小話1
◇母さんと(1.5)
「ティオ~! お母さん神殿に行くけど付いて来る?」
「うん!」
最近五歳になったばかりの俺は、村だけでなく村から少し離れた森の神殿も活動領域に加えるようになった。二歳の頃父さんから勉強禁止を言い渡されたので家ですることが無い俺は、必然的に家の外に出ることになり、四歳の頃には辺境の寂れた村の中だけじゃ満足できなくなっていたのだ。
だからダメもとで父さんにそのことを掛け合ったら、意外とすんなり村の外へ出ることを許可してくれた。但し保護者同伴で。こういうこと言われると腐っても人の親なんだな~と実感する。
まあ俺の村の人で、小さい子供同伴でも大丈夫な村から出る用事なんて神殿に行くことくらいしかない。父さんは狩人なので毎日のように外に出ているが、狩りに小さい子供を連れていくなんて危険な真似はしなかった。当たり前だけど。
神殿に行くくらいしかないのに、それすら俺の村の人たちはあまりしない。俺の母さんくらいだ。その母さんも俺の育児で神殿勤めをやめて以来、頻繁に行くことはなくなったそうだ。俺が一人でも大丈夫になったらまた働くつもりらしいけど。まあ母さん若いし、収入が増えるならそうした方がいいだろう。
「ふふ」
「? どうしたの?」
母さんと仲良く手をつなぎながら森を歩いていると、母さんが突然笑い出した。どうしたのか聞いてみると、嬉しそうにはにかみながら俺を見てくる。
「いや~ティオを産んだ時のこと思い出して。その時神様にお祈りしたら、なんて言われたと思う?」
俺の村には産まれたばかりの子供を連れて神殿に行き、母親が神に祈ることで子供に加護が与えられるという言い伝えがある。聖女らしく信仰深い母さんはその言い伝え通り、祈りに行ったらしい。母さん級になると神様が降臨するので直接話したようだ。
「えーなんだろ。すこやかにそだつ、とか?」
「う~ん、そうね。ちょっと惜しいかな」
分からないのでテキトーに言ってみたが惜しいらしい。
「正解はね『其方の子供は健やかに育つだろう。だが油断してはならない。何れ大いなる流れに巻き込まれるやもしれん。しかし、それに挫けず試練を乗り越えれば後世に伝えられる偉大なる星となるだろう』って言われたの!」
……正直そんな長文を一言一句間違うことなく正確に覚えている母さんがすごいとしか言いようがない。だって神様のそれ、リップサービスじゃね? 聖女の息子だからそれくらい偉大な事を成し遂げてもおかしくない、みたいな思いでテキトーなこと言ったんじゃないの?
でも誇らしげの母さんに水を差すのもアレなので黙って「すげー!!」と喜んでおく。俺って親孝行できるいい子なんだぜ!
◇レオンさんと(3.5)
「そういえば……おじ茶とは何だい? 魔王様」
「え!?」
旅の支度をしているとレオンさんにいきなりそう言われて驚く。いや、スルーしてくれたんじゃないの!? 今更それ蒸し返すの!?
「い、いや…人界のひきょうにあるお茶のことだよ」
俺は動揺の余りでたらめなことを口走ってしまった。バカ! また過ちを繰り返す気か!! でも敢えて人界の秘境と指定する当たり、この嘘を貫き通そうとする気はあるんだよ!
「そうか…。長い間生きてきたが初めて聞く。世界にはまだまだ知らないことが多いな」
「う、うん……。そうだね」
気まずい気持ちで同意する。これで誤魔化されてくれるなんてレオンさん優しい……。なんか純粋な人を騙す罪悪感を感じて胸が痛い。これからは嘘は控えよう…。
「そ、それよりそのよび方はやめよう?」
「呼び方?」
「『まおうさま』ってやつ」
話を逸らすために先程から気になっていた呼び方を注意する。魔王の身分を隠しての旅になるわけだし、この魔王城には何故か人(魔族)が一人もいないからいいが、城下町なんかでそう呼ばれれば嫌でも注目を浴びてしまうだろう。ただでさえレオンさんは長身で目立つ赤い服を着ているんだし。てか、レオンさんは髪も目も赤いし顔も整っているので若い女の人の注目の的だろうな。ケッ。イケメンめ。
「ああ…そうだな。じゃあティオス様かい?」
「それもなんかやだ!」
そもそもレオンさん敬語使ってないじゃん。なのに呼び方だけ敬称付けられると違和感しかないんだけど。
「ふつうに、ティオでいいよ」
「うーむ。……そうだね。ではティオスと呼ばせてもらおう」
「あ、うん…」
ナチュラルに愛称呼び拒否られた…。俺はレオンさんって呼んでるのに。き、傷ついてなんかないんだからな! うん。うん……。
◇おねーさんと(4.5)
「そういえばおねーさん名まえは? おれはティオス・ココルド!」
助けてもらったごたごたから名乗るのを忘れていたので、今更だとは思うが名乗ってみる。まだ助けて貰ってからそんなに時間は経ってないし、ギリギリセーフだよね! 自己紹介しておかないと呼び方に困る。ただでさえおねーさんの個人情報で分かっていることは少ないのだから。未だに緑のマントを着た女性であることくらいしか判明していない。なんて徹底した秘密主義者なんだ。
下からのアングルだからフードの中が見えると思うだろう? 甘い。なんか漫画でよく見る意味深な影みたいなのがかかって顔が見えない。そこまで隠したがるなんてよっぽどの事情があるんだろうと思うと迂闊に聞けないんだよなー。ほら、顔に傷があって気にしてるとかだったら気まずいし。
とにかく名前だけでも知りたいと思って尋ねたのだが、おねーさんは俺の言葉に苦々しげに唸るだけだった。
「あんたは違うでしょうけど、魔女ってのは迂闊に名乗らないのよ。自分の名前がどれほどの価値があるか分かってるからね」
「? どういうこと?」
「聞いたこと無いの? 魔女は対象の名前を知るだけで呪いをかけたりできるのよ。だから人に呪われないように自分の名も明かさない。あたしたちの間ではこのローブの色で自分の派閥を表すし、呼び方も『緑の魔女』とかそんなもんよ」
おお、漫画とかでもよく見る設定だ。名前で人に呪いをかける。ファンタジーの醍醐味の魔法もいいけど、こういう呪術的なのもかっこいい。
そしておねーさんが着てるのはマントじゃなくてローブなんだね。ごめん、服に詳しくなくて。しかも色で派閥を表しているなんて考えもつかなかった。魔女族の中でも派閥とかあるんだね。まあ、女がそれなりの人数集まってたらグループができるのも当然か。前世での女子がそうだったし。そう言えばうちのクラスにも一人おっかないのがいたなー。
「………それに、あんたとの付き合いももうすぐで終わるし」
過去を思い出して懐かしんでいたので俺は気づかなかった。その時のおねーさんが最後に呟いた言葉に。おねーさんの言葉は霧の深い森に溶けて消えていった。
後にして思えば、この呟きを俺が聞いていて、おねーさんに問い詰めていれば未来は変わったのかもしれない。