1,キライだっ!
昭裕にとっては、ある意味忘れられない2年の学園祭が終わり、西青浜高生たちは夏休みに向かって勉強に取り組んでいた。
さて、遅ればせながら、ここで3組の担任を紹介しよう。矢島智次である。この男のことを端的に説明するのであれば、「大雑把なひねくれ国語教師」といったところであろう。いいイメージが湧かない?それでいいのだ。それで正しく理解できている。この男はそういう人間なのだ。
今日も彼の自由な……と言えば聞こえのよい授業が行われていた。
「……よし、新田、その次読め」
「先生、私はニーターです」
「分かった。なっちゃん、読め」
「違います。ニー……」
「いいから読め」
ようやく夏海は起立する。夏海も夏海だが、智次も智次である。
因みに、今回昭裕が突っ込みを入れないのは、この授業がいつも通り突っ込み切れないほど荒れることを知っているからである。
「じゃあ、読みまーす」
夏海は教科書に目を落とした。
「『エマーランドにようこそ!』SIG5著」
「なんだそれ」
智次が不快そうに言う。
「面白い小説です」
「宣伝はいらん」
「小説の中で小説を読む斬新なスタイルです」
「しかも俺らの小説な」
「先生、」
ここで悟が挙手する。
「宣伝ではないと思います。だって今の件見てる人は、もうこの小説読んでるから」
「ああそうだな。それ言うためだけに挙手ご苦労」
「じゃあ、読みまーす」
マイペース・夏海が再び宣言した。
「夕暮れの公園。太郎は幼馴染の花子を見つけ、胸の辺りが熱くなるのを感じた」
「はいそこでストップ」
智次が止める。
「待って、太郎が花子に声かけられずに帰るとこまで待って」
「それお前マイペース超えてKYだぞ」
智次は呆れ顔で言う。
「分かった。じゃあそこまで読め」
「……」
夏海はしばらく黙って教科書を見つめる。
「……あ、OKです。読みました」
「うん、どうせなら音読してほしかったね。俺の授業時間返してほしい」
智次は冷ややかにツッコミを入れると授業に戻った。
「……さて、ここで質問だ。た……」
「はいっ!」
夏海が机を叩く。
「タコス!」
「いや、早押しじゃないから」
智次はそろそろ面倒くさくなって、手早く処理する。
「仕切り直し。質問。太郎はこの時どんな気持ちだったか」
実は、ここからがこの教師の本領であったりする。
「楽勝ですよ、そんなん」
悟が挙手する。
「言ってみろ」
「恋心です」
悟は胸を張って言う。
「無意識の内に、太郎は花子に対して恋心を持っていたんです」
「いや、そうとは限らない」
智次は反論する。
「もしかすると、太郎は胸やけを起こしたのかもしれない」
「え」
「太郎は花子を見て、胸やけと同じ症状を起こしたんだ」
「いや、おかしいでしょ!?」
悟は慣れないツッコミを入れる。
「何で幼馴染見て胸やけ起こすんすか!」
「話は簡単だ」
智次は真顔で話を続ける。
「前の日に太郎は花子と酒を呑んだんだ。しかし花子は滅茶苦茶酒を呑む。付き合わされた太郎は酷い目に遭ったわけだ。その翌日だぞ?花子を見て反射的に胸やけのような感覚に陥ったとしてもおかしくはない」
「なるほど……!」
夏海は頷きながら熱心にノートを取っている。
「え、今の話の中にメモるようなことあった……?」
悟は唖然とした様子で夏海を見る。
「結局のところ、俺が何を言いたいかというとだ、」
そう言って、智次は黒板にチョークを叩きつける。
「見方を変えろって言いたい」
黒板には大きく「偏見」の文字。
「……」
夏海は昭裕を見た。
「……なんだよ?」
「総和らしくないっ!」
夏海が叫ぶ。
「キライだっ、キライだっ、キライだぁ!」
「……気合いじゃないの?」
止むを得ず、昭裕はツッコミを入れる。
「ツッコミのない総和なんてキライだっ」
「あ、そういうこと……」
「それ『偏見』っていうか、『客観』じゃないすか?」
昭裕に代わって悟が指摘する。因みに、彼は先ほどからずっと起立している。
「あぁ、そっちの方が聞こえいいな。じゃそっちで」
智次は投げやりに言う。……と、ここでチャイムが授業の終わりを告げた。
「よーし、終わり。偏……客観忘れんなよ。また問題出すからな」
「それでも太郎は花子を愛していたっ!」
悟が訴えるが、智次はスルー。しかしこれ、日常のことなので誰も気にしたりはしない。
既に無茶苦茶な日常。しかしこの日常は、これからますます混沌としていくのである……。