リアル脱出の女
このお話は推理要素があるため推理ジャンルにしましたが、推理メインではありません。
詳細はあらすじをご確認ください。
「よぉ、お待たせ」
「お疲れ様。ごめんね呼び出して」
「いいよいいよ。で、店はどうする?」
「博人が決めていいよ。何か食べたいものある?」
「んー、そうだなー。あの店にするか」
一寿は友人の博人を呼び出した。
駅前で待ち合わせをして2人は居酒屋に向かった。
時計は夕方5時を過ぎたところ。まだ店に客はおらず、3方を壁で仕切られた半個室の4人席に通された。
「一寿が東京に来るなんて、珍しいな。今日は何かあったのか?」
「うん。実はね、ちょっとしたイベントに参加したんだ」
「へー、何?」
「リアル脱出ゲームって知ってる?」
「ん、聞いたことあるような……」
「えっとね――」
インターネットや携帯ゲームで人気の脱出ゲーム。色々な所を調べて暗号やパズルを解いて謎をクリアし、閉じられた環境から脱出する目的のゲームだ。
それをリアルの世界でやってみようというものがリアル脱出ゲームである。パソコンや携帯と違って頭を使う以外に手や足を使って幅が広がり、多くは制限時間があるために時間内に解くというスリルも味わえる。
そして気になるのは難易度だが、多くが10~20%とそう簡単には完全脱出ができないようなレベルに設定されている。
「へー、面白そうだね。ん、1人で行ったの?」
「うん。でね、今日呼んだのはその時の話なんだけど……」
「ほおほお」
そこで店員が注文を取りにきた。
一寿はグレープフルーツサワーを、博人は生中を、食べ物は適当に選んだ。
「会場が東京だから電車で行ったんだけど、そこでとても魅力的な人を見かけたのよ」
「へー、どんな感じ?」
「髪が短くて……Tシャツに……ホットパンツって言うのかな、短パン履いて……わかる?」
「うん、その説明では魅力的には聞こえんが。で?」
「ああ、そうだ! ニーソックスも履いて、いわゆる絶対領域がすごかったんだよ。顔も美人寄りの可愛さで。それで座っている時に少し足を開くとか、その見えそうで見えないチラリズムなんてどう?」
「んー、それならちょっとは気になるかもな」
「イベント前だから頭を働かせようと思って家でレッドブル飲んできたからその影響もあったかもしれないけど。それで、その時は反対側で彼女が座っていてそんな状況だから気にはなっていたの」
「なるほどね」
飲み物とお通しが運ばれてきた。
ドリンクと小鉢の筑前煮が2つ置かれた。
とりあえず乾杯をして一口、さらにもう一口喉を鳴らして飲んだ。
「それで、駅に到着して彼女も一緒に降りて。まだ時間があったからゲーセンで時間をつぶしていたんだ。で、クイズゲームをしていたんだけど、そうしたらしばらくして彼女が隣の台で遊び始めたの」
「へー! 偶然だね。向こうは気付いた?」
「その時はそうでもなかった感じかな。俺は気付いたんだけど、彼女は気にする様子もなく。それで、時間が近づいたから会場に向かって……もう10人ほど並んでいたからそれに加わって。ちなみに5~6人で班を組んで協力するんだけど、俺が3班で先に席に着いたら彼女がその班に来たの!」
「え? その彼女もリアル脱出ゲームの参加者だったってこと?」
「そう。電車も同じ、ゲーセンで時間をつぶすのも遊ぶゲームも同じ、リアル脱出にも参加して班も同じ。これってすごいよね」
「だな。流石に今度は向こうも気付いただろ?」
「うん。互いに自己紹介もしたんだ。撫子さんって言うんだって。まさしくそんな感じの女性だよ」
「ふーん。……ちなみに年は?」
「聞かなかったけど、見た感じで20代かな? 気になった?」
「いや。で、どうしたんだよ」
「お互いにリアル脱出は初めてだったみたいで、すぐ後に4人が来て、それからはもう問題の方に集中してたよ」
「へー。問題って難しいの?」
「えっと、一応ネタバレ禁止なんだけど、博人は参加しないから一部問題出すね」
「ああ」
一寿が鞄から白い紙とペンを取り出して書き始めた。
①~③の問題らしきものと、それぞれの間には1つの絵。
①『コーヒー』『カロリー』『きゅう』を入れろ
□□□
■□■
□□■
「問題の一部だけど、このクロスワードに『コーヒー』と『カロリー』と『きゅう』を入れてみて」
「は? 全然マス目が合わないぞ。多くて3マスじゃないか」
「その辺りはとんちだよ。携帯を使ってもいいし、ヒントに缶コーヒーも会場内に置いてあったんだ」
「……ギブ。答えは?」
「早いね……。まず、コーヒーを漢字にするんだ。難しい漢字だけど、会場内には漢字で書かれた缶コーヒーが置いてあったからヒントはあったみたい。ちなみに漢字だと『珈琲』ね」
「ほー」
「で、注目するのがその中にある『加』の部分。これが『カロリー』の一部だと考えると、上の横に『王加琲』が、縦に『加リー』が入る。で、『きゅう』だけど、『カロリー』の『ー』の部分が□に入ることで『日』になるよね。というわけで『きゅう』を『旧』にする。するとこうなるよね」
王加琲
■リ■
│日■
「うわっ。何これ」
「で、ちなみに4ケタの数字の鍵を開けるんだけど、①では左下の部分の数字が入るから答えは『1』になるよね。それで、②はコレね」
②犬のナンバーは?
