一章:旅立ち 2
「さて、そろそろ校長先生が来るころですかね・・・・・」
担任がニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべながら言った。
俺は、そんな担任の顔にプッとつばを吐きかけてやった。
「な! なにをする貴様!」
全く、こいつのさっきまでと今の態度の違い。
見せてやりたいぜ。
しかしそこでふと思う。
いったい誰に? 味方なんてどこにもいないじゃないか。
俺の中のどこかが俺を嘲笑いながら見ている。そんな気がした。
まあこの国には少なくともいないんだろうな。
気がつくと、教室のドアの前に校長が立っていた。
その横には、勝ち誇った顔を上気させた陸上部所属のクラスメイトの姿があった。
「片木くん、彼かね、その例の生徒は。」
ゆっくり、まるで時間などたっぷりあるかのように校長が口を開いた。
「はい。 まさか彼がこんなことを考えていたなんて思いもしませんでした・・・残念です。」
さっきとは打って変わってしおらしい態度を取る担任。
そうだ、と俺は改めて思った。
結局、この国の大人にまともなのはいないんだ。
あるのは、出世のことばかり考える欲と肉の塊・・・それだけだ。
そう思うと、不思議と恐怖は消えた。
結局、俺はこの世の中に適応できなかった・・・それだけのこと。
そう、たったその程度のこと。
担任と校長が何かを話している。どうせ俺のことだろう。
だが自分の運命はもうわかっている。
死ぬのは、怖くない・・・・・それに、悪くない。
そう思った、次の瞬間だった。
バリーンと窓ガラスの割れる音が教室内に鳴り響き、担任と校長があわてて窓を見る。
ゆっくりと、俺も窓を見た。
窓枠の下には、割れたガラスの破片が無残に飛び散っていた。
そのガラスを踏み分け歩いてくる黒い革靴。
場違いな黒のスーツ。
髪は黒く、オールバックにまとめている。
顔はやせていてまだ童顔だが、片目に眼帯をつけ、隻眼であることをあらわしていた。
その見るからに不気味なオーラを漂わせる青年は言った。
「片木・・・・だったか。 今すぐそいつから離れろ。 さもないと命の保障はできねえぜ。」
まるで彼の言葉が合図だったかのように、担任の隣にあった教卓が「ダンッ」という控えめな音とともに派手な音を立てて吹き飛んだ。
「ひっ・・・・!!」
担任が泡を食うような勢いで俺を青年のほうへ突き飛ばした。
自分はぺたんとその場にしりもちをついて震え始める。
「た、たすけて・・・・・・」
突き飛ばされ、床をスライドして青年の足元にたどり着いた俺は、とりあえずカッコつけて立ち上がり、パンパンと制服の汚れを払った。
そして青年のほうを向き・・・・唖然とした。
青年には、右腕がなかった。
本来片腕があるはずの場所には、金属製の義手がついているだけだった。
「あの・・・・あんた・・・・」
青年は俺の言葉をひらひらと義手で遮ると、言った。
「ああ、礼を言うにはおよばねえよ。 というか、そういうのは助かってからにしろよな。」
え、という俺の声と、頭をぐいっと下に押されるのと、ほぼ同時の感覚だった。
俺の頭上を、拳銃の弾が素通りして壁にめり込んだ。
そして、ゆっくりと顔をあげる。
拳銃をかまえていたのは、校長だった。
「君・・・・私の校内で好き勝手するのもいい加減にしたまえよ・・・・」
これが教育者のする目かというくらいつめたい目をした校長が言った。
その後ろからさまざまな武器で武装した教員がぞろぞろと入ってくる。
俺が見覚えあるのは・・・・生活指導の矢川と、理科担当教員の羽本くらいか。
草刈鎌だけのやつもいるし、校長の持ってるような拳銃を持ってるやつもいる。ピンからキリまでってとこか。
不思議とパニックには襲われなかった。
隣に立つ青年がいれば大丈夫・・・・そんな気がしてならないのだ。
その青年が、ゆっくり口を開いた。
「・・・・・クズ共が。 そんなに殺されたいのか? 今こうして生きているだけでも罪深いお前たちが、また更に罪を犯すか・・・・」
ゆっくりと、青年が義手のついた右腕を上げる。
「・・・・なら、さっさと地獄へ堕ちろ!!!」
くるくると右手首が回転し、教室の床に音を立てて落下する。
青年の右手首の断面にあらわになったのは・・・・・機関銃。
いや、ガトリング砲といったほうがわかりやすいかも知れない。
「ファイアァァァァァァァァァッ!!!!」
青年が叫ぶと同時に、彼の右腕が火を噴いた。
弾丸の雨が、前方の教員を襲った。
「がっ!」
「うわっ!」
「ひぐぁっ」
「ぎゃぁっ」
さまざまな声が聞こえていたが、青年が弾をすべて撃ち尽くすころには何も、音ひとつない静寂が訪れていた。
しかし、その静寂はすぐに破られることとなった。
「あそこだ! 例のやつらだぞ!」
校庭に突然騒々しい音を立てながら武装した大人が入ってくる。
警察? いや、機動隊だ。全員が盾を構えている。
「おい、そこのふざけた餓鬼! さっさと降りてこねえと蜂の巣にするぞ!」
もはや言葉がヤクザ口調となった機動隊員が言った。
・・・・これが、この国か。
そしてこんな状況でも全く動じる様子のない青年に、俺は不思議と安心感を覚えていた。
青年が言った。
「おい、お前。 ・・・・・俺たちの、仲間にならないか?」




