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エマーランドにようこそ!  作者: 北郷 信羅
総まとめ 天然な幼馴染
28/28

7,夏海

 「風音、ちょっといい?」

キャンプ場に戻ってきた昭裕は風音に声をかけた。

「うん、……何?」

風音は小首を傾げる。

「……中学ン時のこと、まだちゃんと謝ってなかったから」

「やっぱそれかァ」

風音は溜息をついた。

「気にしなくていいのに」

「でも俺……、約束破っちゃったから」

昭裕は下を向く。

「……あのね。私がそんなことネチネチ言うような女に見える?」

「見えない」

「でしょ?」

「……むしろ、約束覚えてる?」

昭裕は不安になって訊く。

「覚えてるよ!失礼なっ」

風音は声を荒げる。

「……本当に大切なことは忘れたりしないよ」

「ああ、ごめん……」

昭裕は謝る。

「一緒にインターハイに行くって話だよね?」

「いや、何か違うぞ」

昭裕がツッコミを入れる。

「えぇっ、違ったっけ?」

「俺が言ってるのは……」

言いかけた昭裕の口元に、風音の人差し指が当てられた。

「……忘れちゃってるんならいいじゃん。そのままなかったことにしちゃいなよ」

風音は優しい笑みを浮かべながら言った。

「……お前、ホントは覚えて」

「さぁて、この話はこれでおしまい!」

風音は強引に話を切ると、昭裕に手を差し出した。

「改めてよろしくね、昭」

「……風音、」

昭裕は何か言いかけて、……しかしその言葉を口にするだけに留まった。

「ありがとう」


◆ ◆ ◆


 翌日。昭裕は学校に来ていた。向かった先は調理実習室。

「……やっぱここか」

扉を開けると、中には夏海がいた。

「見つかったか」

夏海は悪戯っぽく笑う。

「『私に初めて会った場所に来て』って言うから、最初は3組の教室かと思ったんだけどさ」

「じゃあ、何でここに来たの?」

夏海は笑顔のまま問う。

「『私』って『ニーターパン』じゃなくて『新田夏海』の方だと思ったから」

「……正解」

夏海の笑顔がさらに輝く。

「……それで、昭裕(・ ・)の知りたいことは何?」

「ニーターがどうして『ニーターパン』でいなきゃいけないのか」

昭裕は答える。

「……綾香ちゃんの暴力って、きっと自分がひどい目に遭ったからなんだよね」

「え?うーん、どうだろ……」

なぜいきなりそんなことを言うのか分からず、昭裕は曖昧に返事する。

「奈菜さんみたいに好かれることを苦痛に感じるっていうの、私も分かるんだ」

「そうなんだ……」

「私も、風音さんみたいにいられたらよかったなって思う」

夏海は俯いた。

「……ニーター?」

昭裕は夏海に歩み寄る。と、突然彼女は顔を上げて昭裕を見た。

「私も、約束破られちゃったんだ」

「……!」

昭裕は自分のことを批判されたような気がして、思わず目を逸らす。

「だめっ」

夏海が彼の顔を両手で包み、自分に向けさせる。

「私のこと知ろうとしてくれるなら、目は逸らさないで」

「……分かっ、た」

昭裕は夏海に視線を戻す。

「……中学の時、私桧枝岐村から別の町へ移ったの。村では私結構人気者だったから、みんな私のこと見送ってくれたんだよ」

夏海はその時のことを思い返すように遠い目をして話す。

「移った先の町の中学でも、私すぐに馴染んで人気者になった。村の時と同じようにね。……でも、違うこともあった」

彼女は俯いた。

「人気者を良く思わないやつがいたんだな」

昭裕が呟く。夏海は頷いた。

「最初のうちは、良かったの。クラスのみんなが、大丈夫ずっと私たちがいるからって言ってくれて。……だけど、だんだんそういう人たちがいなくなってきて……」

夏海の表情が険しくなる。

「ニーターを庇うことでひどい目に遭うことを恐れたってところか……。そうとう力のあるやつがいたんだな……」

昭裕も苦虫を噛み潰したような表情で言う。

「卒業の頃には、私の傍には、もう誰も……」

夏海は目元を拭った。

「……」

昭裕は両手を握りしめる。耳に響くのはあの時の言葉。


―――辛い時はあるよ。でも昭がいるから……―――


「私、恐くなっちゃって。人と、心通わせるのがね。……だから、高校に入る時に『仮面』を作ったの」

夏海は苦笑する。

「『エマーランド』に閉じこもったの。……なのに、」

彼女は昭裕を見る。

「『総和』が入ってきちゃうんだもん」

「……悪かったよ」

昭裕は苦しげに、消え入るような声で言った。

「悪いと思ってるなら、今度こそ私の質問に答えて」

「え?」

「……どうして、私のこと知りたいって思ったの?」

夏海はじっと昭裕の目を見つめる。

「ああ……。その答えなら、もう見つかった」

昭裕はそこで一旦深呼吸する。夏海に会ってから今日までの様々なことを思い返し、そして昭裕はその答えに確信を持った。

「俺が新田さんのことを知りたいって思ったのは、新田さんのことが好きだからだよ」

「……!」

夏海の目が大きく見開かれる。

「好きな人のこと知りたくなるのは、当然のことでしょう?」

「……分かった、昭裕。許してあげる」

夏海は照れ笑いしながら言う。

「良かった。これで許さないとか言われたらどうしようかと……」

「ただし!」

夏海が声を張り上げる。

「新田さんじゃない」

「ああ……」

昭裕は苦笑する。

「そうだったね、ニー……」

「私は夏海だよ」

「……えっ?」

驚く昭裕に、夏海はにっこりと笑った。

「エマーランドにようこそ、昭裕!」


 もうすぐ夏休みが終わり、新学期が始まろうとしていた―――。

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