『猫:3120』
『豚:1697』
『犬: ? 』
「うわー、今度はまんま数字かよ。猫、豚……ネコ、ブタ……ねこ、ぶた……ニャー、ブヒー……数字に繋がる気配がないんだけど」
「考え方は悪くないと思うよ。言い換えは当たっているし」
「……ギブ。答えは?」
「ちなみにヒントをいうなら英語かな。それぞれ英語にすると『CAT』と『PIG』だよね。で、それぞれアルファベット順に数えると『3・1・20』と『16・9・7』になる。だから犬も『DOG』にすると『4・15・7』になるから、答えは『4157』になる」
「へー、よく考えるね。考えた人を見てみたいよ」
「うん、これ以外にも問題はたくさんあるけど、よく練られているよ。で、3つ目がこれ」
③3つ作るには何かが足りない
『山』『変』『化』『万』『海』『水』
「山、変化、万、海水……足りない? 山と海……変化……水……わかった。火だろ。対義語的な感じで」
「違うよ。これに関してはひらめき力が肝心だけど、これは四字熟語にすると足りない漢字があるんだ。『千変万化』『海千山千』『千山万水』になるから、それぞれ『千』が足りないね」
「なるほどね。で、それぞれ数字が出たけど、この絵は何?」
①と②の間には携帯電話、②と③の間には猫と魚の絵が描かれている。
「3つの数字の間にあるものだから、必然的に何かの数式になるよね」
「携帯……あ、電話を掛けるものだから『×』だ。それで猫は魚を加えるから『+』か!」
「そう。だから『1×4157+1000』になるから答えは『5157』になるね」
店員がシーザーサラダを持ってきた。
「へー、よく考えるな。で、脱出はできたの?」
「いや、結局ツメが甘かったみたいで、2歩手前だったみたい。今回10班くらいあったみたいだけど脱出できた班はいなかったんだよ」
「マジで?」
「昨日も数えるくらいしかいなかったみたいだから今回はかなり成功率が低いみたい。予想だけど10%は切りそうだね」
「そんなに!? ……そういえば、彼女との馴れ初めは?」
「あぁ……で、これが終わって彼女の方から声をかけてきたんだよ」
「おぉ、やったな!」
「その時には電車から一緒だったのを思い出したみたいで、ゲーセンとかこれとか同じだから気が合うというか。吊り橋効果的なやつもあったのかもしれないけど、このハラハラで一緒に協力して盛り上がったというか。そもそもとても美人だし、こっちから断る理由がないしさ」
「すげーな! で、どこまでいった? もしかしてやったか?」
「焦りすぎだって。……とりあえずお昼を一緒に食べた」
「当然2人きりだよな?」
「うん」
「羨ましいな。もう勝ち組だろ。あとはやるだけかよ。美人となんて羨ましすぎるわ」
「う、うん……で、本題はここからなんだけど」
「ほぉ」
「その後にもう一度ゲーセンで遊んで、アドレス交換して別れたんだけど……財布がね」
「財布?」
「気のせいかもしれないけど、お金が減っているように感じたんだ」
「え!? 遊んで使ったわけじゃなくて?」
「うん。実際に遊んだから、少しは減っているんだけど。それ以上に……」
「え、つまり、彼女が盗んだ、そういうこと?」
「あまり考えたくはないけど……」
「そんな事ができる隙はあったのか?」
「トイレに行く時に鞄を置きっぱなしだったり……その時が一番長かったかも」
「ちなみにいくら盗まれたの?」
「確信がないけど…千円札1枚か2枚くらい」
「……微妙だな。証拠もないし、微妙すぎるぞ。下手に聞くこともできないだろ」
「そうなんだよ。だからどうしたらいいかわからなくて……」
「俺を呼んだのか……って、どうやって解決しろって言うんだ。無理があるだろ」
「……だよねぇ」
串5種盛りとジャンボメンチカツが到着した。
博人はスマホを取りだし、いじり始めた。
一寿は串を抜き取り箸で食べやすくした。
「とりあえずさ、お金の件はわからないけど、彼女に関してはあまりいい印象は持たないかな」
「どうして?」
「名前がさ……」
「名前? 撫子だけど……どうかしたの?」
「自信がなくて調べたんだけど、人の名前に使うことが出来る漢字って決められているんだってさ。それで2004年に追加された漢字の中に『撫』があるんだ。他に『苺』とか『雫』とかがあったから、当時は『苺ちゃん』誕生とか話題になったよね」
「2004年?」
「そう。だから直後に生まれても今は9歳だよね。となると撫子というのが偽名か、名前を変更したことになるよね」
「じゃあ、名前を変更したんだよ!」
