2,ボーイ
ある日の昼休みのこと。
「なんか、騒がしいな」
昭裕は教室の外がざわついていることに気付いた。
「これは嬉しい方の騒ぎだな」
探偵ぶって悟は言うが、昭裕はスルー。
「見に行ってみよ!」
夏海が言った。この頃彼女は昭裕・悟と昼食を共にしていた。
廊下には3人の他にも大勢の生徒が出ていた。そして彼らの視線の先にあったのは……
「……あれ、誰だ?」
1人の少女が、数人の男子生徒を後ろに引き連れて歩いてくる。
「キレイだなぁ……!」
悟の素直な感想は、周りの生徒たちも持っていたようで、皆うんうんと頷いた。
小柄なその少女は、細身ですらりとしており、背は低いのにモデルのような印象を多くの人間に持たせた。髪はストレートの黒。胸の辺りまでとどくほどの長さで、艶がかっている。滅茶苦茶もぱっちりとしており、顔のパーツも整っている。悟が思わず口に出したのも頷けるほどに、少女は綺麗だった。
「……でもあんな美人、うちの学校にいたかな……?」
悟はそう続ける。
「うーん、どうだろう……」
昭裕は首を捻る。体型に見合って、彼は顔の広い人間ではない。
「……でも、いたら今さら騒がないと思うけど」
「あ、そうだよなぁ……」
2人が話している間に、少女は徐々にこちらに近づいてきた。
「誰に用なんだろ……?」
廊下のざわめきは収まらない。
「!」
少女が立ち止ったのは、昭裕たちの前だった。
「え、俺!?いやー、まいったなぁ……」
勝手に1人で盛り上がる悟。
「あなた……」
少女は顔をあげる。
「新田夏海先輩ですよね?」
彼女が声をかけたのは夏海だった。
「違う、ニーターパンだよ」
夏海は答える。
「おいっ、ややこしいから」
昭裕が止めた。
「……そうですね、ニーターパンですよね」
少女は妖艶な笑みを浮かべる。
「ねえ、後ろの人たちはなんなの?……もしかして君のボーイ?」
「え……?」
夏海の質問に少女は目を見開く。
「またエマ語だろ、それ」
いい加減彼女のキャラクターに慣れてきた昭裕は、冷静に指摘する。
「全然意味分かんないぞ」
「そう?」
夏海が少女に問うと、少女はこくりと頷いた。
「『ボーイ』っていうのはね、……ほら、あれだよ、あれ……」
「いや、分かんないから」
昭裕が言っても、夏海は「あれ」を繰り返す。
「……もしかして、正しい言葉の方忘れたの?」
「使わないからさぁ……あ!思い出したっ!」
夏海は手を打ち合わせる。
「パセリっ」
「パセリ?」
「……あれ?違った?」
「意味通じないだろ。お前、『あなたパセリですか?』なんて訊くか?」
「可能性はゼロじゃない!」
夏海は力をこめて言う。
「……いやあの、俺は別に『甲子園行けますか』的なこと訊いたわけじゃないんだけど」
「もしかして、『パシリ』ですか?」
ここで少女が口を開いた。
「あ、そう!それっ」
夏海が叫ぶ。
「……うーん、『パシリですか』も普通は訊かんぞ」
昭裕が冷静に突っ込む。
「いやいや、この人たちはパシリとか、そういうんじゃありませんよ」
少女は手を振って否定した。
「あー、そなの」
「そりゃそうだろ!」
悟が話に割って入る。
「この子がそんな……」
「パシリなんて、そんな甘いものじゃないです」
「……へ?」
悟は、少女の雰囲気が変わったことに気づく。
「これは奴隷です」
少女は満面の笑みで言った。言い切った。
「……」
ざわついていた廊下が静まり返る。
「へー、奴隷かぁ」
普通に応答したのは夏海だけである。
「いやいや、違うよなっ、ジョークだよなっ!?」
思いきり動揺している悟が問う。
「私、嘘はつきませんよ」
少女は笑顔のまま答える。
「いやいやっ!別に無理しなくても……」
「……ウザいなー」
少女が呟いた。十分に悟に聞こえる声で。
「……」
「あっ、ごめんなさい!」
少女はぺこりと頭を下げる。
「つい本音が出ちゃいました」
「ぐッ……!」
悟は膝をついた。
「悟……大丈夫か?」
昭裕が声をかける。
「昭裕、俺……」
「さすがに心折れたか……?」
「俺……こういうのも悪くないような気が……」
「帰ってこいィッ!」
「君、何て言うの?」
夏海が相変わらずのマイペースな調子で少女に尋ねた。
「私は1年の渡辺綾香です」
綾香も相変わらずの笑顔で答える。
「私になんか用あるんだよね?」
「そうなんです。私、新田……じゃなかった、ニーター先輩のこと見てました」
「キャラ濃っ!」
悟が叫んだ。
「Sな上にレ……」
「言うなっ」
昭裕が止める。
「え、レ……何?」
夏海が問う。
「ほら、食いついちゃったじゃん」
……と、ここで綾香が動いた。
「!」
夏海に顔を寄せる。
「おいおいおい……!」
さすがに昭裕も絶句する。
「……!」
次の瞬間、夏海の表情が固まった。
「また来ますね」
綾香はまたあの妖艶な笑みを浮かべると、踵を返して去っていった。
「……ニーター?」
昭裕が声をかけても、彼女はしばらくフリーズしていた。
今回の話に出てきたエマ語「ボーイ」は、江角 稚さんに教えていただきました。ありがとうございましたm(_ _)m
「エマ語」は引き続き募集中です。詳しくはSIG5の活動報告をご覧ください。