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エマーランドにようこそ!  作者: 北郷 信羅
セクション1 電波なクラスメイト
7/28

7,エマーランド

「えーっ、やってないのー?」

夏海が残念そうに言う。

3人はタコ焼きの店の前にいた。

「ゴメンね。今年は余裕持って生地の方も用意してあるから……」

店番をしている生徒が言った。

「そりゃそうだろ……」

昭裕が呟く。

「『タコス』は諦めようぜ」

「なんとかなんない?」

悟が食い下がる。

「うーん、一応タコ焼きメインだから……」

「場所だけちょっと貸してくれれば勝手にやるからさ」

「でも、酢もないし……」

「昭裕持ってこい!」

「俺かよっ!」

昭裕が間髪いれずに突っ込む。

「私行く!」

言うが早いか、夏海は走り出した。

「あ、ちょっと待てよ!」

昭裕は後を追う。

「じゃあ俺は準備しよっかなー」

悟はそう言って店の裏に入る。もちろん無断で。

「ちょっと!」

店員が止めた。

「まあまあ。あのニーターパンが言ってるんだから作ってやろうぜ」

「あんたが言わないでよ!」

「頼むっ!」

悟は両手を合わせる。

「あいつここの酢ダコ大好きなんだ!」

「……それって私たちの立場としてはスゴく微妙なんだけど」

店員は呆れ顔で呟く。

「頼むよ!」

悟はそう繰り返し、床に膝をついた。

「ちょっ、ちょっと!やめてよ!」

「頼む!」

「分かったから!分かったからやめて!」

「ホントに!?」

悟は顔を上げる。

「……いいよ、分かった。ニーターの願いだもんね」

「おお!ありがとう!愛してる!」

「あんたの愛はいらん」


♦ ♦ ♦


「ニーター?」

昭裕は調理室に入った。

「あ、総和?お酢あったよー!」

夏海は嬉しそうに昭裕に駆け寄る。

時刻は午後5時をまわり、部屋には夕陽が差し込んでいる。部屋の明かりは消えているので、中は淡い橙色に包まれていた。

「総和、早く行こ!」

走り出そうとする夏海の腕を昭裕が掴んだ。

「……総和?」

「ちょっと話聞いて」

今、部屋には2人以外に誰もいない。「それ」を訊くチャンスだと昭裕は判断したのだ。

「え、何、昭裕もタコス食べたいの?」

「いや、違うから」

昭裕は軽く突っ込んでから、大きく息を吸った。

「実は円周率が好き?」

昭裕は吹き出す。因みに円周率(パイ)は悟のことだよって、覚えてる人いないよね。

「んなわけあるかっ!てか、頼むから聞いて!」

「はーい」

昭裕はもう一度深呼吸する。

「……その、この前はごめん」

彼はまず謝った。

「この前?」

夏海は小首を傾げる。

「だから、その……鼻血……」

「あー……」

夏海は思い出したようだったが、あっけらかんとした表情のまま昭裕を見る。

「別に、あんなの気にしてないよ?」

「俺は悪いと思ってるんだよ。……ただ、」

昭裕は再び呼吸を整える。

「やっぱり知りたいとも思ってる」

「……」

夏海が目を細めた。今まで見せたことのない表情だった。

「『エマーランド』がどこなのか。……いや、そうじゃなくてもっと根本的な……つまり、なんでそうやって隠さなくちゃいけないのか、知りたい」

「どうして知りたいの?」

夏海が問う。その表情は真剣そのものだった。

「どうして……えっと……」

昭裕は口ごもる。

「俺はそういう謎みたいなの、とにかく知りたい人間で……」

「私は、いっぱいある『分からないこと』の中で、どうして私のこと選んだのって訊いてる」

夏海の口調は驚くほど静かで、平生の彼女にはない凄味があった。

「それは……」

「それ」は昭裕の中で曖昧になっていた部分だった。

どうして夏海のことを知りたいのか。

その理由を昭裕は見つけられないまま、それを探すことを放棄していた。

「……」

「……私から分かることは、」

夏海は昭裕を見つめながら言う。

昭裕(・ ・)が私の揚げ足を取りたいわけじゃないってこと」

「……え?」

夏海は小さく笑う。

「私が何処に住んでるって?」

「え……エマーランド?」

「違う。昭裕、調べたんでしょう?」

「あ、あぁ…」

夏海の方から訊かれて、昭裕は戸惑う。

「どうしたの?昭裕の答えを教えて」

「……ひの」

彼は意を決した。

檜枝岐村(ひのえまたむら)

「……」

微かに反応があった。

「エマーランドの『えま』の部分で該当するのはここだけなんだよ。……違う?」

「……正解」

夏海は優しく微笑んだ。

「でも、秘密にしておいてね」

「……」

エマーランドの謎は解けた。しかし昭裕は何故か何の達成感も感じられなかった。

「……違うんだ」

昭裕は呟く。

「え?」

「俺が知りたいのは、多分、新田夏海がどうしてニーターパンを名乗るのかってことなんだよ」

「……」

夏海は、昭裕を見つめる。

「『ピーターパン』のお話、知ってる?」

「……うん」

「ピーターパンが暮らしてるネバーランドは、子供たちにとってまさに夢の国だと思わない?」

「思う」

昭裕は素直に答える。

「私にとってあの村は『ネバーランド』なんだよ」

夏海は遠い目をしていた。

「……さ、行こう」

「え?」

呆気にとられている昭裕を尻目に、夏海はスタスタと歩いていってしまう。昭裕は慌てて後を追う。

「ちょっと、新田さ……」

「ニーター!」

いつもの調子で夏海は訂正する。

「待てよ、俺まだ」

「総和、」

夏海が急に振り返ったので、昭裕は彼女にぶつかりそうになった。

「何……?」

夏海は昭裕を真っ直ぐに見つめ、

「お前にはまだ早いっ!」

と叫ぶと、走っていってしまった。

「はあ!?ちょっ、待てよ!」

昭裕は夏海を追って走る。彼女の心はまだ、昭裕には掴みどころがなかった。


しばらくして、調理室の掃除用ロッカーが開く。

「ふぅーん……」

出てきたのは小柄な少女。体型もすらりとしていて、ロッカーにも難なく入っていられたようである。

「ニーターパンの秘密みぃーつけたっ」

少女は不気味な笑みを浮かべた。

物語の中に出てきた「檜枝岐村」は福島県南会津郡に実在する村です。

「面積は390.50km2でその約98%を林野が占めており、役場所在地の標高は939m、東北最高峰の燧ケ岳や会津駒ケ岳等2,000m級の山々に囲まれた山村です。」〈檜枝岐村ホームページより引用〉

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