「……まぁ、例えばそうだとしよう。でもそう簡単に名前って変えられないんだよ。例えばだけど、仕事上でずっとその名前を使っていたとか、家族に同姓同名がいるとか、凶悪犯と同じ名前とか,何か生活に支障をきたすような変な名前とか……とにかく簡単には変えられないんだよ」
「じゃあ、DQNネームだったんだよ」
「……一寿が彼女を好きなのはよくわかった。だけどそうだって証拠もないんだ。もちろんそうだって可能性はある。だけどやみくもに彼女を信じるのはちょっとな……」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「知らないよ! だったら直接聞けばいいだろ?」
「信じたいんだよ。電話するなんて疑っているようなものじゃないか」
レバーを一口、ビールを飲み干して博人が口を開いた。
「あのさ、誘われて言うのも何だけどさ、俺はどっかの質問掲示板じゃないんだから、一寿の都合のいいような答えは出さないぞ」
「……うん。それはわかってるよ。博人の言っていることが正しいのもわかってる。だからって全部ウソだったとは思いたくないんだよ」
「それが普通だろ。それにウソって決まったわけでもないぞ。だったら直接聞くしか方法は残されてないんだって」
「……そうだよな。それしかないよな」
一寿が携帯を取りだし撫子へ電話をかけた。
『もしもし』
「あ、白瀬さん? 横井です。さっきはどうも」
『あ、こちらこそ。何かありました?』
「えーと、今どこ? 電話大丈夫かな?」
『はい。大丈夫ですよ』
「そのー、あのー、そういえば今度よければ違うイベントなんてどうかなって思って」
『あ、いいですね』
「お台場のやつとかどうかな?」
『それ、私も気になってたんです』
「よかった。じゃあ、日にちとか後で確認するね」
『はい』
「……っと、じゃあ、また後で」
『はい。また』
電話を切り、天を仰ぐ一寿。
博人はメンチカツを食べていた。
「やっぱり言えないよ」
「うん、知ってる」
「これってさ、もうあきらめるしかないのかな?」
「だろうね。信じるしかないかもね。次に会うならお札の枚数を覚えておくしかないだろうね。案外信じる者は救われるかもよ」
「なんかもう、投げやりだよね」
「そんな事ないよ。決めたのは一寿だろ。俺はそれに則って言っているだけだよ。あ、ちなみに今日も割り勘ね」
「……うん」
「ここまで来るとは正直思ってなかったよ」
「そんな事が確かあったね」
驚くことに、撫子は一寿のお金を盗んでいた。
お台場でのリアル脱出兼デートの時にその事実を告白された。
驚くことに、撫子はあの居酒屋で2人の会話を盗み聞きしていた。
お台場でのリアル脱出兼デートの時にその事実も告白された。
驚くことに、撫子は小さい頃虐待を受けていた。
その影響で一時非行にはしっていたこと、一度立ち直ろうとするが心の浄化ができなかったこと、カウンセリングを受けそして名前を変更したこと、ようやく普通の女性に近づくことができたこと。
そこで出会ったのが一寿だった。ゲーセンの時には既に気付いていたが脱出イベントの再会で運命的なものを感じ、自ら声をかけた。
とても楽しく感じた。とても幸せだと思った。これで普通の女性になれたと思った。
しかし、そこで先を考えすぎてしまった。よぎる父親の姿。母親が言うには付き合っていた頃はとても優しかったらしい。今の自分とダブった。
激しい不安に駆られ、立ち直ったはずの手癖が動いた。一寿は違うはずなのに、そう思っても手を止められなかった。
別れた後、激しい後悔をした。まだ今日中なら間に合う。再度偶然を装って財布の中に戻すしかない。撫子は一寿の後を追った。
居酒屋で近くの席に座り、2人の話を聞いてどうしようもないほど愛されていることを知った。そして自分がその資格がない事を確信し、次のお台場にて全てを話した。
一寿は少し困ったような顔をした。
「そこまで聞いたら余計に離れたくなくなったよ」
一寿は全てを理解したうえで受け入れた。
その言葉に今まで受けた困難がどれほど報われたことか。撫子は自分を大切にしてくれる男性に出会ったのだ。
控え室にて。2人が話し合っていた。
「あの時の俺の助言のおかげだよな?」
「博人は反対していたじゃないか」
「そうだっけ? でも、あの居酒屋の件がなければここまでこれなかったのは確かだろ?」
「うん。その点は感謝してるよ」
「素直でよろしい。……本当に、おめでとう」
「ありがとう」
今日、撫子は過去の自分から完全脱出した。