは違う派閥に属しているんだろう。
「緑派は過激派やけん、気を付けんといかんよ。ウリヤーナ様は魔女族の族長の座をいつも狙っとる。まあ族長様はお強い方やけん、負けるのはあり得んことたい」
「へー。そのぞくちょうさまは何色なの?」
「青派やね。でもあたしゃ青派はあんま好きやなか。あの方々は魔法にしか興味無いけん、他種族と交流を持とうとせん。今の平和な時代、赤派がトップに立つべきとよ」
おお。ここにきて派閥の説明! ありがとうおばーちゃん! 実は疑問に感じてたんだけど誰にも聞けなかったからすっきりしたよ!!
おばーちゃんの話によると、あのロリは予想通り過激な集団だったようだ。てかロリがトップかよ。我儘そうだったし緑派は苦労しそうだな。いや、偏見かもしれないけど。
で、見たことはないけど青派もいて、その人たちは自分たちの魔法の研究にしか興味が無いのか。オタク気質な自己中集団か。そっちも大変そう。そういうやつが族長なんて魔女族も大変だろうな。あ、俺その族長さんに挨拶しなきゃいけないのか。いや、正確には俺の代理として行動しているレオンさんがだけど。
そしておばーちゃん属する赤派はどうやら他種族と友好的な関係を築こうとする平和推進派のようだ。いいね。やっぱり平和が一番だよ。そんな穏やかそうな派閥ならこのままついて行ってもよさげ? それに多分レオンさんが言っていた二千歳の魔女はこのおばーちゃんだろうし、このおばーちゃんのもとに居ればいずれレオンさんとも合流できるとみた! ひゅー! 俺ってば冴えてるー!!
漸く安心できそうな展開に嬉しくなってにっこり笑う。おばーちゃんは俺の笑顔をさっきの言葉への同意と取ったらしく、優しい笑顔を返してくれた。
いや~一件落着になりそうでよかったよかった。
◆◇◆◇
無事に探し人が見つかってレオンさんと合流できるとか思ってたやつ、だ~れだ?
そーれーはー…
俺! でしたー!
……いや、ふざけてる場合じゃないことは分かっている。でもさー。聞いてよー。
俺、森で迷子になったじゃん? で、おばーちゃんに保護されたじゃん? それからどれくらい経ったと思う??
一日? 三日? 二週間?
いやいや、甘いねー。全然足りない。
ん? 一ヶ月? 残念! 違うよー。
正解はねー…
なんと、一年でした。
うん。驚きだよね。ここまで来るともう探されてない可能性の方が高いよね。レオンさん、俺が死んだとでも思ってるの? でも俺の目には相変わらず『魔王紋』が刻まれているよ! 殺されてないよ!
俺も一ヶ月過ぎたあたりでこれはまずいと思って魔法を習おうと思った。幸い探し人は見つかっているし、レオンさんの言葉を信じるなら彼女は魔法を教えるのがうまいらしいから。で、俺はおばーちゃんに言った。魔法を教えてほしいと。するとおばーちゃんから驚きの一言。
「……残念やけど、ティオスから魔力は感じんばい」
えっ? 俺から魔力を感じない? どゆこと? 俺、魔王なんじゃないの?
その言葉を聞いた瞬間頭を埋め尽くす疑問。え? 魔王になりたての頃、レオンさんの鳥の魔法見てやりたいって言ったら、あの人俺もいつか使えるようになるって言ってたよね?? なのに魔力無いの? 俺。
「お、おばーちゃん……。おれの目、なんか変じゃない?」
とりあえず魔王の証でも見せればおばーちゃんも何か感じるかもしれないと思い目を見せる。おばーちゃんは俺に言われて目線を合わせるように屈み、俺の目をじっと覗き込んでくる。俺も見るところが無いのでおばーちゃんの目を見返す。
「きれーな紫やね。なーんも変じゃなか」
おばーちゃんは嘘を言っているように見えなかった。俺は褒められたことにお礼を言ってすぐに家を出た。集落の近くにある川辺へ行き、じっと見つめる。歪んでいるが、俺の目には『魔王紋』があるように見えた。川だけでなく澄んだ窓ガラスを見ても同じだ。
俺は周囲と見えている者が違うのだろうか。俺の頭がおかしくなっているのだろうか。
そんなことを考えながらおばーちゃんの家に帰る。居候中の身なので毎日ちょっとしたお手伝いをしていたのに、今日はまだ出来ていないことを思い出したからだ。もやもやとした気持ちを抱えて、頼まれていた庭掃除を始める。雑草を引き抜きながらこの二月の間の事を考える。
神殿に行ったらなんか爆発に巻き込まれて気絶し、目が覚めたら魔王城に居て。そこでレオンさんと出会い魔王だと言われて。森に行ったらレオンさんと逸れて一ヶ月会っていない。今思い返せばかなりの急展開で、今までのことが夢だったように感じる。
「おれ、どうすればいいんだろう……」
行動の指針が見つからず、思わずため息を吐く。すると、いつの間にか俺の後ろまで来ていたらしいおばーちゃんが声をかけてきた。
「ティオス、あたしゃあんたの事情はよう分からん。でも、あんたはあんたや。ぜーんぜん、変やなかとよ?」
おばーちゃんは俺の頭を撫でながら優しく笑ってくれた。俺はおばーちゃんの言葉に涙が出そうになり、慌てて下を向く。不安をあからさまにしてしまって情けなかったが、心配してくれる人がいることに胸が温かくなる。
なんとなく、心が軽くなった気がした。
そうだよな。俺が変になったわけじゃないよな! もう最近わけ分かんない事しか起こってないし、この際流れに身を任せよう。悩むなんて俺らしくないし! やめやめ!
