3,さっぱりピーマン
理解できない。昭裕はそう思う。もちろん、新田夏海……通称(というか自称)ニーターパンのことである。
その名前のこともあるし、住んでいる所も「エマーランド」と偽装。他人のことは原型を留めていない愛称で呼ぶ。さらに数々の「エマ語」……。全く不可解であった。
♦ ♦ ♦
「1年の頃からああなの?」
昭裕は悟に問う。
4時限目が終わり、昼休みが始まっていた。生徒たちはあちこちで固まり、昼食を摂っている。昭裕も悟の席に移動していた。
「そうだよ」
悟は頷いた。
「全部最初っからああだった」
「……どうなってんだろ、あの人の頭ん中」
昭裕は呆れ顔で呟く。
「別にどうなっててもいいっしょ。『総和さん』も毎日楽しませてもらってるだろ?それでいいじゃん」
悟は戯けてそう言った。
「あのなぁ。……そういえば、悟は何て呼ばれてんの?」
昭裕は気になって訊いてみる。
「俺か?へへっ、俺はなぁ……」
悟はそこで間をあけた。
「……」
「……」
「……」
「……いや、長過ぎだろ、間」
「……」
「いやもういいから!昼休み終わっちゃうからっ!」
「大丈夫だよ。小説の中の時間なんてなんとでもなる」
「その発言はやめなさい」
昭裕はやんわり悟を注意する。
「行数も稼げるし」
「やめなさいっ!」
それは確かにいいね。
「作者が賛同してどうする!」
失礼。
♦ ♦ ♦
仕切り直して……。再び、昼休みの教室。
「……で、結局何なの?」
疲れた表情で昭裕は問う。
「俺はな……パイだ!」
「パイ?」
「おうともさ」
悟はノートを取り出し、そこに「円周率」と書いた。
「……それ、いいのか?」
「無限に続く小数は男のロマンだ」
「さっぱりわかりませんが」
昭裕は呆れた様子でそう返す。
「お前もまだまだだなぁ」
悟は何故か偉そうに言う。
「なんか腹立たしいが……まあ、それはもういいよ」
昭裕は話を戻す。
「とにかく、彼女はずっと『ニーターパン』なんだね?」
「ああ。……あー、いやでも、中学以前はわかんねえや。あいつの幼馴染はクラスにいなかったし」
悟は弁当の中身をかきこみながら言った。
「ふうん。……遠くから来たのかな?」
「だから、『エマーランド』だろ?」
悟が茶化す。
「それ何処だよ!?」
昭裕は彼を睨む。
「さぁ?ググってみれば?」
「それで出てりゃあ、苦労しねえよ」
と、ここで昭裕は、自分の失言に気付いた。しかし時既に遅し。
「え、何お前、本気で調べたの?」
悟が少し驚いた様子で訊く。
「……俺が知らないだけだと思って」
昭裕は仕方なく白状した。
「いやいや、『エマーランド』なんてあるわけねえだろ」
悟は笑う。
「あれはニーターが作った国だよ、どう考えたって」
「まぁ……俺もそう思うけど」
昭裕は素直に頷く。
「でもだったら何でそんな国作ったんだろ?」
「……お前、」
悟は昭裕をじっと見つめる。
「そんなにニーターのこと知りたがるなんてまさか……」
「いやいや、そういうんじゃねえって」
彼の指摘に昭裕は首を横に振った。
「そうか?」
悟は残念そうに言う。
「黙ってりゃ普通に可愛いと思うけど」
「お前……俺をからかいたいだけだろ……」
昭裕は迷惑そうに悟を見返した。
「……でもさ、そんなに知りたいなら、本人に訊けばいいじゃん」
悟は、今度は不思議そうにそう言った。
「訊いたよ」
昭裕は溜息をついた。
「そしたら」
「『さっぱりピーマン』だよ」
不意に背後から声がした。声の主は当然、
「……ニーター」
昭裕はがっくりと肩を落とす。
「よっ」
悟が箸を持ったままの右手を軽く挙げる。
「よっ」
ニーターも同じ挨拶を返して去っていった。
「……あんたら、気が合うんだな」
昭裕はげっそりとした様子で呟く。
「お前は深読みし過ぎなんだよ」
悟はまた偉そうに言った。
「……ところで彼女はさっき何て?」
「わかんねえって」
昭裕は方杖をついて答える。
「え?」
「俺の言ってることの意味がわかんねえってさ」
彼はそう言って、また溜息をついた。夏海には、昭裕の話を真面目に聞く気はないようだった。