6,モノクロつけるぞっ!
翌日、夏海はむすっとした表情を浮かべて、朝食を頬張っていた。昭裕の話は昨夜の綾香の件で流れてしまい、その後訊けずにいたのだ。
「……なあ、何でニーター怒ってんだ?」
悟が風音に囁きかけた。
「いや、分かんない……」
風音は首を傾げながら答える。ちなみに彼女、昨夜の夏海との会話はすっかり忘れている。
「それより悟朝食食べ終わったんなら、片づけ始めてよ」
「総和ァッ!」
突然夏海が叫んだ。
「……はい?」
昭裕が呆気にとられたまま返事する。
「モノクロつけるぞっ!」
「いや、『白黒つける』だろ。ってか何の決着……」
言いかけた昭裕の手を掴み、夏海はキャンプ場の外……森の中へ彼を引っ張っていく。
「ちょ、おい……」
わけの分からないまま昭裕は夏海に連れて行かれてしまった。
「何、決闘でもするの……!?」
風音が目を丸くして呟く。
「いいですね、わくわくしますね」
綾香が楽しそうに言う。
「言ってる場合か。俺ちょっと見て……」
夏海たちの後を追おうと立ち上がった悟の手を、奈菜が掴んだ。
「待って」
「え」
悟は掴まれた手を見ながら声を漏らす。
「えっと……、私たちは私たちのすべきことをしよう」
奈菜は精一杯のアドリブをきかせてそう言った。
「俺らのすべきこと……そっか、」
悟は奈菜の手を握り返す。
「えっ……?」
奈菜は困惑した表情を浮かべる。
「俺と奈菜ちゃんとの関係を見つめ直」
「片づけッ!」
風音と綾香が同時にどついた。
「ニーター、おいどうしたんだよっ」
夏海に引っ張られながら昭裕は問う。
「……」
夏海は森の中でも少し開けた所まで来ると、昭裕の手を離した。しかし彼の方は向かない。
「ニーター?」
昭裕は呼びかける。
「俺何か悪いこと……」
「私、もうエマーランドに居られなくなった」
夏海が呟く。
「え?」
「昭裕に会って、私変わっちゃったんだ……」
振り返った夏海は、泣いていた。
「ニーター……!?」
昭裕は唖然とする。
「落ち着かないんだ、全ッ然!」
夏海は叫ぶ。
「な、何があったんだよ……?」
昭裕は動揺を隠せない様子で問う。
「取引してっ!」
夏海は強い語調で言う。
「取引?」
「私の……ニーターパンの秘密を教えるから、代わりに昭裕の秘密を教えて」
「俺の秘密……?」
「中学の……風音さんとのこと」
「あぁ……」
昭裕は何か思い当ったようで、夏海から目を逸らす。
「取引して」
「……分かった」
しばしの間をおいて、昭裕は答えた。
「……じゃあ、昭裕から」
「いや、ニーターからだろ」
「いやいや、昭裕から」
「いやいやいや、ニーターから」
昭裕たちは、これだけで数十分を費やした。
「……分かった。俺から話すよ」
先に折れたのは昭裕だった。
「うん」
夏海は頷き、緊張した面持ちで昭裕を見つめる。
「……中学の時、俺と風音は……何、どしたの?」
昭裕は辺りをキョロキョロと見回す夏海に訊く。
「え、あ、いや……」
夏海は昭裕に向き直った。
「また何か邪魔が入るんじゃないかと……」
「?」
「とにかく、続けて」
「うん……。俺と風音は、同じ部活……陸上部に入ってたんだよ」
「え」
「いや、えって……別にそこ驚くとこじゃないだろ」
昭裕が呆れ顔で言う。
「確かにあいつと俺は全然タイプ違うけどさ……」
「いや……ごめん」
夏海は照れ笑いを浮かべる。
「……まあとにかく、その陸上部、結構キツかったんだ」
「うん」
「それで……俺、耐えられなくなってさ、逃げちゃったんだよ。一緒に頑張ってきた風音おいて」
「……」
「辛くっても2人で頑張っていこうって約束してたのに……裏切っちゃったんだ。その後は卒業するまでほとんど会話しなかったから、その時のしこりが残ってて……」
「昭裕、」
夏海が口を開いた。
「うん?」
「謝ってこいっ!」