俺は気になる気持ちに蓋をして、おばーちゃんを安心させるために笑った。泣き笑いみたいになったかな。でもいいか。いつものニカッとした笑顔でなくても。伝えたい気持ちに変わりはないし。
「ありがとう!」
――こうして俺は疑問を放置し、俺を拾って居候を許可してくれたおばーちゃんに報いるため、より一層お手伝いに励むのだった。以上、この集落に来て一ヶ月後の出来事でした。
まあつまりこの一年間で俺の戦闘スキルに変化はなく、成長したのは身長と体力、そして家事スキルくらいだってことですよねー。
俺としてももっと冒険的なものがしたいと思う心もあったが、六歳児には無理だと諭された。なんかね、人界の魔物は激弱なんだけど魔界の魔物は激強らしいよ。まあRPGの基本だよね。物語の最初は敵弱いけど、終盤に行くにしたがって敵もレベルが上がるってやつ。
最初っからラスダンに居たレベル1の俺としては、一人で冒険なんて危険なこと出来るわけないのでこの漆黒の森に留まっている。勿論森の魔物も相当強いので集落の外には出れない俺。はははー昔よりも行動範囲狭くなってんだけどー。どういうことー。
一年経ってもレオンさんに会えないので、いい加減にこの漆黒の森で一生を過ごす覚悟を決めた方がいいのだろうか。赤の集落に来たばかりの頃は赤の魔女たちに警戒されていたが、一年を通してそれなりに打ち解けることができた自信はある。それこそ定住しても良いご近所付き合いができそうなくらいには。
そんな暢気な事を考えながら野菜を切る。今日の料理当番は俺だ。野菜のおすそ分けを貰ったので急遽メニューにサラダが追加された。まだ夕方まで時間があるが、早めに晩御飯の下ごしらえをしなければならない。
この森が漆黒の森と言われるのには当然わけがある。
なんでもこの森に生えている木は不思議な葉を付けるらしい。昼間は全く影響がないが、当たりが闇に包まれる夜になると近くにある光を吸い込んでしまうのだ。つまり夜はどれだけ光を灯しても無意味で絶対に真っ暗になってしまう。集落の家の中は完全に密室なら明かりを付けれるが、少しでも窓から漏れて光が木に当たるとアウト。途端に光は吸い込まれ、その明かりは夜が明けるまで使用できなくなる。
こんな不思議な森に住んでいるせいで魔女族の夜は早い。日没とともにお休みだ。そして日の出まで活動しない。なんて健康優良児だろう。今時小学生でもそんな生活はしていない。魔女って夜のイメージが強かったのに、このせいですっかり昼のイメージが付いてしまった。
だからここで生活している人は一日二食が普通だ。斯く言う俺もこの集落に馴染んでからは二食しか食べなくなった。だってほとんど寝ているからお腹すかないし。
おばーちゃんは今、隣の家の魔女とお茶会を楽しんでいる。ご飯は食べてこないと言っていたのできちんと準備しないとな。お世話になっているおばーちゃんにはおいしいものを食べてほしいし。
そんなことを考えながら包丁を動かしていると、外から爆発音が聞こえてきた。いきなりの事にびっくりして包丁が滑る。いてっ! 指切った!!
切った指を咥えて血を舐める。舐めときゃ治るかなー? 口に広がる鉄の味に、指の処置を考えながら包丁を安全なところに戻す。さっきの爆発は誰かの魔法の失敗かな、なんて考えていたが、家の外が段々騒がしくなってきたので違うかもしれない。俺用の踏み台を降りて玄関に向かう。
ドアを少し開けて様子を窺えば大丈夫かな?
魔物の襲撃だった場合を考えて一応盾になりそうな鍋の蓋は持ってきた。カチャリ。鍵を外して隙間から覗く。
最初に見えたのは赤。じわり、先程口に含んだ鉄の味がよみがえる。少し視線を下にずらすと、その赤は重力に従って緑の布を滑り落ちているようだった。この緑には見覚えがある。一年前、俺を助けて騙した魔女が身に着けていた色だ。ということはこの布はローブなんだろうか。そう思って視線を上げる。
「ひっ」
視界に入ったものに驚き、喉が引きつって変な声が出た。がたがたと体が震える。
「み~つけた!」
にたり、と獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべて隙間からこちらを見下ろしていたのは、一年前に俺を殺そうとしたロリ魔女だった。